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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
幕間劇

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197/304

幕間劇 ~あぁ、吸血姫さまっ!~

 リュート・ル=ドラク・ブレイクルージュはようやくとばかりに自分の地へと帰ってきた。そこは常夜に支配された大地であり、太陽神は愚か空に浮かぶ太陽の力すら及ばない不毛の大地である。

 光がなければ、生物は生きていけない。それは植物も人間も蛮族もモンスターも同じであり、わざわざこの暗闇に足を運ぶ者はいなかった。

 だからこそ、静かだった。

 通り過ぎていくのは風の音のみ。生命の営みがゼロの空間においては、世界は無音が支配する。それは静寂というレベルではなく、もはや『無』だった。耳が痛くなるほどに何も無い空間においては、風の音すら死んでいるのかもしれない。

 そんな常人では耐えられない空間を、青年は歩いていく。赤い瞳は夜目が利くのか、足取りに不安は無い。むしろ、太陽の下より遥かにご機嫌な様子で、彼は歩いていく。

 それを邪魔するものは居ない。

 それを邪魔できるものは居ない。

 それを邪魔しているものは、時間だけだった。

 しかし、それもすぐに終わりとなる。彼の目的地が見えてきた。


「ただいま戻りました」


 リュートはうやうやしく、丁寧に腰を折り礼をする。誰も見ていないのにも関わらず、彼は目の前にそびえる荘厳で黒い城に向かって、礼をした。

 どんな物資で作られているのか、およそ人間には理解できない黒の城。どこの貴族にも、王族や皇族にも負けない程の立派な造りであり、見上げなければその全貌は掴めない。だが、常夜の国では、その姿を見渡せる者は限られている。世闇に紛れた黒の城など、たとえ地図があったとしても発見できないだろう。

 衛兵の一人として存在しない城の大きな門は自動的に開く。そこで初めて、静寂が破られた空気が伝わる。リュートの声は、無音を邪魔しなかったのだ。

 彼が城の中へと入ると、青白い炎が灯り廊下を照らす。豪奢な絨毯が真っ直ぐに伸び、永遠とも続くかと思われる廊下を一直線に結ぶ。もちろん他にも部屋や廊下があるのだが、リュートは迷いなく真紅の絨毯を歩いていく。

 彼が歩くたびに青い炎は揺れる。だが、彼に影は存在しない。それは、あらゆる包囲から青き光で照らされているからか、はたまた……

 やがて大きな扉の前に到着する。両開きで真っ白な扉は、外観の黒と正反対であり、まぶしいくらいに際立っていた。材質は石なのだが、とても人間技とは思えない細かい彫刻が施されている。それは、花だった。薔薇をはじめとする数々の花が彫られており、部屋の主を称えるかのような扉だった。


「ただいま戻りました」


 その扉の前で、リュートは再び礼をする。だが、頭は上げない。腰を直角に折ったまま、彼は返事を待つ。

 待たされる……ことはない。数秒もしないうちに扉は自動的に開く。そのわずかな空気の揺れに反応して、リュートは素早く廊下に座りこみ額をこすりつけた。いわゆる土下座である。彼の常識の中で、最高の相手に対する平伏す方法だ。


「おかえりリュート……って、またそれか? いいから入って来い」


 冷たくも凜と響く声。

 澄んでいて、可愛らしい声。

 艶やかであり、色のある声。

 そんなイメージを抱かせる声がリュートへとかけられる。彼はそれに頭をあげた――りはしない。そのまま中腰の姿勢のまま立ち上がると、そそくさと部屋の中へと入った。


「お前はいつになったら普通に接してくれるんだ? 色男が台無しじゃないか。なんだその奇妙な歩き方」

「申し訳ありません。ですが、何の覚悟もなくソフィア様を拝見すると、瞳が潰れます」


 リュートは下を向いたまま〝ソフィア〟に語る。


「私はそんな呪いを身に付けた覚えは無い。ほれ、さっさと顔をあげろ。命令だぞ、私の命令だぞ? 聞けるよな? 聞くよな?」

「は、はい!」


 リュートは顔をあげる。

 そこには、大きく真っ赤な椅子にちょこんと腰かけた一人の少女がいた。

 真っ白な髪は黒のリボンで適当に左右で結われている。ツインテールほどハッキリと分けられてはいないので、どちらかというと装飾品としてリボンを結っているようだ。そんな髪型も相まって、少女として幼く見えるが、その眼光は鋭い。なによりも特徴的なのは、その赤い瞳だった。

 ただの赤ではなく、その瞳を縁取るように黄金の輝きがある。加えて、反射する光すら、金色の変貌していた。そんな大きな目に対して鼻や口はちょこんとしたイメージ。たとえ美意識の違う蛮族でさえも彼女をかわいいと思ってしまうような、そんな少女だった。

 真っ黒で、少し体にフィットするかのようなゴシック調のドレスに、白のケープ。そして、編み上げのブーツといった姿は、貴族のお姫様そのものだった。


「お、おぉ、ああ! あぁ! 今日も麗しい姿であり、その美しさはいかなる者にも追従することはできますまい! 我が主! 我が姫よ!」


 リュートは膝立ちになり、手を組む。まるで神を見たかのような言葉と表情だが、その真っ赤な瞳からは涙が流れていた。


「はぁ……まったく。リュートはいつになったら慣れるんだ?」

「な、何にでございましょうか?」

「私にだ」


 このやり取りは何度目だ、とソフィアは悪態をつく。


「十六回目です」

「数えるな数えるな。私の大嫌いなものは知ってるだろ?」


 ソフィアの言葉に対して、リュートはハッと気づいたように姿勢を正した。


「この私、ソフィア・ル=ドラク・クリアルージュの嫌いな物は、退屈だ。そんなソフィアに、お前は十六回も同じ行動をしてみせた。それはどういう了見だ?」

「も、申し訳ありません!」

「だぁめ」


 甘ったるい声。ソフィアがニヤリと笑うと、その口端には鋭く尖った牙が覗いた。その様子に、リュートはびくりと体を震わせる。

 それは恐怖ではなく、甘美を享受できる震えだった。


「我が騎士よ。我がヴァンパイア・ナイトよ。我がリュートよ。リュート・ル=ドラク・ブレイクルージュよ。我が元へ来るがよい」

「はっ!」


 彼は返事をすると、ゆっくりと時間をかけてソフィアの座る椅子に近づく。その間に、彼女は右足を伸ばし、左足を座面へ乗せた。立てた膝のせいでドレスの中身があらわとなる。真っ白な肌がスカートの奥からのぞき、その秘所は暗闇に閉ざされていた。


「罰だ。ソフィアの足を舐めろ」

「は、はい」


 彼はうやうやしく座ると、ソフィアの伸ばされた足に両手をそえる。傷ひとつなく、汚れもない、汚れる訳がない白く美しい肌。思わず頬擦りしたくなる衝動にギリギリ耐え切ったリュートは、おずおずと足の甲に唇をつける。


「ん」


 短く漏れたソフィアの声。その甘い空気の揺れは、リュートの脳を破壊しそうになる。遥か昔に捨てたはずの欲望が立ち上がるのを力でねじ伏せると、口を開き舌を伸ばす。自らの牙が主の足に傷をつけたとなると、自殺しても足りない。足りやしない。

 リュートは限界まで舌を伸ばし、少女の足を舐めていく。


「ん……くふ、んっ。ふふ、くすぐったぁい」


 ソフィアはそのまま彼の頭に手をあてる。まるで母親がいい子いい子するように、彼の黒髪を撫でてやった。びくりと跳ね上がる彼の肩。それらを面白そうに、愉快そうに、ソフィアは見つめる。

 足の甲から足の先。親指から小指と、その指の間まで丁寧に舐めたところで、主人は満足したらしい。足を引っ込めた。


「そこまで。罰は終わりだ」

「も、もう少し……」

「ダメだって。ソフィアも我慢できなくなる。快楽に溺れては、貴族の恥だぞ」


 主人の許しが無い限り、リュートが勝手に触れる訳がない。彼は思いっきり落胆したように、おずおずと下がった。


「はいはい、落ち込まないで。それで、どうだった? 危なそう? そうでも無さそう? 私の命は大丈夫そう?」

「はい、まったく問題はありません。調べたところリルナ・ファーレンスはレベル6の冒険者です。召喚士、という稀有な職業ですが、本人の実力はまったくありません」

「ほほう、召喚士か。それで龍といたのかな?」

「そのようですね。ホワイトドラゴンを召喚獣としているようです。どちらかというと、リルナより彼女とパーティを組むサクラと呼ばれている人間のほうが厄介です」

「サクラ? 大陸風の名前だな。強いのか?」

「恐らく。僕と、あ、いえ、私と同等ぐらいでしょうか」

「『僕』でいいよ。今更かっこつけるな、リュート」


 報告ぐらいちゃんとしたいです、という彼の言葉をソフィアは手をヒラヒラとさせて避ける。


「リュートと同じくらいの強さで、あとはレベル一桁の冒険者か。じゃ、問題は無さそうだな」

「はい。もう一人は、領主の姫が仲間に居ますが、防具だけですね。ヴァルキリーシリーズを装備しています。母親はサヤマ・リッドルーンだとか」

「引退して娘に装備を託したのか~。良かったような悪いような……リュートはどう思う?」

「良かったですよ。ソフィア様にもしものことがあったら、どうするんですか」

「退屈から開放されていいじゃないか」

「良く無いですって」


 リュートの強い言葉に、ソフィアは肩をすくめる。


「ま、いいか。お仕事ごくろうさま、リュート。褒美は何がいい?」

「一緒にお風呂に入りたいです」

「うむ! それでは準備をしてまいれ。我が下僕」

「おおせのままに、我が姫」


 常夜の国。

 たった二人の国。

 たった二人の王宮で、ヴァンパイア・ロードのお姫様ソフィア・ル=ドラク・クリアルージュと、ヴァンパイア・ナイトの騎士リュート・ル=ドラク・ブレイクルージュは、今日も今日とて退屈を殺す毎日を過ごしているのだった。


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