~チャーム・チャーマー・チャーメスト~ 9
依頼は完遂したのだが、リルナたちにはまだやるべき事があった。時間は無限にあるが、人間は有限である。早くしないと老衰で死んでしまうし、百年の恋も五秒で終わってしまう可能性あった。
「あれがリュート氏じゃな」
「うんうん、特徴があってる」
中央通りにある一軒のカフェ。そこのテラス席に座る一人の青年を見つけ、リルナとメロディが野菜メインの食材屋『葉物屋』の角から顔をのぞかせた。
「何やってるんでぃ、お嬢ちゃんたち……」
「おじさん、きゅうり頂戴」
「妾も一本」
「お、おう……100ガメルだ」
良く冷やしたきゅうりの両端を切り落とし串に刺したシンプルなファストフード。人気はあまり無いが、塩をパラパラと振りかけて食べると美味しい一品である。それをポリポリとかじりながら、二人はカフェテラスで優雅な午後を過ごすリュート氏を監視した。
「冒険者ってのは、こんな仕事もあるんだなぁ。頑張りなよ、お嬢ちゃん」
「がんばりますっ。ポリポリ」
「ポリポリ。美味いのぅ。やはり絢爛豪華な食事より、こちらのほうが妾には合っておる」
葉物屋さんの店主は二人のちびっこ冒険者に肩をすくめつつ、夕飯の買出しに来た奥様の相手へと戻った。
きゅうりを食べる二人の少女に監視されているとは思っていないだろうリュート氏は、のんびりと中央通りを眺めていた。ときどきカップを口に運んではノンキに頬杖を付いたりして、時間を無為に使用している。
「余裕ある大人って感じだねっ」
「うむ。冒険者としてのレベルも高そうじゃ」
「そうなの?」
「なんとなくじゃが……こう、どこから攻撃していいのか分からぬ感じがせぬか?」
メロディに言われ、リルナもジッとリュートを観察する。カップを手に取り、口に運ぶ。無防備になっているその瞬間なら狙えるんじゃないか、と思ったがそれを制するように彼の視線が動く。
「うっ……」
攻撃を制された気分になり、リルナは唸った。背中からならいけるんじゃないか、とも思ったが、どうにも人の動きが邪魔をする。そもそも彼の死角になるような場所は、すでにお客さんがいたり、と割と隙が無かった。
「ホントだ……攻撃するの、難しい」
もちろん、不意打つつもりが無いのならば攻撃できる。今から倭刀を引き抜いて彼に襲い掛かることは可能だ。しかし、こっそりと近づくのも難しそうである。
「母上もあんな感じじゃ。隙だらけに見えても、どうしようもない」
「えぇ~、リュートさんってレベル90もあるの?」
「いや、無いじゃろ」
もし彼がレベル90近くまであるとするならば、この街に来た用件や依頼がサヤマ女王絡みとなる。そうなると、自然にメロディの耳に入るはずだが、そんな話は聞いていない。つまり、そこまで高い実力ではない、はずだ、とメロディは言葉を濁した。
「曖昧なのね」
「曖昧なのじゃ。妾が母上の娘になったように、この世は何が起こるか分からぬ。彼が絶対にレベル90もない、なんて言い切れぬよ」
「そんなもんか~」
二人はきゅうりを一本食べ終わると、串をおじさんに返却した。それから、今度はカフェの中へと移動する。店内にはまばらに人がいて、本日を休日に指定した商人や冒険者たちが気だるい午後を楽しんでいた。
「いらっしゃいませ、お二人でしょうか?」
「うん。あの席に座ってもいいかなっ」
リルナは接客に来たウェイターの少年に1ギル硬貨を渡す。少年は少し驚いたが、どうぞ、と笑顔でリルナが指定した席へと案内してくれた。
「ご注文は?」
「フルーツパフェください」
「妾も同じで」
向かい合う訳ではなく、なぜか二人して隣に並んで座り、外をじ~っと見てる奇妙な二人組みの少女にウェイターは首を傾げながらも厨房にオーダーを通しに戻った。
「どうしてメロディもこっちに座るのよっ」
「いやいや、リルナの監視では不安だからじゃ。妾に任せよ」
「ちゃんと訓練学校を卒業したんだから、大丈夫だって」
「召喚士がか? 座学で時間がいっぱいいっぱいとか言っておったが?」
「むかっ。剣の訓練しかしてないくせにっ!」
少女ふたりは小さな声でケンカをはじめ、最後には頬をつねりあって、じゃんけんをした。勝利したのはリルナ。メロディは唇を尖らせながらもリルナの向かいへと座る。何故か周囲の目が優しいのが気になったのだが、テラス席までは騒ぎが届いていなかったらしく、リュート氏はのんびりと空を眺めていた。
「お待たせしました。フルーツパフェです」
「わ、美味しそう」
「ほほぅ、なかなかのものじゃな」
たっぷりと生クリームが盛られたパフェには、オレンジやチェリーといったフルーツがトッピングされていた。男性冒険者は見向きもしない食べ物だが、女性冒険者にとっては贅沢の極み。冒険中は野宿が多く、カサカサに乾いた干し肉ばかりが続くこともあるので尚更だ。
細く長いスプーンでパフェを食べながらリュート氏をリルナは監視する。メロディからは見えないので、責任は重大だ。
「あっ」
「どうしたのじゃ?」
「リュートさんに接触者あり」
「なんと」
メロディはちらりと振り返る。そこには、商人と思われる男性がリュートの向かいに座った。なにやら挨拶を交わしているらしく、お互いに頭を下げあっている。
「仕事かな?」
「恐らくそうじゃろう」
カフェでのんびりと午後を過ごしていたのではなく、どうやら待ち合わせだったらしい。彼はこの為にサヤマ城下街までやって来たと思われる。仕事の内容はサッパリと分からないが。
「そうなると急がねばならんのぅ」
「うん、そうだね」
二人は急いでパフェを食べる。冷たいアイスのキーンとした頭痛に耐え切り、見事に完食すると、少年ウェイターにお金を払ってカフェを飛び出した。
「またのお越しを」
と、にこやかに挨拶する少年に笑顔をふりまいておく。お世話になったお礼のつもりだったが、周囲の冒険者には逆に目立っていた。そんなことは知ってか知らずか、少し離れた場所まで移動して、再びリュート氏の姿をとらえる。
丁度仕事が終わったのか、商人と握手を交わしていた。そして、商人が彼の飲み物代を払ったらしく、リュート氏はペコペコと頭を下げている。
「いい人っぽい」
「いや、いい人なんじゃろう」
そしてリュート氏はカフェを離れた。つまり、彼の冒険者としての仕事が終わったことになる。声をかけるのならば、このタイミングがベストだった。
「行くよ、メロディ」
「こういうのを逆ナンというらしいぞ」
「逆ナン?」
「逆ナンパ、の略じゃ。死語か若者言葉なのか知らないが」
リルナが知らないことを思うと、どうやらその単語はすでに死んでいたらしい。人生初のナンパへと向けて、リルナとメロディはリュート氏に迫った。
「あの、すいません。ちょっと時間いいですか?」
「貴殿に話したいことがあるのじゃ」
後ろから話しかけられたリュートは振り向く。さして驚くそぶりも見せず、二人の少女に向かってにこやかに挨拶した。
「こんにちは。何か、僕に用でしょうか?」
あぁ、なるほど。
と、リルナは思った。
ルリィが好きになったという青年は、近くで見れば見るほどに朴訥ながらも、爽やかで心地よい雰囲気に包まれていた。
赤い瞳をにっこりと細め、リュートは笑う。
まるで魅了の魔法をふりまくように。




