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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その15 ~強くて弱くて、儚いヒト~

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~強くて弱くて、儚いヒト~ 5

 群島列島タイワ、と呼ばれる地域には八つの島がある。そのどれもが緑豊かな島々であり、大自然が広がっている。よって、未開の地が多く冒険者が盛んな理由でもあった。

 キキン島のヒューゴ国でもそれは同じであり、多くの森や川が存在している。そのひとつひとつに明確な名称は付けられていない。近くに街や村、集落があれば自然と呼び名が生まれるのだが、広大な大地にポツンとある河川や森は大抵が名無しであり、地図にも単純に森と書かれていたり、川を示す線であるだけだった。

 リルナとメロディが休んでいた小川もそのひとつで、名前は無い。小川に隣接するようにある森にも名前は付けられていなかった。

 だからこそ、人の声は気になる。誰も居ないと思っていたからこそ、誰かの声は気になるのだ。

 小川は少し曲がりくねっており、森の木々が視界を遮っている。メロディを先頭にして、リルナは川を越えて真っ直ぐに声の方向へと目指した。森の端を掠めて移動すると、聞こえてくる声は大きくなる。それは、男の声だった。


「く、くるなぁ!」


 切迫した声は緊急事態を告げている。メロディはそれに気づくと荷物を落とし、駆けていった。


「わわ、っと」


 リルナも慌てて荷物を下ろすとメロディを追いかける。森の木々を避けて進むと再び小川に出る。その先には一人の初老の男が、小川に片足を突っ込んだまま短剣を振り回していた。


「ひいいぃ!」


 初老の男の視線は森へと向いている。そして、一向に逃げ出さないところを見ると、なにやら事情があるらしい。不自然に足を固定しているのが、奇妙だった。


「どうしたのじゃ!」


 走りながらメロディは背中側の腰に装備したホルダーからバスタードソードを引き抜く。ロングソードよりも長く大きな剣に不釣合いな少女だが、それを物ともせずに構え、走った。


「だ、誰かは知らぬが助かった! モンスターが来るぞ!」

「了解じゃ!」


 初老の男の前に立ったメロディは剣を森へと向けて構える。それと同時に男の様子を見た。左足は小川に落ちており、そこには木々の根が飛び出している。恐らく、川べりと根の間に足を入れてしまい、動けなくなった状態なのだろう。何事も無ければ、特にどうという事もない状況だ。それが魔物が迫っているのであれば話は別だ。ノンキに足を抜いている間に、襲われるかもしれない。相手から目を反らすなど、冒険者であっても中々に難しい話だ。

 少し遅れたリルナは森の中を歩いてくるズングリと大きな存在を見て、急ブレーキをかけた。足元の苔がめくれあがって茶色の大地がむき出しになる。


「ドドールだ!」


 魔物図鑑で見て覚えていた名前をリルナは叫んだ。

 ドドールと名づけられたモンスターは、大きさが三メートルほどあり、丸く大きな体に小さな足と大きな手が付いた泥人形のよう姿をしている。魔法的生き物とも邪妖精の仕業とも言われる謎のモンスターであり、詳しいことは分かっていない。

 ただ森の中に忽然と現れ人間や動物を襲う奇妙なモンスターだった。長い年月が経ったドドールの体には苔や植物が発生することもあるが、メロディへと対峙するそれは体が土で覆われている。恐らく、存在したばかりのドドールなのだろう。


「メロディ、気をつけて!」

「分かったのじゃ!」


 リルナは召喚術を行使する為にマキナとペイントの魔法を二重起動させた。呼び出す者を前衛か後衛かで刹那に迷ったが、すぐに決断する。

 リルナが召喚陣を描いている間に、メロディは初老の男をかばう為にドドールへと攻撃を開始した。森から少し出たところでバスタードソードを斬りつける。


「うりゃぁ!」


 巨体の為か、ドドールの動きは遅い。また攻撃を避ける素振りすら見せず、まともにバスタードソードが土の体にめりこんだ。


「なんとっ!?」


 その奇妙な手応えにお姫様は目を白黒とさせた。まるで地面に突き刺しただけの感覚。とても生き物を斬りつけた手応えではなく、ドドールは物ともしていない。

 ドドールが右腕を振り上げる。人間でいう手首などがなく、先に向かうにつれて太くなっていく手をメロディに向かって叩き落した。


「くっ」


 思わずメロディは防御体勢を取る。剣の腹に左手をそえて受け止めようとしたのだが、それが間違いだった。彼女の装備しているヴァルキリー・シリーズのオートガードが発動する前に、ドドールの攻撃が剣へと届く。その威力はお姫様が耐え切れるものではなく、小さな十歳少女の体は簡単に叩き伏せられた。


「しまっ――」


 ダメージは無い。仰向けに倒れた以外は全てオートガードの青い光の壁が攻撃を遮断する。しかし、その倒れたメロディにドドールは追撃の攻撃を叩き落した。


「召喚、神導桜花!」


 魔方陣に拳を叩きつけるようにして召喚を完了させたリルナは、ダークエルフの少女が顕現される前にドドールの元へと走る。今まさに倒れたメロディに二撃目が加えられ、オートガードの光が青く弾ける。

 お尻のあたりで跳ねる倭刀の鞘を掴み、モタモタと引き抜きながら土人形へとリルナは迫った。その後ろで桜花が顕現される。白い肌の少女はキョロキョロと周囲を確認し、召喚主が前衛へとまわったことに気づくと、精霊の杖を掲げた。


「水の精霊さん!」


 精霊使いである桜花の呼び声に応え、小川から精霊が浮かび上がり、そのまま精霊の杖の先端部分である宝石へと宿った。


「うりゃあああああぁぁぁぁぁ!」


 リルナは走り、倭刀でドドールの脇腹へ突き刺す。動きが鈍い上にメロディへ攻撃を仕掛けている最中だ。リルナの攻撃は避けられることなく、倭刀の刃は土人形へと突き刺さった。


「うぇっ!?」


 だが、その余りにも手応えが無い感触に驚き、加えて根元まで突き刺さってしまった倭刀に更に驚いた。

 そんなリルナの後ろから桜花の放った水属性の魔力弾がドドールの顔部分に炸裂する。しかし、ドドールは土属性であり、土と水の相剋は『土剋水』となる。大したダメージにならず、陽動にもなっていない。


「桜花ちゃん、効いてないよ!」

「わ、わかった」

「リルナ、危ない!」


 倭刀を引き抜こうとするリルナにドドールが手を伸ばす。それをメロディが伝え、リルナは飛び下がろうとするが、ぬらりと伸びたドドールの手が召喚士の足をつまかえた。


「え、いや、ちょっとっ!?」


 引きずられるようにして持ち上げられたリルナ。逆さまになった世界で慌ててスカートを抑えるのだが、残念ながら土人形に白い下着は魅了の効果すら発揮しない。

 虚空のように穴の空いたドドールの顔に、かつてのクリスタルゴーレムの面影が重なる。


「リルナ!」


 メロディがようやく立ち上がるが、そんなお姫様にドドールは攻撃を開始する。もちろん、捕らえたリルナを武器にして。


「ひっ!」


 ちょっとした遠心力に振り回されたリルナ。ドドールは彼女の足を持ったままメロディへと叩き落した。メロディはそれを受け止めようとするが、目の前で青の障壁が二人を隔てた。


「っぐ!?」


 リルナの体を武器と見なしたのか、ヴァルキリー・シリーズのオートガードの効果は容赦なく発揮され、召喚士の体を遮断した。

 青き障壁に叩きつけられ、リルナは息を漏らす。前後不覚に加えて上半身を打ちつけたダメージで声も出せず、体を弛緩させるしかなかった。


「なんで、どうして――!」


 その状況で、メロディは思わず行動を止めてしまう。目の前で受け止めようとした仲間の体が、自らの装備によって張られた障壁に打ち付けられた。自分の仲間を、友達を、攻撃と見なした自分の鎧への疑問と驚きに脳内が支配され、行動を放棄してしまった。

 その間にも再びドドールはリルナを持つ手を振り上げる。体を強打し、息もできない少女は揺さぶられるまま。そのまま振り下ろされてしまうのだが、不定形な土人形の手が幸いしたのか災いしたのか、すっぽりと抜けてしまった。


「リルナ!?」

「リルナちゃん!」


 ひいいぃやぁぁぁぁ、とちょっぴりマヌケな声をあげながら召喚士は空を行く。もちろん、彼女に翼なんて生えておらず、たとえ有翼種だったとしても浮遊する力は無い。桜花が受け止めようとしたが、そこは小川のど真ん中で、どっぽーんと軽い水しぶきを上げて落ちた。水深は浅いので、しこたま体を打ったのだろう。リルナは顔を起こさないので、桜花が慌てて彼女を引き上げた。


「り、り、リルナちゃん、しっかり!」

「ぜぇぜぇ……痛い苦しい死ぬ死んじゃう」


 青い顔をしているが命に問題は無さそうだ。桜花はホッと息を吐くと、リルナをずりずりと引きずって安全な場所へ寝かせた。


「初老の殿方よ、お主もはやく脱出せぬか!」

「そ、そうだった!」


 冒険者の少女たちの戦闘を見届けていた男は、メロディの言葉で我にかえると手に持っていた短刀で木の根を切り裂く。その間にもドドールはメロディを攻撃し続けるのだが、オートガードの青い障壁は破られることは無かった。


「ぬ、抜けた! もういいぞ、逃げても大丈夫だ!」


 初老の男は小川を越えて反対側へと移動する。それを確認して、ようやくメロディもドドールから大きく距離を取った。


「逃げる? 妾は逃げぬぞ。我が友リルナの弔い合戦じゃ! つづけ桜花殿!」

「おー!」


 ぐったりと横たわっていたリルナが、死んでないよ! と叫ぶのだが、それは無視された。


「木の精霊よ」


 桜花は水精霊に別れを告げて、今度は森の木々から木属性の精霊を呼び杖へと宿す。緑に光る魔力を充填させると、メロディに向かって魔法を行使した。


「五行相剋は『木剋土』。メロディちゃん、木属性付与するよ! 樹木の加護!」


 桜花の持つ精霊の杖で緑の光がパチンと弾けると、メロディの足元から立ち昇るように緑の光が彼女を覆った。


「うむ、大精霊には及ばぬが問題ない!」


 お姫様はそのままバスタードソードでドドールへと斬りつけた。緑の軌跡が残る斬影。今までの沼に剣を刺すような手応えではなく、はっきりとした物を斬る感覚がメロディに伝わる。それを証明するかのように、ドドールは後ろへと下がった。


「大精霊さまと比べられたら困る」


 桜花のつぶやきに、杖に宿った木精霊が、うんうん、とうなづく。その間にも、動きが遅いドドールに臆することなくお姫様は連撃をあびせていた。

 しかし、巨大な体は未だに健在であり、おいそれと倒せるものでもない。振り上げられた巨大な腕をメロディは反射的に後ろへ下がって避ける。そのすぐ傍を、叩き落された手が地面を叩き、周囲の苔や土を跳ね上げさせた。


「葉の嵐!」


 そこに桜花の精霊魔法がドドールへと襲いかかる。木精霊の力を借りて、周囲の魔力を木々の葉に乗せて放出する魔法だ。まるで風に吹かれたようにドドールの体に向かって葉が飛び、その土の体に刺さっていった。

 木の根は地中を這い土を締め付ける。木剋土と呼ばれる属性関係の基本理念であり、それを示すように土属性の塊であるドドールは葉に宿った木属性に身を震わせて体を払う。


「おおおおおおおおぉぉ!」


 その間にメロディは渾身の力でもって土人形の短い足をバスタードソードで斬り払う。バランスを崩しフラつくドドールへ向けて、桜花が木属性の魔力を放つ。その一撃でドドールは完全にバランスを崩し、巨体を倒れさせた。


「とどめじゃ!」


 メロディはそのまま倒れたドドールの上に飛び乗ると、緑色に煌くバスタードソードを掲げる。虚空の目がお姫様を見るが、そこに躊躇は無い。全力で振り下ろした剣はドドールの顔を貫き、斬り裂いた。その体内を駆け巡るように木属性の魔力が放出される。ドドールの体を、ただの土人形へと変えていった。

 びくり、と最後に震えたあと、その体は二度と動くことはなく、まるで墓標のようにバスタードソードが突き立っていた。


「……か、勝ったのじゃ。よかったぁ」


 お姫様は大きく息を吐くとその場でバッタリと『大』の字に倒れる。その後ろで桜花は木精霊と一緒にバンザイをして喜んでいた。


「倒してしまいよった。お嬢ちゃんのお仲間は凄いな」

「は、はは、ははは……」


 喜びを分かち合うお姫様とダークエルフの後ろで、初老の男に助け起こしてもらいながら、召喚士リルナは力なく笑うのだった。


「はっくしょんっ」


 そして、自分の濡れそぼった服を見て、別の意味で笑うのだった。


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