~チャーム・チャーマー・チャーメスト~ 2
リルナが繁華街から冒険者の宿『イフリート・キッス』に戻ってきた頃。一階の酒場にはすでに冒険者の姿がちらほらと見かけ、午前中からすでにアルコールを摂取するという堕落をこれでもかと見せ付けていた。
そんな彼らはダメな冒険者か? と問われると答えは否となる。何故なら、その一日を休暇に当て、呑んだくれて過ごせるほどには余裕のある冒険者、なのだ。つまり、そこそこの実力者が集まっていることになる。もちろん、中にはダメな大人も混じっているのだが。
「お酒のにおいに慣れちゃったなぁ……」
アルコールの独特な香りにすっかりと慣れてしまった自分の鼻を人差し指で弾いてから、リルナは入り口であるスイングドアを押し開けて中へと入った。
「あら、リルナ。おかえりなさい」
わいわいがやがやと賑やかになっている店内。早くも酒盛りが始まっているが、相変わらず店主のカーラさんはカウンターの向こう側でのんびりと水を飲みながら二日酔いを覚ましていた。
「ただいま、カーラさん」
ちょいちょい、とカーラが手招きするのでリルナはカウンターの空いてる席に座った。両隣では冒険者のお兄さんがエールを飲み気持ち良さそうな息を吐いている。前ならばアルコールのにおいにクラクラしているとろこだったが、もうすっかりと冒険者生活に馴染んだようだ。
「よう、リルナちゃん。儲かってるかい?」
「そこそこですっ」
「ん~、龍喚士か。どうだ、食うか?」
「わ、ありがとうございます」
差し出されたチーズをリルナは遠慮なく受け取る。そこそこ高齢だった男は、まるで娘を慈しむようにリルナの頭をグリグリと撫でて、最近娘が冷たくてなぁ、と酒の席ではしみったれた話を始めた。
「ほれほれ、そんなボンクラ親父は放っておいて、あんたに依頼が来てたよ」
「直通?」
冒険者ギルドが出来てから、個人への依頼は比較的に減った傾向にある。前までは、それぞれの依頼者が直接冒険者の宿に依頼に来たり、冒険者の宿の間で依頼がやり取りされていた。
そういった事もあってか、大抵は身近な宿に頼んだり知り合いに頼ることが多く、直接依頼が来ることも多かった。
しかし、冒険者ギルドが出来てからは各冒険者の宿に合わせた依頼の割り振りがなされ、的確に処理されている。加えて、宿に頼るのではなくギルドへ依頼をしに行くというシステムに変更となったので、割りと頼む方の敷居が下がったようで、細々とした依頼も増えた。中には、野菜の収穫のお手伝い、なんていうのもある。もちろん重労働なので、冒険者に成り立てのルーキーにとっては安全で経験を積むにはもってこいだ。
「誰から?」
リルナは依頼を記した紙を受け取りながら質問する。しかしカーラは顎で示すだけ。内容を見ればすぐ分かる、という意味なのだろう。リルナは受け取った紙を検めた。
「ディアーナ神殿から……?」
そこには珍しくも神殿の名前が記してあった。サヤマ城下街において、神殿の数は他の街に比べて多い。比較的新しい街ということもあったし、領主のサヤマ女王の奔放さ故に許可が出やすかった意味でもある。
しかし、現状では各神殿は冒険者を嫌っている。それは回復魔法の存在だ。神官魔法にのみ回復魔法が存在しているので、神官という存在は冒険者にとっては必要不可欠だ。よって、冒険者が多数に集まるサヤマ城下街では強引な勧誘が問題となった。ただでさえ危険なことが多い冒険者という仕事だ。それに無理矢理つきあわされる神官はたまったものじゃなく、今では神殿近くに冒険者が近寄るだけでギロリと睨まれる事態になっている。
そんな神殿から直接の依頼が来た、というだけで少しびっくりなリルナだった。
「ディアーナ神殿って、リリアーナのとこか」
夜と静寂を司る女神ディアーナ。フリデッシュ。その特性からか娼館でも祀られることが多く、リリアーナは娼婦でありながら神官でもあった。そんなディアーナ神殿からの依頼であり、リルナたちのパーティを指名して依頼が来たらしく、パーティ名の決まっていない為につらつらと名前が記されていた。
「どうする? 受けるかい?」
カーラの言葉に、リルナは考える。現在、遠征から帰ってのんびりしているのだが、サクラとイザーラはレナンシュの魔女の迷宮に行っている。イザーラに呪いを付与する為なのだが、レナンシュの力ではまだ性別反転までは出来ないらしい。いったいどんな呪いになるのか、楽しみなような不安なような、何とも言えない気分だ。
という訳で、サクラは同行できないので動けるのはメロディのみ。二人で大丈夫かな~、とリルナは頭を悩ませた。
「ねぇねぇ、カーラさん。ルルちゃん、連れて行ってもいい?」
「ん? ん~、まぁいいかな。ただし本人の許可を取るんだよ。って、じゃぁ依頼は受けるのよね。サインして」
「はーい」
リルナは依頼書にサインする。あとの処理はカーラに任せて、リルナは給仕の仕事をしているルルに声をかけた。
「ルルちゃんルルちゃん、一緒に冒険者の仕事しない?」
「ほえ、いいんですか~?」
「サクラがいないし、ここは頭脳担当が欲しいところっ」
「お給料は?」
「バッチリですっ!」
リルナは親指と人差し指をくっ付けてみせると、OKマークとお金マークのジェスチャーを手首をクイクイっと返しながらやってみせた。
「にへへ」
「ふひひ」
ルルちゃんが悪い顔をしてみせる。リルナも同じく悪い顔をして笑ってみせた。といっても、そんな二人を見ている冒険者たちは微笑ましいものを見るような、猫がじゃれあっているのを見ているかのような顔を浮かべてエールを喉に流し込んでいた。
「決まりねっ。メロディはまだ寝てるのかな?」
「一緒に起こしに行きましょう~」
二人はバッタバッタと階段を駆け上がり、リルナの借りている部屋へと突撃する。そして惰眠をむさぼるお姫様をベッドから落とすと冒険の準備をはじめるのだった。




