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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
幕間劇

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幕間劇 ~寄り道アカデミー~

 まだまだ続くカーホイド城のお祭り騒ぎ。そんな中で、一応の務めは果たしたとメロディが区切りを付けたので帰ることになったのだが、その際にカーホイド王より一通の手紙が渡された。


「これはなんじゃ? ラブレターにしては簡素じゃの」

「メローディア姫に恋焦がれたなどと、噂になっては大変だから否定しておこう。それはmお主の母親からだ」


 ロリコンどころではないわ、とカーホイド王は豪快に笑う。エルフ族とニンゲンでは年齢差が物凄く開くことがあるので、珍しくはあるのだが、無い訳ではない。しかし、大抵はエルフのほうがロリコンだショタコンだ、と揶揄されるのは世の常ではあった。もちろん、お祝いの意味も込めてあるので本気で怒ってはいけない。


「ふむ、どれどれ?」


 メロディが手紙を検めると、確かにサヤマ女王からの手紙のようだった。そこには女王のサインすらなく、非常に簡素な一文が書いてあるのみ。だからこそ、サヤマ女王からの手紙と断言できた。


「ルルがアカデミーまでお使いしているそうじゃ。帰りに拾って来い、と」

「物じゃないよっ、ルルちゃんは」


 リルナは一応とばかりにサヤマ女王に憤慨してみせる。もちろん、本人が遠く離れているからこその言葉だ。本人を前にはとてもじゃないけど、言えやしない。

 という訳で、一同は乗ってきた船の船長さんにお願いして帰りは航路を変えてもらう。島の北を通ってきた行きだったが、帰りは南側を通ることになった。途中、クホート島の港町で補給と休憩を行い、それからアカデミーのあるトンカー島へと出発する。

 夏、という季節もあり甲板の上は暑いのだがカーホイド島が寒かったので、それほど苦にはならず、リルナたちはのんびりと船旅を楽しんだ。そして、海のモンスターや空を行くモンスターに襲われることなく、無事にアカデミーに到着する。

 アカデミーとは、街ひとつが巨大な研究機関でもあり、学術を勉強する場所でもある。冒険者訓練学校のように誰でも入学できる訳ではなく、厳しい試験と多額のお金が必要だった。その理由は、『情報』の重大さ、と言える。知っていること、とは武器になる。知らないことは、死を意味する。その情報を学べる機会というのは、通常であれば少ない。

 それこそ、職人しか知らない技術や方法などがある。それを、知識として蓄えるということは、それのみで生きていける者になる。教育とは、恐ろしい力を持っているのだ。

 だからこそ、アカデミーへの入学は厳しい。しかし、一度でも入ってしまえば永遠に所属することが出来る。加えて、アカデミーの潤沢な資金を自由に使って研究することも出来るのだ。故に、アカデミーが作り出したアイテムは多い。ポーションなどといった冒険者にとっては命を救うアイテムもアカデミーが作り出している。

 そういった理由からか、アカデミーはどこの国にも属していない事になっている。つまり、自由と勉学の街が、そこに広がっていた。


「うわぁ……」


 今、リルナたちの乗る船の目の前で一隻の小型の船が沈んだ。ただ沈むのならいいが、なぜか回転しながら沈むのだから理屈に合わない。ぐるぐると回りながら沈む船を見て、学生と思わしき人間たちがあーでもないこーでもない、と会話していた。救助もせずに。という訳で、リルナがウンディーネを召喚し、海の中で救助を待つ学生を水の泡で包んであげた。その学生もまた、水の泡に瞳をキラキラとさせていたので、今度はメロディがうわー、と声をあげた。


「変人ばかりじゃな」

「うん……あ、ルルちゃんだ。おーい!」


 港に着くと、リルナたちを待っていたようにルルが手を振っていた。その手には大きな箱を抱えており、彼女がアカデミーに来た理由がそこにあるように思えた。


「久しぶりです~、リルナちゃん。メロディちゃんにサクラちゃん」

「ウチにもちゃん付けか」


 辟易するようなサクラはイザーラにルルを紹介している。その間にも、ルルは案内するように進み始めたので、リルナたちは付いていった。


「どうしてルルちゃんが?」

「女王様が、アカデミーに用事があるからお前行って来い~と言われましてぇ」


 どうやら女王がアカデミーに入りたいルルに気を利かせたらしいが……普通の人間は街から一歩も出ずに生涯を終えることも多い世の中。護衛も付けずにルルひとりをお使いに行かせる暴挙。相変わらず自分の規格と他人の差に気づいていない女王らしい所業に、リルナは大きくため息を吐いた。

 隣を見れば、メロディも同じ感想だったのか、


「すまぬ」


 と、ルルに頭を下げていた。

 そんな会話をしながら一同は街中を歩いていく。といっても、普通の街とは違って背の高い建物が多く、空は狭い。露店は一切としてなく、商人の姿もまったくといって良いほどに無い。街中を歩く人々はみんな学生らしく、いそいそと早歩きで目的地を目指している。なんとも忙しない街だった。

 ルルは勝手知ったるように進んでいく。まるで知っているかのように、疑問に思ったリルナは聞いてみた。


「ルルちゃんはアカデミーに来たことがあるの?」

「いいえ~、さっきぐる~っと見学してました~」

「あ、そうなんだ。ずっと港で待ってるのかと思ってたよっ。どれくらい待ってたの?」

「そうですね~、昨日の夜からだから~……十二時間ぐらい?」

「……あ、そう」


 そういえば、この子も変だった~、とリルナは顔を両手で覆った。冒険者に平気で付いてくることを思えば、十二時間休みなく街中を歩くことくらいやりそうだ、と。


「才能あり、じゃな」


 メロディはケラケラと笑う。何の才能があるのか、怖くて聞けないリルナだった。と、そこでルルが足を止める。その前には、一際古いレンガ造りの建物があった。軽く百年は経ってそうな赤茶けた建物も縦に大きく三階はありそうだ。さすがに扉はレンガではなく金属で作られており、その前にはベルが吊るされていた。呼び鈴なのだろうか、ルルはベルから垂れ下がっている紐を遠慮なく揺らすと、ガランガランと鈍く大きな音が響いた。

 しばらく待っていると、重厚な扉が開く。中から出てきたのは、いかめしい顔をした禿頭のお爺さん。眉間に皺がよっていて、怒っているかのような印象であり、せっかくの白く長い髭が台無しになっていた。

 いわゆる頑固者、にも見えたリルナはちょっぴり驚いてルルの後ろへと批難する。メロディは平気なようで、サクラとイザーラも大丈夫そう。リルナだけが、強面に弱いと露呈してしまったようだ。


「なんだ貴様ら。私は忙しい。後にしろ」

「お届け物に参りました~」

「頼んだ覚えは無い。帰れ」


 なにその言い草、とリルナが言葉を放つ前にお爺さんは背中を向けてしまう。そして、重厚な扉を閉めようかとした時――


「いいのかな~」


 と、ルルがつぶやいた。その声に、お爺さんは止まる。そう、ただの小娘が爺を挑発したのだ。怒り顔の彼が、その挑発に乗らない訳がない。


「なんだと?」


 案の定、お爺さんはルルへと向き直った。


「貴様、この私が誰だか知っているのか?」

「はい~。このアカデミーで一番偉い人~。アカデミー長さんですぅ」


 ルルの言葉にお爺さんは頷く。リルナとしては、他の立派な建物がある中で、一番のオンボロにアカデミー長が居るんだなぁ、なんて思ったのだが、それはそれで〝らしい〟気がしたので納得する。なにより、お爺さんの出で立ちは、それっぽい気がした。


「ほう。それは承知で私を挑発するとはな。貴様のような何も知らない無知な小娘に」

「無知は罪。なれど、それを自覚しているのならば、無恥ではない。ですよね~」

「ふふ」


 ルルの言葉に、アカデミー長は笑った。


「その通りだ。非礼を詫びようお嬢さん」


 ルルの一言で、アカデミー長の怒った顔は途端に柔和なお爺さんのものへと変貌した。悪鬼羅刹が守護天使に成り代わった衝撃。開いた口が塞がらないリルナはメロディを見る。お姫様もまた同じ表情を浮かべていた。サクラは最初から知っていたかのようだったし、イザーラは何故か頬に手を当てて喜びの表情を浮かべている。


「さぁ、入ってくだされ。冒険者の皆様も」

「あ、はい」


 呆気に取られるとはこの事か、とばかりに呆けていたリルナはルルに続いて重厚な入り口を潜った。その先には、多種多様な物が並ぶ混沌とした部屋が広がっていたのだが、案内されたのは二階。そこは応接室のようで、ソファーが並び長テーブルがひとつあるだけのシンプルな作りだった。


「あの~、さっきのは何だったのですか?」


 ソファーに座ったリルナがアカデミー長に質問する。ハイッと元気良く手をあげたので、お爺さんは満足そうだった。


「余計な者を追い返す儀式、ですかな。知識ある者ならば、何かしらのモノを魅せてくれます。まさか言葉であるとは思いませんでしたが」


 どうやらルルは褒められたらしい。えへへ~、とノンキに笑った。


「ヒューゴ国、サヤマ領の領主、サヤマ・リッドルーンよりお届け物です~」


 どうぞ、とルルはそれまで大事そうに抱えていた箱をテーブルの上へと置いた。意外にも軽いのか、テーブルの上に置いた音はコトンと軽い。見た目には重厚そうなのだが、見掛け倒しもいいところ。

 そんな疑問もアカデミー長も抱いたのだろう、少しばかり首を傾げながら箱の蓋をあける。

 すると――


「おぉ!?」


 箱からひとつの大きな鉱石が浮かび上がった。青いクリスタルであり、ほのかに光を放ちながら空中を浮遊する。それに見覚えがリルナは、思わず言葉にする。


「飛行石だ」


 ドラゴンたちのお祭の日。酔っ払ってしまったリルナが空から落ちないように、と彼女の体に括り付けてきた浮遊島の一部であり、空に浮く大地の結晶だ。白色系統ではあるのだが、青い光を放っている為に青く見える。サヤマ城では青クリスタルやら飛行石と呼ばれ、女王の玩具になっていたのだが、どうやら飽きてしまったらしい。


「こ、ここここここ、これは、なんだ?」


 お爺さんは興奮したように空中に浮かぶクリスタルに手を伸ばす。しかし、残念ながら身長が足りない。何か興奮するように靴のままソファーの上に立つと、ようやく青クリスタルを捕まえた。そのままアカデミー長がジャンプしてソファーから降りるのだが、その体はフワリとゆっくり床に着地する。それこそ、飛行石が持つマジックアイテムみたいな能力だ。ジャンプ力も上がるので、リルナも遊んだことがある。メロディなんかはお城の壁を駆け上がり、屋根の上まで上がった。ちなみに女王は見えなくなるほど高く飛び上がって、めちゃくちゃ寒い思いをしたそうだ。


「お、おぉ~。おほほほ、ほほおほほほほおお、うはは、ははは、ははははははははは!」


 そして、お爺さんは壊れたように笑い始めた。

 何せ、今まで誰も浮遊島へ辿り着いたことはない。人類で始めて到達したのはリルナが一人目だ。そんな彼女が持ち帰った浮遊島の一部、飛行石。未知を研究し、既知とする者たちが集うアカデミーだ。その一番の古株であり、その一番の知識の収集者であるアカデミー長が興奮しない訳がない。

 飛行石を頭上へと掲げ、小躍りを始めるアカデミー長。ジャンプ力と滞空時間がアップしている為に、なにやら優雅な舞に見えてしまうのだから、素晴らしい鉱石だった。


「めっちゃ喜んでる……ルルちゃんはいいの、研究しなくて」


 冒険者の宿でアルバイトをしているルルだが、暇な時間帯には勉強をしている。そんな息抜きに彼女が色々と珍しい道具を研究していることをリルナは知っていたので、聞いてみた。


「ここまで来る間にやっちゃいました~。これです~」


 じゃーん、とばかりにルルは肩から提げていた鞄からノートを取り出した。そこには船の中で行った色々な検証が書かれており、それなりに纏められていた。


「なんと!?」


 で、そんなノートに反応するお爺ちゃん。


「ルル君! ちょっと、私とお話しないかね?」

「あ、は~い。するする~」


 飛行石に頬ずりする勢いのままルルに顔を近づけるお爺ちゃん。その瞳は、初孫に出会った祖父の如く煌いていた。


「これは長くなりそうやな」

「そうね。宿でも探したほうがいいわよ」


 サクラとイザーラの意見に賛成してか、リルナとメロディも頷く。その前には、さっそくとばかりにルルのノートを読み解きながら話し合いを始める二人の研究者が居た。


「気が済んだら教えてね、ルルちゃん」

「は~い。あ、それでですね~、魔力を当てて見たところ浮遊力が上がるみたいです~」

「な、なんということだ。これは、これは素晴らしい!」


 もうアカデミー長の視界に冒険者はいない。そして、この建物からアカデミー長も消え去った。残ったのは純粋な知識を求める少年と少女だけ。

 冒険者とはまた違った探求者の姿に、リルナは肩をすくめるしかない。

 果たして、彼女たちが帰路につくのは、それから一週間後だった。


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