~チャーム・チャーマー・チャーメスト~ 8
城壁が途切れる先は崖の先。断崖絶壁の上に立っているサヤマ城下街の、そんな隅っこにホワイトドラゴンは降り立った。ぽつんと一本だけ立っている木の根元、メロディたちが待っていた。
「お疲れさまじゃの、ホワイトドラゴン殿」
「本当だよね。ボクは人間を運ぶ乗り物じゃないよ」
「いいじゃないべつに。ケチケチしないでよっ」
リルナはリーンの首元に手をまわすと、そこをワシャワシャと撫でた。完全に動物扱いされたリーンは背すじを延ばして召喚士を地面へと落とす。自業自得じゃな、とメロディは笑うのだった。
「それで、どうして逃げたんですか~」
リリアーナは空中輸送のショックで胸を抑えているルリィを木の根元へと座らせてあげる。ぜぇぜぇと過呼吸気味だったルリィの息は、ようやくとばかりに整いはじめ、ごめんなさい、と謝った。
「謝るのは別にいいから、どうして逃げたのか教えてよ。もうムリに壊したりしないから」
ルリィに対して威圧感を与えないように、とリルナは座る。それに合わせてメロディも座り、ルルとリリアーナと続いた。さすがにホワイトドラゴンだけは頭が高い。仕方がないので、リーンは頭を下げてみる。
「ひぃ」
ぐぐっと近づいた顔が怖かったらしく、ルリィが悲鳴をあげた。もうこうなったらどうしようもないので、リーンは体を丸めて不貞寝してしまった。そんな龍に苦笑しながらも、リルナは質問を投げかけた。
「ねぇねぇ、教えてよ。もし悩みがあるのなら、もし理由があるんだったら、協力できることがあったらするよ」
「……は、はい。ありがとうございます」
落ち着いてきたのか、ルリィはポツリポツリと話し始めた。
「実は……その、好きな人ができまして」
「おぉ~」
これは恋愛相談だ、と分かった瞬間、少女たちの距離が少しだけルリィへと近づいた。無骨な冒険者といえど少女は少女。リルナもメロディも興味津々だった。ルルはなぜか森羅万象辞典で恋愛の項目を調べ始めたのだが。
「その人は……えっと、ここの……城下町の人じゃなくて、えと、その冒険者をやっている人なんです。だから、すぐに、居なくなっちゃうので、その……」
「その魔力で引き止めたかった……じゃな?」
はい、と申し訳なさそうにルリィは頷いた。
「でも……それって、本当のアレじゃないよね。アレっていうか、え~っと、なんていうの?」
リルナはリリアーナを見る。
人生の先輩でもあり、娼婦の彼女ならば、何かしらの答えを教えてくれるはずだ。
「愛ですね。ルリィさんのそれは、恋です。そこに気持ちや心があっても、愛はありません。一方的過ぎる気持ちは、片思い以下ですよ?」
静かでゆっくりで優しい言葉だけれど、リリアーナの言葉は厳しかった。それでも、にこにことルリィを見つめている。叱責するつもりではなく、注意を促したのだろう。
「いや、だが、しかし。これは紛れも無いジャンスじゃな。妾だったら間違いなく利用するじゃろう」
「街を大混乱に陥れても?」
半眼で見るリルナに、メロディは何でもないように頷いてみせた。
「元より妾は、領民に愛されるお姫様じゃからな! 惚れられて当然じゃ」
えっへんとメロディは胸を張るが、残念ながら十歳の体では自己主張も無い。リルナとルルは肩をすくめ、リリアーナはくすくすと笑った。
「まぁ冗談はさておいて、気になるのはお主が惚れた相手じゃの」
「冗談だったんだ……あ、そうそう、気になる気になるっ」
どんな人どんな人、とみんなはルリィに聞いた。
「えっとですね、髪は黒くて少し伸びてる感じです。顔はちょっと幼い感じかな。で、背は私より高くて、瞳の色は赤でした。そして、白銀の、なんだか軽そうな鎧を着ていらっしゃって……、剣も細身でしたね。素朴なのですけれど、スマートといった感じの男性です」
「ほほ~」
頭の中で、ルリィの惚れた男を想像しながらリルナたちは頷いた。聞く限りにはイケメンではなく、純朴な少年のようなイメージだ。
「名前はなんていうのかな?」
「あ、リュートさんっていうらしいです」
そこまで知っていれば完璧じゃないか、とメロディは頷く。なるほどね~、とリルナは後ろに手を付いて彼女を見た。
本当にリュートという男性のことが好きなんだろう。瞳は少し潤み、恋する乙女の様相をみせていた。頬は少しだけ赤く染まり、恥ずかしそうに体をよじっている。まるで彼女自身が魅了の魔法にかかっているみたいだった。
「ふむ。まぁ、お主の気持ちは初恋もまだな妾には思い至ることも出来ぬ。しかし、気になることがもう一つあるのじゃ。それさえ聞けたら、お主の色恋にサヤマ・リッドルーンの一人娘が全力で応援しようぞ」
「うわー、それめっちゃ不安になるー」
ルルの正直な意見に一同は頷いた。メローディア姫ですら、頷いた。未婚の母なだけに、レベル90のバケモノなだけに、サヤマ女王と恋愛はあまり繋がらない事柄だった。
「まぁ、母上はさておいといてじゃ。ルリィはどこでそれを手に入れたんじゃ?」
「あ、そういえば聞いてなかった」
みんなは再び彼女の首にかかっているヴァンパイア・アイに注目する。呪いのアイテムでは無くても、神官の彼女にしてみれば装飾品など身に付ける必要はない。そもそもにして、マジックアイテムの類ではあり、おいそれと店では売っていないのだ。冒険者でもない彼女が遺跡を探索するとも思えず、手に入れる方法が思い浮かばなかった。
「これは……拾ったのです」
「拾った? どこでどこで? 遺跡?」
「いえ……順番に話しますと、先日から神官長と一緒に周囲の街を巡っておりました。ディアーナ神さまの布教や困っている人を助けるためです。定期的に行われていて、私の番でした。それで、その巡業が終わってサヤマ城下街に帰ってくる時でした」
ルリィは少し気恥ずかしそうに続けた。
「その時は、みんなの疲れも出てて、私も疲れてて予定よりも遅れてました。そのせいで、野宿することになったのです。もちろん、信頼できる冒険者の方が護衛に付いていておられるので安心なのですが、その、夜にですね、トイレに行きたくなっちゃいまして」
あぁ~、あるよね、と経験者であるリルナとメロディは頷いた。
「テントから出まして、少し離れたところで……それで、見つけたんです。赤く光ってる物が落ちてるなぁ、と。拾ってみたのが、その、これでした」
偶然に拾った物が、呪いのアイテムだった。となれば、その近くに死体でもありそうなものなのだが、暗かったこともあってか何も無かったらしい。
「あ、もしかしてリュートって人は、その時に護衛してくれた冒険者?」
リルナの質問にルリィは、うんうん、と頷いた。
「はい。とても優しくて、気遣ってくれて……幸いなことに夜盗やモンスターに襲われることはなかったのですが、リュートさんはとても優しくしてくださいました」
それに、とルリィは続ける。
「この首飾りも、私には必要ないから彼に渡そうと思ったのです。依頼料の足しにしてください、と。えっと、下心もあったのですけど。でも、リュートさんは見つけたあなたの物です、と受け取らずに、私に似合いますよ、と笑ってくださったのです。その結果が、まぁ、これなんですけど……」
「まぁ、鑑定した訳じゃないし、リュートさんも呪いのアイテムだとは思ってもみないから、しょうがないよね」
こればっかりは運が悪かった、としか言いようが無い。少女たちはため息を吐くしかなかった。
「それで、帰ってから自室に戻って、首飾りを付けてみたんです。もちろん、何も変化がありませんでした。しばらく鏡で自分の姿を楽しんでから外そうと思ったのですが……」
「そこで気づいた訳じゃな」
はい、とルリィはため息まじりの返答をした。そこから先は、ディアーナ神殿の中で大騒ぎだったらしい。何せ男性神官が彼女に一目惚れしてしまうのだ。部屋に詰め寄る男性神官を女性神官たちが押さえつけ、なんとか引き剥がしていったという。解呪ではなく、状態異常を回復する魔法でなんとかなったそうだ。
「……事情は分かったわ、ルリィさん。でも、呪いに頼って好きになってもらっても、意味がないよ」
リルナは神官の少女に告げた。
「わ、分かっています。でも、でもなんだか、もったいなくって」
「うん。だけど、このままじゃずっと部屋の中で生きていくことになるよ。そして、リュートさんも。そんな人生、つまんないよ」
「……はい」
「だから、壊そう。もし、あなたに勇気があるのなら、告白するんだったら、わたしが手伝うよ」
「うむ、妾も手を貸そう」
「私も~」
「同じディアーナ様の信徒ですから、私も手伝いますよ~」
リルナ、メロディ、ルル、リリアーナがルリィに微笑みかける。恋する乙女は無敵だけれど、呪いの力を跳ね返す強さは無い。だから、誰かの手を借りたっていい。それこそ、人と人とは繋がっているのだから。
「……はい。よろしく、お願いします!」
ルリィはしっかりと前を向く。
その表情は、呪いの力に恐れをなして後ろ向きになってしまったものではなく、しっかりと前を見据えて、自分の力で歩む者の瞳だった。
リルナは倭刀を引き抜き、もう一度彼女の首飾りに刃を当てる。少しだけ後悔するような、そんな表情を浮かべるルリィだったが、首をふり、しっかりとリルナを見た。
「うん」
リルナは頷き、そして刃を鎖へと当て……断ち切った。
呪いの首飾り……ヴァンパイア・アイは、あっさりと地面へと落ちるのだった。




