~チャーム・チャーマー・チャーメスト~ 10
告白、というのは人生において、そう何度も訪れるものではない。ましてや、一度だけで終わる人も多いだろう。もちるん、それは恋愛がらみの事柄であって、罪の告白とはまた別物だ。
リルナとメロディにより呼び出されたリュート氏は、目の前の女性に対して真摯に向き合っていた。
現在の場所は、サヤマ城下街の神殿区。ディアーナ神殿の後ろにあるお城の城壁と神殿の間にできた小さな道。薄暗いことはなく、太陽の光が入り込み建ち並ぶ神殿の白い壁がより輝く姿が見て取れた。どの神殿もしっかりと掃除が行き届いているのでゴミなんか落ちてやしない。夏の日差しがこれでもかと降り注ぐ中、ルリィは木陰でリュート氏を待っていた。
白い神官服と木陰とのコントラストは綺麗で、たとえ魅了の呪いが無くても、彼女の魅力は充分に発揮されていた。
「恋する乙女は魔法なんか無くとも美しいものじゃのぅ」
「がんばってっ、ルリィ!」
リュート氏を呼び出したリルナとメロディは神殿の壁から隠れて覗き込む。静かな声で神官少女を応援した。
「うまくいくかな~」
「どうでしょうね~」
そんな壁から覗き込むのは二人だけではなく、ルルとリリアーナも合流した。リリアーナは目立つ背中の翼を起用に折り畳んでいる。
「いけませんよ、覗き見なんて」
と、そんな四人に声がかかる。ディアーナ神電の神官長だ。いやだって見たいじゃないですか、と四人が抗議の声をあげようと思ったのだが、やめておいた。なにせ、神官長も壁から覗き込んでいるのだ。いくつになっても女は女、という証明をしてくれたので、遠慮なくリルナは静かに告白を見守る。
「あ、あのあの、わたくし、私、ルリィと申します」
そばかすのある頬を染めながら、ルリィは挨拶する。わちゃわちゃと手を動かすが、なんとか言葉にできたようだ。
「ルリィさん、ですか。そういえば、名前を聞いていなかったですね」
対してリュートは落ち着いた様子で、改めてよろしくお願いします、と彼女に伝えた。恐らく、リュートには彼女の様子から伝えたいことが分かったのだろう。
背すじを伸ばし、しっかりと彼女の姿を見ていた。茶化したり、話を促したりしない。彼はルリィが落ち着くまで、しっかりと言葉を述べるまで待ってくれた。
「わ、私は……私はあなたが好きです。冒険者だと存じております。この国の方でも無いと知っています。でも、でも私はリュートさんが好き……なんです。好き、なんです!」
彼女は恥ずかしそうに両手を組んだ。まるで、神様に祈るように、目の前の彼に思いを告げた。
「言った!」
「やったのじゃ!」
「すてきですぅ!」
「やりまたね~」
「よくやったわ、ルリィ!」
外野の少女達がざわめく中、リュートは空を見上げる。リルナからは、彼の背中しか見えない。だから、彼の表情がどんなものか、見えなかった。
少しだけ考えるように空を見たあと、リュートはうつむくルリィに声をかけた。
「ありがとうございます。ルリィさんの言葉、すごく嬉しかったです」
過去形。
嬉しかった、という言葉が、マイナスを予言させた。
「ですが」
リュート氏の、その一言で全てを察知したのか……少女たちから笑顔が消えた。だが、それは知っていたかのようにルリィは笑顔を浮かべる。笑顔でもって、好きになった男性を見上げた。
「僕の住む国に、僕の大切な人がいます。僕は……彼女を裏切れない。彼女は僕の命の恩人でもあり、理解者でもあります。だから、君の想いに応えることはできません。ですが、ルリィさんの言葉は嬉しかったです。ありがとう」
リュートはルリィに手を差し出した。
「……ありがとうございます」
それを、神官の少女は、泣きそうな笑顔で掴む。しっかりと握手して、ポロポロとこぼれる涙をぬぐいもせず、彼に最高の笑顔をみせた。
「また、どこか、っく、で、あ、あえたら、よろし、っひっく、うぅ、おねがい、します! っく……ふあ、あぁ」
こらえきれず零れる嗚咽に消えていく彼女の言葉。それでも、リュートにはしっかりと届いたらしく、えぇ、と彼は頷いた。
そこが限界だった。
ルリィはぐしゃぐしゃになった顔のままこちらへと走ってきた。
「しんがんぢょう~! うわ~ん!」
そして、神官長に飛びつくと感情を爆発させたかのように泣きつく。あらあら、と戸惑う神官長。しかし、リリアーナは慣れた様子で、よしよし、とルリィの背中を撫でてあげる。
「とりあえず中へ入りましょう~」
「そ、そうね。歩ける、ルリィさん? あ、ムリそう? 手伝ってくださる、リリアーナ、ルルさん」
「はい~、分かりました~」
ボロボロに泣き崩れるルリィを支えて、神官長とリリアーナが神殿へと歩く。フラフラと頼りない神官長をルルが支えた。ひとしきりの騒動がおさまったところで、ようやくリュート氏がこちらへと振り返った。その瞳は、なぜか涙に濡れていて、彼はグシグシとそれをぬぐう。
「泣くほどだったら、付き合っちゃえばいいのに。一緒に国に帰ってもいいんじゃない?」
リルナの言葉に彼は苦笑した。
「そんな訳にもいかないので。僕は、ちょっと涙もろくてですね……」
「優しい男じゃの。お主の想い人には、伝えておるのか?」
「……いえ。身分が違いますので」
どうやら彼も相当に面倒な恋に落ちているようだった。お姫様はそんなリュートに肩をすくめてみせる。
「妾は貴族じゃ。しかし、惚れた相手が奴隷ならば、たとえ国を滅ぼしてでも添い遂げるぞ。愛とはそういうものじゃ。お主に足りないのは、覚悟かもしれんのぉ。色男よ」
「覚悟か……そうですね。ご忠告痛み入ります、お姫様」
「うむ」
頭を下げるリュートに対して、メロディは偉そうに頷いた。こういうところを見るとお姫様らしいのだが、普段の行動を見ているリルナとしては、半眼で彼女を見るしかない。
「なんじゃ、リルナ」
「いや、別に」
「……まぁ、妾らに恋愛はまだ早いの。男よりも冒険じゃな」
「そうだねっ」
花より団子。色より冒険。そんな小さな冒険者たちを見て、リュートは朗らかに笑った。
「それでは、僕は自国へと帰ります。いつまでも居たのでは、ルリィさんの心を傷つけてしまいますからね」
失礼します、と彼は丁寧に頭を下げてから歩き去っていった。その背中は堂々としたものだったが、やっぱり涙もろいのか、少しだけ目元を拭う。そんな彼の後姿を見て、メロディは少しだけ笑う。
「なるほど、ルリィが惚れるのも理解できる。あれほどの男は、そう居らぬの」
「メロディも惚れちゃった?」
「妾には冒険じゃと言ったぞ。それに、母上が結婚しておらんのに妾が先にする訳にはいかぬ」
「……それ一生無理じゃない?」
「うむ!」
どうやら十歳の彼女は恋愛願望と結婚願望がゼロらしい。似たような十二歳の少女は笑うしかなかった。
「さて、ルリィを慰める会でも開くぞ。場所は……リリアーナの店でいいかの?」
「え? あそこはちょっと……」
「いろいろと男が来るから選びたい放題じゃぞ」
「それはどうなんだろう……」
メロディがケラケラと笑いながら神殿の入り口へと歩き始める。リルナも付いて行こうと思ったのだが、ふいにルリィとリュートのいた木陰が気になり、足を止めた。
「――」
そこには、長く黒い髪の女性が居た。白い透けるように美しいワンピースを着ていて、すこしだけ憂いのある表情でこちらを見ていた。
その姿に、リルナは見覚えがあった。
「ディアーナ神さま――」
神殿の彫像と、同じ姿の女性。神様が、そこに居た。
彼女はリルナを見る。憂いを帯びた表情は変わらず、何かを訴えようとしたのだろうか。それは分からない。
驚き、パチリ、とまばたきをした。その時には、もう彼女の姿はどこにも無い。ただ、穏やかに風が通り過ぎていく木陰だけが存在した。
「ルリィが心配だったのかな」
でも、告白が失敗した程度で神様はそんなに心配するだろうか? それに加えて、あの表情はルリィだけでなく、自分にも向けられていたような?
リルナはそう疑問に思うが、メロディに呼ばれてすぐに気持ちを切り替える。あとで神官長に聞いてみよう。今は、ルリィの慰め会が重要だ。
街中を巻き込んでしまった魅了の呪い大騒動。
それは、ちょっぴりほろ苦い記憶と、慈悲深い神様の姿を残して、幕を閉じたのだった。




