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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その13 ~エルフ王国と木の大精霊・ノルミリーム~

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~エルフ王国と木の大精霊・ノルミリーム~ 19

 上空から森を見下ろせば、いかにカーホイド島が木々に覆われているのかが良く分かった。まだまだ幼いドラゴンの子供であるリーンの羽毛を片手で掴みながら、リルナは下界を見下ろす。


「さ、寒い……」


 かじかんでくる右手を時折、はぁ~、と暖めながら黒い魔神の姿を探した。ただでさえ寒い冬の島であるカーホイド。夜と静寂を司る女神の力は、しっかりと上空にも働いており、吹き付ける風は目にしみるように冷たかった。


「あ、居たよ。ほら、あそこ」


 リーンが口元で示して見せる。重力を制御し、身体を空中で固定して動きを止めた。その下では、巨大な影が森を移動している。不思議なことに足音などの音は一切としない。この世の者ではない、という証明だろうか。巨大な狼男は腹の口を閉じたままウロウロと移動していた。


「ねぇ、リルナ。ボクがこのまま空からブレスで倒したほうが早いんじゃない?」

「ん~、それもいいんだけどさ。ノルミリームとイザーラに怒られるよ」


 ドラゴンのブレス、つまり属性の炎は強力だ。一撃で森の木々を薙ぎ倒し、一面を焼け野原にすることもできる。

 しかし、魔神を倒すことができても森へのダメージも大きい。リーンのブレスで解決する方法は最後の手段に取っておく。もっとも、されはサクラさえも倒れてしまった場合だ。リーンの出番は一次偵察で終わり、あとはリルナの足となるだけだ。


「ドラゴンの持ち腐れだね」

「自分で言っちゃうんだ、それ」


 肩をすくめるジェスチャーに危うく落ちそうになるリルナだが、なんとか留まる。右手でポクンとドラゴンキッズの頭を叩き、元の場所まで戻った。


「魔神を見つけたわ。次は玲奈ちゃん、お願い」

「任されたネ!」


 魔神のおおよその位置を玲奈に伝える。盗賊職である玲奈は、音もなく森へと入っていき、その後ろを一同は静かについていった。もちろん、かなりの距離をあけて。

 前衛には真奈が請け負い、一番後ろにサクラが担当する。その間にごちゃっと一同ができるだけ静かに森の中を移動していった。

 リルナはリーンの上に乗っているのだが、まだまだ傷の痛みは続くようでリーンの歩く振動がキツそうだった。

 回復魔法は、神の声を聞いた神官しか使えない『神官魔法』にのみ存在する。レナンシュの闇魔法はおろか、真奈の使う精霊魔法にも存在しない。

 レナンシュのかぶる真っ黒なフードの上にはノルミリームが座り、桜花の頭にはウンディーネが座っている。木属性のレナンシュには、木の大精霊であるノルミリームと相性がいい。桜花の使う精霊魔法だが、サラディーナで燃え上がるよりもウンディーネの水魔法のほうが安全だろう。ちなみに火の大精霊サラディーナはハーベルクとペアを組んでいる。


「す、すごい……ナイフに炎属性が。これだったら切りながら加熱調理ができるかもしれない」

「いやいや、その柔軟な発想はどうなのさワンちゃん。あたい、これでも大精霊なんだけど?」

「いや、だが、しかし……」


 コボルト・コックさんの頭の中で、新しい料理が考案されているのだった。


「見つけた」


 先頭を行く玲奈が呟き、後方へと手で合図を送る。それに合わせ、真奈は屈み後ろに続く一同も動きを止めた。

 冷たい風が通り過ぎ、木々がざわめく。今更ながらにリルナは、枯れ木ではなく緑の生い茂る葉が多いことに気づいた。だが、反対に枯れ葉や枯れ枝も地面に落ちている。なにか動く者がいれば必ず音が発生する状況なのだが、さすがの盗賊というべきか、玲奈の足運びに感心した。

 と、同時に魔神の無音さも不気味に際立つ。

 大型である魔神は、確実に枯れ葉や枯れ枝を踏んでいるはずだ。加えて、木の枝や葉っぱにも触れているはずなのだが、それでも音は発生しない。魔神という名称ではなく、幽霊とでも名づけたほうがよっぽど相応しいそうではある。

 静かに待つこと数秒。ウロウロとさまよう魔神の姿を遠くに視認できた。そこで真奈が合図を送り、桜花とレナンシュが左右に展開する。できるだけ足音をさせないように、そろりそろりと歩いていった。

 それを見守り、リルナは息を飲む。相手は刻一刻と移動している。しかも目指してるのがどこか分からずフラフラとしている状態だ。いつこちらに進路を変更するか分からない。明確な目的が無いからこそ、厄介とも言えた。

 ある程度の距離でレナンシュと桜花が合図を送ってくる。それを確認して、真奈と玲奈が頷き、今度は玲奈が移動を始めた。

 ジリジリと魔神へと近づく。

 限界まで近づいた時、玲奈の背中でキラリと光を反射するナイフが見えた。魔神の視線が向いていない瞬間を狙って、素早く玲奈は立ち上がるとナイフを投擲する。小さく鳴る風切り音。それが魔神の耳に届く前に、その身体に突き刺さる。


「――」


 悲鳴は無い。ましてや鳴き声も無い。ただ、投擲してきた玲奈を確かめるように、ぐるりと身体の方向を入れ替え、その瞳無き目で玲奈の姿を射抜いた。


「攻撃ぃ!」


 その姿を見て、リルナは叫ぶ。

 彼女を乗せたリーンは空へと舞い上がり、安全圏へと移動する。後ろに残されたイザーラは素早く矢を射ると、サクラと一緒に地面へと伏せた。


「なんやその一撃?」

「オマケよ、オマケ」


 こちらに向かって開こうとした顎が、イザーラの矢によってわななく。その少しの遅れを利用して、玲奈が盗賊技術で姿を消失させ、代わりに真奈が魔神へとダッシュする。

 しかし、魔神までの距離は遠い。まるで真奈を値踏みするかのように顔の目を細めると、腹に付いた狼の巨大の顎が音もなく開く。

 そこに並ぶ白い三角形の列。影の中、それだけが実体かのように五列ほどに並んだ歯が、ギラリと真っ白く光を反射した。

 グラグラと揺れる歯。

 今にも射出せんと震える歯だが――


「木の力よ~ん」

「リビー・バインド」


 ノルミリームのわざとらしい艶のある言葉と共にレナンシュの魔力に木属性のブーストがかかる。緑に発行したレナンシュの魔法が発動し、魔神の足元からツタが突出するように顕現する。それはいつもより太く長い。魔神の口を強制的に閉じるように巻きついた。


「ナイス、ですわ」


 真奈がレナンシュに感謝の意を示しながら走り、魔神のもとへと到達。精霊の剣を大きく振りかぶり、横薙ぎで腕を斬り付けながら走りぬけた。

 悲鳴は無い。たとえ音を発したとしても、魔神の口は閉じられたままだ。しかし、確実にダメージは与えている。

 背中側にまわった真奈は遠慮なく剣で斬りつける。手応えは生物を斬っている感触ではなく微妙なもの。なにかザラザラとした感触でもあった。


「影を斬るとは、こんなものかしら」


 呟き、目の前の巨体を見上げる。そこで、目があった。


「え?」


 背中のはずだった魔神の顔は、いつのまにか後頭部ではなく顔になっていた。真っ白な瞳と視線が交錯する。その瞬間、本能で真奈は後方へと飛び退いた。


「なっ!?」


 次の瞬間、腹に生えていた狼の口は背中側に生えてきた。そして真奈を噛み千切ろうと大きく顎を開き白き刃を噛み鳴らす。危うく上半身を魔神に食べられるところだった真奈だが、慌てて体勢を立て直す。


「大精霊さま!」

「は~い」


 そこへ桜花の魔法が発動する。杖に大精霊ウンディーネを宿し、過剰な魔力量に暴走しがちに杖を魔神へと向けた。


「いっけぇ!」


 系統立てられた魔法ではない。そもそも大精霊を宿すことを前提として作られた精霊魔法ではないので、桜花は純粋な魔力を射出した。それは水属性の塊であり、青き光が魔神へと炸裂する。

 膨大な魔力照射に桜花自身がひっくり返るが、魔神も同じく吹っ飛ぶほどの威力だ。横からくらった一撃は狼魔神のバランスを崩し、ゴロゴロと地面を転がる。


「わ、わ、わ」

「こっち来るわよ~」


 そこで驚いたのがレナンシュ。自分のもとへと転がってくる魔神を見て、慌てて距離を空けるように後ろへと走った。


「レナちゃん、こっちこっち。ハーくんバックアップ!」


 そんなレナンシュに空からリルナが指示を出す。


「え、わたし?」

「あ、そっちの玲奈ちゃんじゃないよ! っていうか、どこにいるの!?」

「無理! バックアップなんて無理! 僕はコックだ!」

「サラディーナと一緒でしょ! 食材だと思ってがんばって!」


 木々の上から指示を飛ばすリルナだが、結構な慌てっぷり。召喚士として本領を発揮した始めての戦いだから仕方ないのかもしれない。

 悲鳴をあげながら突撃したハーベルクのナイフが赤く煌く。倒れた魔神の顔を斬りつけ、赤く燃え上がる。しかし、ギロリと睨みつけられ、慌ててサクラの元へと下がった。ちなみに火の大精霊サラディーナはケラケラと笑っている。コボルトの慌てっぷりが楽しいらしい。

 そんなハーベルクと入れ替わるように出現した玲奈は、遠慮なくファインダガーで魔神を切りつけた。

 しかし、あまりダメージは通っていないのか、ハエでも追い払うかのような魔神の腕の動きに後退する。

 真奈は少しばかり呼吸をして驚きから回復すると、立ち上がろうとする魔神へと攻撃を加えていく。さすがに剣での攻撃は痛いらしく、魔神のターゲットは完全に真奈へと意向した。


「騎士が欲しいところですわ」


 前衛職でも防御を司る職業である騎士。状況によっては大型の盾のみで戦闘に参加する者も居るそうだ。残念ながらリルナのパーティにも真奈のパーティにも騎士はいない。無い物ねだりをしている暇は無い。

 体勢を立て直した魔神に、こちらも体勢を立て直したレナンシュが再びリビー・バインドを発動させる。またしてもツタに口を塞がられたのだが、魔神は気にすることなく真奈へと襲い掛かった。


「くっ」


 それは腕での攻撃だ。腹の大きな口にばかり注目が集まるが、狼男を模した黒い影は、その腕もまた凶悪な武器となる。鋭く尖った指の先端、つまり爪に当たる部分が真奈の身体を切り裂こうとグワングワンと豪快に振り回された。

 さすがに精霊の剣でも防御しきれる勢いではなく、真奈は攻撃の手を中断する。


「それそれ、こっちネ」


 そんな豪腕が振り回される中、玲奈は器用にも攻撃をかいくぐり、ナイフで魔神の身体を刻んでいく。一撃は大した威力ではないが、こうも連続して当たれば鬱陶しい事この上ない。魔神もそう思ったのか、ターゲットを玲奈へと変更した。

 いわゆるヘイト・スイッチの戦法だ。相手の知能が低い場合、または相手が単独の場合に使える友好的な戦い方のひとつである。敵が攻撃する相手を管理し、攻撃と防御の役割をスイッチさせる。同じパーティで前衛を務める真奈と玲奈にできる連携だった。


「今ですわ!」


 真奈が声をあげ、合図をおくる。レナンシュのダークショットが当たり、ぐらりと揺らめいた瞬間、またしても高威力な水属性の塊が桜花から射出された。まるで巨大な岩石がぶつかった音がしたかと思うと、吹っ飛ばされる魔神。


「精霊魔法って……おそろしい……」


 威力もそうだが、その速度も速く。

 およそ避けるのは不可能なその一撃。

 ホワイトドラゴンの上で、リルナはポツリと呟くのだった。


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