~チャーム・チャーマー・チャーメスト~ 6
「そもそも呪いのアイテムって何なの?」
リルナの質問。
ある種、根本的な質問ながらハッキリと応えられる者はその場に居なかった。聞いたことあるし知っているのだが、その実物を始めて見ただけに詳細が気になったのだろう。誰も答えられないと感じたリルナの視線は自然とルルへと向いた。
「呪いのアイテム~……と」
ルル・リーフワークスの持つ森羅万象辞典。調べたい単語を唱えると自動的に開く万能な辞典がパラパラとめくれ、該当ページが表示される。
「呪いのアイテムとは、そのアイテムに強い思いが封じられている物です。その思いはマイナスの感情であり、一度身に付けると体から離れなくなります。それ以外は至って普通のマジックアイテムであり、見た目にも見分けは付かないことが多い……だそうですよ~」
なるほど~、と神官長を含めて全員が頷いた。
「物理的にはムリな訳かのぅ。リルナ、ちょっとそっちから持つのじゃ」
「はいはい」
ルリィの両隣に立って、リルナとメロディが首飾りの鎖部分を持ち上げる。二人が持っている部分は確かに体から離れるのだが、それ以外はビクともしなかった。人数の問題でも力の問題でもない、紛れも無く呪いといえる光景だ。
「ぜぇぜぇ……ルルちゃん。解呪で調べて……はぁはぁ」
真っ赤になった両手を見ながらリルナはルルに調べてもらう。息が整った頃、ルルが調べ終わったようだ。
「基本的には~、神官さんの魔法が有効みたい。え~っとぉ、ディスペル・カースって魔法です。神官魔法でレベル2から使えるみたいですけど――」
「え、じゃぁ自分で呪い解けるんじゃないの? っていうか、そんな魔法があるんだったら早くサクラに教えてあげないと!」
リルナは驚いたように言うが……神官長は申し訳なさそうな表情を浮かべた。何か事情があるのか、とメロディ共々神官の三人をうかがう。
「リルナちゃんリルナちゃん。続きがあるよ~」
「え? つづき? なになに?」
「ディスペル・カースで呪いを解くには、その呪い以上の力が必要なんだって~。だからぁ、ヴァンパイア・アイに込められたレベルより高い人の神官魔法じゃないとダメみたい」
つまり、レベル10の存在が呪いのアイテムを作った場合、その呪いを解呪するにはレベル10以上の神官レベルがないとダメ、という訳だ。もちろん、マジックアイテム製作において明確なレベルが設定されている訳ではないので、ディスペル・カースの魔法を施行してみないことには分からないが。
「え~っと、この中で一番の神官魔法が使える人は?」
リルナは神官長にたずねるが、彼女の表情はくもる。その理由は明白だった。
「神殿長です。ですが……神殿長は男性ですので」
あぁ……と、リルナとメロディは頷くしか無かった。魅了の呪いを振りまく相手に魔法を使えるかどうか、はやってみるまでもない。むしろ、ダメだったからこそリルナたちに依頼が来たのだろう。
「ということは、神官長殿でもダメじゃったのか?」
「恥ずかしながら、修行不足でした」
神官長の施行できる魔法レベルは50を超えているという。それでも尚、ヴァンパイア・アイを解呪できないとなると、相当に根強い呪いが掛かっているようだ。
「う~む、これに呪いを掛けたのは童貞のまま死んでいった男かのぅ。30歳まで童貞だと魔法使いになる、という伝説も残っておるしな」
ケラケラとメロディは笑うが、伝説は伝説でも都市伝説の類だ。女性との性経験が無いだけで魔法が使えるのならば、それはそれで世界規模の呪いである。幾人かの魔王となりし童貞が悲しみの咆哮をあげていてもおかしくはない。
他に方法は無いのか、とリルナはルルに聞く。その間にも、メロディはルリィの首飾りを色々といじっていくが、どうにも彼女はソワソワとしだした。
「なんじゃ、どうした? トイレか?」
「いえ、なんでもないです……」
ルリィはそう言うが、首飾りを見つめたり部屋の中を見回したり、かと思えばメロディやリルナを見たり、リリアーナの顔をジっと見つめたり、という風に視線は泳いでいた。
「え~っとですねぇ、物理的に破壊してもいいみたいです。危なくないように~」
「あ、壊していいんだ。わかりやすいねっ」
そもそも壊れないのならば、それは最強の盾となる。呪いの盾と呪いの鎧を装備したならば、最強の騎士の完成だ。もっとも、呪いの内容にもよるだろうが。それでも、魅了や素早さ減衰の呪い程度であれば戦場で何の問題もない。
壊れれば、壊れる。それは当たり前のことであって、マジックアイテムだろうが呪いのアイテムだろうが関係は無い。封じられていた呪いが暴走するなんてことは、無いのだろう。
「ディスペル・カースの魔法も、成功すればアイテムは破壊されますから、同じことなのでしょう」
神官長の言葉に、なるほど、とメロディも頷いた。
「え~っと、まず鎖を切ってみる?」
「そうじゃの。幸いなことに、ここには伝説の倭刀がある。切れぬ物は無いじゃろう」
リルナはベルトから吊り下げた倭刀を引き抜く。鏡のように反射する刀身は傷ひとつ無く、美しさを兼ね備えるほどだ。サクラの説明によれば、リルナの持つ倭刀、キオウマルの特性は『頑強さ』。乱暴に扱っても大丈夫な一振りだった。
「動かないでね、ルリィさん」
リルナはルリィの肩に倭刀の峰を置く。そして刃を天井へ向けて首飾りの鎖の下へと刀身を通した。
「いくよ。せ――」
「やっぱりダメ!」
ルリィは立ち上がると、リルナを避けて走り出した。扉の前に居たリリアーナにぶつかるが、彼女を押しのけて扉から出て行ってしまう。
「……は?」
呆気にとられる一同。思わず神官長の顔を見るが……彼女も何が起こったのか分からないとばかりにフルフルと首を横に振った。
そして、一拍の呼吸を置いてメロディが叫ぶ。
「に、逃げたのじゃ! あの娘、逃げたぞ!」
「え? なんで?」
「理由など知らぬ! しかし、街に出ればそれこそハーメルンの笛吹きじゃぞ。街の男を根こそぎ奪われる!」
もちろん、それは過剰な表現だ。それでも、メロディの叫びは真実味を帯びていて、あながち冗談でもない。
しかし、状況は逆だ。チャームの呪いに影響された男性たち……特に冒険者の男は血気盛んだ。街中で彼女を捕まえれば何が起こるのか、予想したくないけど予想できる。
「たいへんだ! 追いかけなきゃ!」
「行くぞ、ルル、リリアーナ!」
「は、はい~」
「わたしもですか~?」
リルナに続いてメロディも飛び出す。続いて、ルルとリリアーナも続いた。神殿の中を走りぬけ、そして外へと飛び出す。
「ま、待ち、待って! ルリィ! とまれぇ!」
「嫌です! まだダメぇ!」
リルナの叫びにルリィは叫びながら、神殿区を飛び出し街中へと至るのだった。そこは、冒険者たちが行き交う中央通り。神官の少女と、それを追いかける龍喚士とお姫様。加えて学士の少女に街一番の娼婦。
どうあがいても目立つ集団に、振り返らない存在はいない。
果たして、サヤマ城下街全体を巻き込んだ逃走劇が始まるのだった。




