~チャーム・チャーマー・チャーメスト~ 7
サヤマ城下街中央通り。北門から一直線に南の神殿区を通り、お城まで辿り着ける舗装された大通りだ。東西に分かれる商業区と居住区を分けるラインでもあり、多くの露店が並ぶ道でもある。商人が荷車を引いていたり、馬車が停泊していたり、冒険者が街を出る準備をしていたり、報酬を分け合っていたり。
ニンゲンもいればドワーフもいるしエルフもいる。今だ一般民の間では差別感情が渦巻く獣耳種や有翼種なんかもいて、多種多様な者たちで毎日が大いに賑わっている。
そんな中、歩道から馬車が通る道に飛び出してくる少女がひとり。真っ白な神官服の目深なフードをかぶり、ローブを跳ねあげて北へと向かって走る。神官がそんな足をあげて走るなんて、はしたない! と、怒られる可能性が無視して、少女は全力で走っていた。その胸には踊るように跳ね続ける紅の宝石。まるで赤い瞳のモンスターがギラリと睨みを利かせるように、太陽の光を反射させていた。
「待って! なんで逃げるの!?」
「止まるのじゃ、ルリィ!」
「ま、ま、まって~」
「止まったほうがいいですよ~、ルリィさ~ん」
そんな神官少女ルリィを追いかける四人。リルナ、メロディ、ルル、リリアーナが神殿区から飛び出してきた。通りかかる馬車も気にせず歩道から飛び出すと、馬車馬が驚きいななきをあげる。
「あぶねぇ! 何してんだ!」
「ごめんなさい!」
リルナは馬のお腹にタッチして、彼の日々の苦労を労うとそのままダッシュする。メロディは背中のバスタードソードが当たらないように気をつけて、ルルとリリアーナは御者台の商人に謝った。
「あとでお店に来てくださいね~」
「お、おぅ」
リリアーナの営業力に負けた商人は、そんな少女たちを見送るしかなかった。
「はぁはぁはぁ、はぁ!」
馬車や荷車の間をすり抜け、ルリィは走る。その姿は嫌でも目立った。加えて、後ろからリルナたちも追っている。すでに息が切れかかり、呼吸が苦しくなってきた。それでなくとも冒険者から逃げるのは一般人からしてみれば至難の業。
しかし、
「おぉ、なんて美しいんだ!」
「彼女こそ僕の憧れだ!」
「ビーナス! あんど! プレシャース!」
何事か、と振り返ったり、なんだなんだ、と彼女の姿を見た男たちは、次々のその瞳をハートマーク入りに染めていった。魅了の効果は一目惚れ以上の能力を発揮し、次々と男たちを呪いの渦中へと引き込んでいった。
「え、あれ? え? ええ~、どうなってるのっ!」
リルナは走りながらも叫ぶ。
気がつけば、ルリィを追いかけているのはリルナたち四人だけでは無かった。我先に彼女に追いつけとばかりに男たちが加わっている。
「俺だ! 俺が先に目をつけたんだ!」
「邪魔するんじゃねぇ! 彼女のハートは俺が先に頂く!」
「おぉ、マイ! トッレジャー! うぃず! マイハーァァァット!」
そんな男たちがお互いを邪魔しながら少女を追う。冒険者の街なだけに屈強な男たちが多い。レベルに幅はあれど、そんなものは関係ないとばかりに一人の少女を追いかけながら小競り合いが発生していた。
「う~む、これが傾国の美女、というものか。憧れるのぅ」
「の、ノンキに言ってる場合!? なんとかしないと!」
しかしのぅ、とメロディは周囲を見る。すでに男たちに取り囲まれていて、先を走るルリィの姿は見えない。そこかしらで小競り合いが発生しているので、走る速度は落ちており、追いつける速度でもなかった。
「大人しくルリィの体力が尽きるのを待つしかないのでは?」
後ろからリリアーナが言う。神官服の下でバインバインと二つの丘が跳ね上がってる様はすさまじく、魅了の魔法にかかっているはずの周囲の男たちは、何故かリリアーナの胸を注視していた。
「大したことない呪いです。はんっ」
何故かルルが鼻で笑う。
「そ、そうなのかな……じゃなくて、リリアーナのそれ使えない? ちょっと後ろに下がってみる?」
試しに走る速度を落としてみるが……残念ながらリリアーナに注目していた男は前を向き、ルリィに夢中になってしまった。かわりに後ろの男たちがリリアーナの胸部に虜となった。
「使えん胸じゃの」
「夜では無敵なのですがねぇ」
あっはっは、とリリアーナとメロディが笑う。
「だからなんでそんなノンキなの?」
「いっそのこと、脱ぎましょうか~?」
それは止めて! と、ルルを加えた三人からツッコミが入り、リリアーナは笑顔で了承した。
そんな事をしている間にも、ドンドンと人の波は増えていく。まるで街一つが崩壊する危機に逃げ出す人々の様相をみせてきた。
「ぎゃぁ!」
「うわっ、っと」
前方で転んだ男をジャンプで飛び越えるリルナ。転んだら大参事どころか命の危機でもある。冒険者の多い大移動なので、ギリギリでバランスは保たれているが、誰かが立ち止まった瞬間に崩落は起こりそうだ。
「リルナちゃんリルナちゃん」
「なになに、ルルちゃん。何かアイデアある? 有るなら教えて、今すぐにっ!」
「リーンちゃんを呼びましょう。空高くビューンッて上がっちゃえば皆は追いつけないよ~。集合場所は、街の外の崖の付近で~」
「わ、わかった。メロディ、手伝って!」
「うむ!」
メロディはバスタードソードを引き抜く。あぶねぇな! と周囲の男たちが驚き空間が開いた。更にリリアーナとルルが速度を落として、リルナとメロディの周囲に空間を作る。
「せーのっ!」
「飛んでけぇぃ!」
リルナがジャンプし、斜め前方に飛び上がる。その新品ブーツの裏を叩くようにメロディはバスタードソードを振り上げた。剣の腹でリルナのブーツ裏を捉えると、そのまま斜めへと振りぬく。ちょっとした二段ジャンプで、リルナの体は男たちの群れから飛び出した。
「ひぃぃぅ!」
しかし、そんな無茶なジャンプでバランスが取れるわけもなく、設置されていたベンチをひっくり返しながらべちゃりと着地。ガラガッシャンと騒音を立てながらも何とか受身を取った。
「いったぁ……っく。急がなきゃ!」
立ち上がったリルナは急いで路地へと入ると、身体制御呪文マキナと空中描画魔法ペイントを起動。空中に魔法の線を描き三重円を刻んだ。続けてそのまま神代文字で召喚される存在の情報を書き連ね、最後の中心縁に『龍』を意味する文字を空中に刻んだ。
「召喚! リーン・シーロイド・スカイワーカー!」
発動させる拳で魔方陣を叩き、起動させる。光が溢れ収束し、魔力がホワイトドラゴンを形取る。弾けるようにして光が散ると、リーンがいつものようにくわっと欠伸をした。
「リーン君、飛んで!」
「え~、なんで~?」
「いいから、速く早くっ!」
わ、わ、と驚くリーンのフォローもせずにリルナはドラゴンの背中に飛び乗る。さすがのリーンも緊急事態と判断したのか、大人しく身体を浮かび上げた。バサリと一度だけ空気を撃つと、一瞬にして空へと舞い上がる。
「それで、どうしたの?」
「あれあれ、あの子を捕まえて!」
空から見れば、ルリィの姿は一目瞭然。しかし、体力が限界なのか、今にも男たちの群れに取り込まれそうだった。そうなったら最後、待っているのは白昼堂々の大告白シーンのオンパレードだ。
「このままじゃ、みんなの純情がっ!」
「いや、それ以上に酷いことになりそうだけどなぁ……」
なんとなく察したリーンは急降下すると、走るルリィのフードを口でがぶりと咥えた。
「え? え? きゃああぁぁぁぁぁ!」
そしてそのまま空高く舞い上がる。こうなっては人間である限り、どうやっても追いつけない。残された男性諸君は、空へと避難したホワイトドラゴンに罵詈雑言を浴びせるのだった。
「甲斐性なし!」
「白いくせに偉そうだぞ!」
「おぉ、マイラバー! かむぶぁ~~~っく!」
愛の力か、はたまたその場のノリか。
「リルナ……この街を滅ぼそう」
「止めてっ! サヤマ女王が出てくる!」
滅ぼす方向はおおむね了解なリルナだったが、レベル90の怪物の敵には成りたくなかった。
少しだけ空を周回し、高さの恐怖ですっかりと大人しくなったルリィを連れて、リーンとリルナは、メロディたちが待ち街の外へゆっくりと着地するのだった。




