~強くて弱くて、儚いヒト~ 3
ヒューゴ国王のお膝元、カンドの街へは馬車で五日ほどを要す。幸いにもリルナとメロディはカンドへと向かう商人の馬車に相乗りすることが出来た。
「いやぁ、運が良かったのぅ」
「ほんとほんとっ。日頃の行いのお陰だねっ!」
と、幌の中でノンキに景色を眺めていると商人のお兄さんが苦笑する。
「ちゃんと護衛もしてくれよ、お嬢ちゃんたち」
そこは任せておいて、と二人の冒険者は胸を叩いた。空いたスペースに乗せてもらう変わりにいざとなったら護衛をする。お互いにお金を払わずに済む良好な関係だった。もっとも、ほとんど空っぽな荷馬車を襲うほど蛮族も暇ではない。護衛の出番は恐らく無いだろう。
商人のお兄さんと一緒にのんびりと昼間に移動する。夜が近くなると野宿の準備をするのだが、自然と人は寄り合うものであり、おのずとその場所は定位置になってくる。簡易的な小屋がある場所もあれば、寄り合って火を熾している場所など、様々だ。五日間をそんな風にお兄さんや他の商人、はたまた別の冒険者と過ごして、五日目のお昼を過ぎたころにカンドの街へと到着した。
「ありがとう、お嬢ちゃんたち。また機会があれば頼むよ」
「こっちもありがとっ。助かりました」
「また荷物が無い時にはお世話になるぞ」
門でチェックを受け、街へ入るとお兄さんとお別れする。そこで改めて荷物と依頼内容を二人で確かめ合った。
「木箱は問題ないよ。お店の名前は――」
「ルミナ・ルリラという店に届けるんじゃったな。では、冒険者の基本に習うとしようかの」
賛成、とリルナは手を挙げて近くの屋台を指差した。それは屋台でありホットドックを売るファストフード店だ。
「おばちゃん、ふたつ頂戴」
「あら、かわいい冒険者さんね。二つで200ガメルよ」
屋台のおばちゃんは手早くホットドックを作っていく。少し大きめのパンに包丁で切れ目を入れると焼いた細長いウィンナーをはさみシャキシャキとキャベツをトッピング。最後の上からソースケチャップとピリリと酸味のあるマスタードをかけたら完成だ。
おばちゃんにお金を払って二人はホットドックを受け取る。二人の少女は、いただきます、と大口をあけてホットドックにかじりついた。
ポキュ、というウィンナーの弾ける音と肉の味が感じられ、それがケチャップとマスタードの酸味とあわさっていく。パンも大きく、食べ応えは抜群だった。
「美味しいっ! おばちゃん料理上手いのね」
「うむ、やはり城の豪華な料理より、こちらのほうが美味いのぅ」
「あらあら、お世辞の上手い子たちだねぇ。何が目的だい?」
どうやらおばちゃんに情報収集とバレたらしい。二人は苦笑しつつも、本来の目的である店の位置を聞いた。
「ルミナ・ルリラかい? それなら中央通りをず~っと行った先にある中央広場があって、そこから左に行った先だよ。ちょっとややこしいから、そこらへんでまた聞いたほうがいいね」
どうやら単純に見つかる店ではないようだ。しかし、屋台のおばちゃんが知っているのだから、そこそこ知名度がある店らしい。
「ありがと、おばちゃん」
リルナとメロディはホットドックを食べながら街を移動する。中央通りは馬車や人々が行き交い賑わっている。一番のメインストリートで屋台や土産屋も多いので色々と眺めながら中央広場に到着した。
「あ、リィリンの店だ。って……すっごい繁盛してる」
以前に泊まったことのあるカフェ兼宿屋の『ルール・キャットランタン』。そのテラス席には人が埋まっており、尚且つ店の外へ続く人の列があった。そんな中で、看板娘の獣耳種、ネコ耳タイプなリィリン・ルールロゥが慌しく接客をこなしていた。
「もしかして……妾たちのせい、かのぅ……」
「あぁ、貴族たちの間で妙に悪目立ちしたよね」
オークション会場で可愛い勇者を演じてもらった覚えがあり、引きつった笑顔で接客しているリィリンを見て、二人は申し訳ないのか、はたまた良かったね、と声をかけるべきなのか、迷う。
結局、そっとしておくことにした。
「ここは、商売繁盛の手助けをしたと思っておこう。それが世の為じゃ」
「自分の為じゃん」
なんて会話を交わしながらも、二人はルミナ・ルリラを目指す。中央広場を左に進み、そこでまた聞き込みをする。何度か人に尋ねながら辿り着いたその店は、ルミナ・ルリラという可愛らしい言葉の響きを裏切って無骨な武器屋だった。
「ぬいぐるみ屋さんとかだったら良かったのにっ」
「それはそれで、何か恐ろしい気がするんじゃが?」
文句を言っていても商売内容は変わらない。と、諦めてリルナとメロディは店の中に入る。武器屋である店内にはもちろん、所狭しと剣や槍などの武器が陳列されていた。ただ、店の中は狭く、建物の三分の一のスペースも無い。そんな所に疑問を覚えつつリルナが奥のカウンターに移動すると、少女がひとり退屈そうに座っていた。
「こんにちは。えっと、お店の人ですか?」
リルナがおっかなびっくりと質問する。なにせ、三十八歳のどう見ても少女なドワーフに依頼されて訪れた店だ。目の前の少女も六歳ほどにしか見えないが、実は年上なんていうパターンもあるかもしれない。
「うん、お店の番をしているの」
警戒するリルナに少女はにこやかに応える。どうやら子供らしい子供だったようだ。
「では、店主を呼んでもらえるかの? リトルヴレイブからお使いでやってきた、と伝えてくれれば分かると思う」
「りとるぶれーぶ、ね」
正確には違うのだが、それで良しとした。少女は椅子から飛び降りると、奥に続く扉を開ける。どうやら防音になっていたらしく、扉を開けた瞬間にカンカンと甲高い音が響き渡った。そちらは工房になっているのだろう。店よりも制作スペースを大きく取っているようだ。
熱い空気を感じながら待っていると、少女が戻ってきた。
「中に入って、だって!」
リルナとメロディは顔を見合わせてから、少女に連れられて工房の中へと入った。中は薄暗く、煌々と炉の赤い光が部屋の中を照らしている。空気は熱く、夏の日差しの中で焚き火をしている気分だ。数々の道具が並び、その中央ではずんぐりむっくりとしたドワーフの男が待っていた。
長く立派な髭を撫で付けながら、男はにっかりと笑う。
「待っておった。さぁ、荷物を見せてくれ」
「あ、は、はいっ。これです」
荷物から木箱を取り出し、ドワーフに渡す。彼は封がしっかりと外れていないことを確かめると、確かに受け取った、と笑った。
これにて依頼終了、とリルナとメロディはハイタッチをするのだが……自分たちが何を運んできたのかが気になり質問してみる。
「これか?」
「うむ。まさか犯罪の片棒を担いだ訳ではないと思うのじゃが……気になってしまうのが人の性、というものじゃろう」
「確かに、お嬢ちゃんの言うことは分かる。まぁ、あまり詳しく説明できないが見せてやろう」
ドワーフはカナヅチを持ち出すとコンコンと軽く蝋を叩き封を壊す。そして、木箱のふたを開けると、中から何やら歪な形をした塊を取り出した。
「お前さんたちに運んでもらったのはこれじゃ」
手渡されたそれは、どうやら金属であるらしい。ずっしりと重く鈍い黒色のような銀色のような、そんな色合いをしていた。リルナ、メロディの順番に見ても、何なのかサッパリと分からずドワーフに返した。
「詳しくは言えないし名前も出せないが、これはいわゆる稀少金属だ」
「レアメタル?」
「代表的なレアメタルはミスリルだな。聞いたことあるだろ?」
うんうん、と二人は頷いた。二人が運んできたそれもミスリルと同じような金属であるらしい。貴重な物で、雑に扱うこともできないので冒険者に運んでもらった、という理由らしい。
「鍛冶の価値は難しいのぅ。妾たちには結果しか見えてないから、これがどんな武器になるのか検討もつかぬ」
「そうだね~。それで何が作れるの?」
リルナの質問にドワーフは、そうだなぁ、と悩みつつもリルナの腰からぶら下がった倭刀を指差す。
「伝説級と言われた倭刀。それに匹敵する武器なら作れるやもしれん」
「え……それって凄いんじゃ……」
「まぁ、量が足りんがな。これだと、せいぜい短剣が精一杯だ」
「それでも凄いのじゃ。ちなみにそれでいくらするのじゃ?」
もしかしたら買えるかもしれない、とメロディは質問するが……
「まぁ詳しくは秘密だが、五百万以上と言っておこう」
二人は口をあんぐりと開ける。そんなマヌケ顔の二人を見て、少女はケラケラと笑った。
「そ、そそそそ、そんな高いの運んできたの、わたしたちっ!?」
「お、お、おおお、お主らは何を考えておるのじゃ!」
まさか荷物の価値がそこまで高いとは思ってもおらず、二人の手は今更ながらにガクガクと震えだした。
「言ったら断るだろ? そして、簡単な依頼なのに値段が跳ね上がる。こうして無事に運べるし、無駄にお金もかからん。素晴らしい方法だ」
がっはっは! と、ドワーフが笑うが、その豪胆さはどこか人間離れしている気がして、二人の冒険者は声を震わせて叫ぶのだった。
「ばかーーー!」
と。
それから二人は震える手をお互いに握り合いながら、武器屋『ルミナ・ルリラ』を後にするのだった。




