~強くて弱くて、儚いヒト~ 4
カフェ兼宿屋の『ルール・キャットランタン』。
趣きのある一階のカフェで夕飯を食べたリルナとメロディは、ついでなので、と一泊することにする。今からサヤマ城下街へと戻っても良いのだが、時間としては襲いくらい。すぐに野宿を始めることになるのならば、いっそ宿泊したほうが気分的には楽だ。
「いやぁ、すっかりと人気店になっちゃって。みんなのお陰だよ」
看板娘のリィリンがニコニコと二人のお世話をしてくれるらしく、二人の部屋にまで着いてきた。獣耳種たる証の猫耳がピンと立ち、ゆらりと尻尾もご機嫌に揺れている。
たった一度泊まっただけなのだが、二人の扱いは貴族級に跳ね上がっていた。もちろん、店主の命令でもあるのだろう。なによりリィリン自身が感謝しているのかもしれない。
「冒険者に嫁ぐのは辞めたの? なんかそんなこと言ってたけど」
部屋の中で、ふかふかなベッドに飛び込んだリルナが猫娘に聞いてみる。
「う~ん、今なら冒険者の店を作れそう! 退屈な日常よ、サラバ!」
「現金なものじゃな。しかし、分からなくもない」
メロディもベッドにダイブした。さすがにしばらくの間、野宿や固い床が続けば、ふかふかのベッドが恋しくなる。メロディの自室にあるベッドより遥かにふかふか度は劣るが、それでも今の二人にとっては極上のベッドだった。
「このまま眠りたい」
「妾もじゃ」
「え~、何かお話しようよぅ」
そんなリルナとメロディに対してリィリンは唇を尖らせる。店は忙しいが、冒険譚は聞きたいようだ。つかの間に与えられたノンビリできる時間だからかもしれない。
「う~ん……でも、大した冒険なんてしてないよね?」
「確かにの。エルフの国に行った程度か」
「なにそれ聞きたい!」
仕方がない、と二人は身を起こす。ついでに大きなお風呂があったのを思い出し、リィリンにカーホイド国の話をしながら三人でお風呂に入った。ちなみにリィリンが背中を洗ってくれたので、お返しにと二人で彼女の身体を洗ってあげる。その際に、リィリンの弱点が背中であることを発見し、二人はケラケラと笑いながら看板娘の背中に指を這わせ続けた。
そして部屋に戻って女子会の如く盛り上がった少女たちは、翌朝にすこし寝不足な様相でカフェへと降りてきた。
なぜかリィリンは艶々としていたが。
「おはようございます……」
「おはようなのじゃ……」
「おはよう!」
朝食はベーコンとレタスを挟んだサンドイッチとスクランブルエッグ。それとミルクティが用意され、もふもふと食べ終わった召喚士とお姫様はそのままチェックアウトした。
「また来てね! また冒険の話を聞かせてね! いい冒険者にはウチの店を紹介しておいてね!」
すっかり商売根性が染み付いてしまったリィリンに苦笑しつつ別れを告げる。そのまま北門まで歩いていき、乗り合い馬車を探したのだが……
「居ないね」
「タイミングが悪かったかのぅ」
サヤマ城下街へと向かう乗り合い馬車は見つからなかった。あとは商人たちに護衛の仕事や空いてる馬車へ乗せてもらえないかと声をかけてみたのだが、残念ながら見つからず、仕方がない、と二人は徒歩でカンドの街を出ることにした。
「途中の村で馬車が見つからなかったら、二週間くらい掛かるかな」
「サクラが待ちくたびれるかもしれんの」
「待ってなさそうじゃない?」
「ふむ、確かに」
元爺の話に花を咲かせながら、二人は平原を歩いていく。休憩を挟み、道行く商人や馬車に挨拶しつつ、冒険者とすれ違いつつ、ノンキに歩いていった。
そのまま何事もなく一日目が過ぎ、二日目。
小さな小川でリルナとメロディは休憩をしていた。ずっと重い荷物を背負い、歩き続けていると足の裏が痛くなる。それは長く冒険を続けた熟練の冒険者では余り無いのだが、二人は経験的にまだ浅い方であり、まだまだ少女という身体なので仕方が無かった。
「初めて冒険に出たときは、足に裏の皮がボロボロになったよ」
「妾も休みなくフル装備で城の中を歩き続けるという訓練をしていたが……そのときの足の痛みは苦しいものがあったのぅ」
リルナはブーツを脱いで、メロディは脚甲を外した上でブーツも脱いで、小川に足をつける。季節は夏ということもあり、その冷たさが心地よい。裸になって水の中に飛び込みたい気分でもあるが、モンスター襲来の危険性もあるので中々実行できない。全裸の状態で襲われては、逃げる以外に対処ができない。もっとも、召喚士であるリルナにとってはあまり関係ないかもしれないが。
「脱ぐのか? リルナが脱ぐのなら、妾も遠慮なく脱ぐぞ」
「脱がないって。メロディが脱いじゃったら、前衛が居ないじゃないっ」
と、そんなことを話しながらパシャパシャと足で水を跳ね上げさせる。キラキラと光る小川とそのせせらぎの音に、二人は疲れを癒していく。
と、リルナとメロディが水音に耳を澄ましていると、なにか異音が聞こえた。
「ん?」
「なんじゃ?」
二人は警戒するように川から足をあげ、耳を澄ます。それは小さく聞こえる人の声で、川上から聞こえてきた。
「なんだろう」
「行ってみるのじゃ」
二人は素早く装備を整え、冒険者セットの詰まったバックパックを背負うと、川上に向かって警戒しながら歩いていくのだった。




