~エルフ王国と木の大精霊・ノルミリーム~ 14
リルナを盾にされ、対峙するサクラは少しばかり違和感を覚える。目の前の、リルナを人質に取る者から殺気が感じられないのだ。ナイフはしっかりと召喚士の首にちくりちくりと突っついているのだが、本気で刺すつもりは微塵も感じられない。なにより、その背中にある大きな弓と矢筒から見える幾本もの矢じりを見て、サクラは素直に戦闘態勢を解除した。
「ちょ、ちょっとサクラ。助けて助けてっ」
「いやいや、その前に話を聞くのが定番やろ。そうやんな、ノルミリーム」
サクラは殊更に大精霊の名前を強調して言った。リルナの肩に乗っているノルミリームは頷くと、そのままリルナの頭の上へと移動する。
「そこまでです、森の民よ」
「あ、あなたはまさか……ノルミリーム様?」
「えぇ、この姿でもそれを感じ取れるとは、まさにあなたは森の民。エルフであるのならば、この娘を解放してもらえないかしら?」
もちろんですわ、とエルフは答えると、リルナの首に回していた太い腕を開放する。ようやく圧迫感が無くなり、大地に足が付いたリルナはホッと胸を撫で下ろした。ちくちくと刺されていた首を確認し、血が出ていなかったのにも安心する。
「た、助かったぁ~。はぁ~……」
口元を覆っていたリボンを解き、髪を結いなおす。ノルミリームはふよふよと浮かび、エルフへと状況説明していた。
「助けてよ、サクラ」
「すまんな。せやけど、お前さんごと斬る訳にもいかんやろ? 下半身がいらんねやったら別やけど」
リルナごとスッパリと斬るつもりだ、とサクラは宣言する。
「いるいるっ! 下半身は大切よっ」
「色んな意味で大切やな。あっはっは――あいたっ」
ちょっとしたピンチを下ネタで片付けられてはたまらない。という訳で、リルナはサクラの頭にチョップを叩き込んでおいた。サクラも避けることなく甘んじて受けておく。エルフの接近を感付けなかった責任を感じているようだった。
そんな風にリルナとサクラがノンキに言葉を交わしている間に、ノルミリームによってエルフへの説明は終わったらしい。
「申し訳なかったわ、お嬢ちゃん」
と、エルフが頭を下げる。
「いえいえ、誤解で良かったです。殺されるかと思っちゃいました……あはは。あ、わたしはリルナ・ファーレンスです。こっちは仲間のサクラ」
「よろしくね、リルナちゃんとサクラちゃんね。覚えたわ。あたしのことはイザーラって呼んで頂戴」
エルフの大男イザーラは自己紹介と同時にリルナへ投げキッスを贈る。思わずそれを回避したリルナは、マジマジとイザーラを頭から足の先まで見下ろした。
エルフと言えば、長身で細く美しい種族だ。十人いれば十人が別々の美しさを持っており、それは男女共通である。しかし、目の前のイザーラは違う。
長身であり、特徴的な尖った耳はそのままなのだが、その肉体はしなやかさを欠片も持たない筋骨隆々だった。まるでドワーフのような体付きなのだが、エルフとドワーフの間に子供は生まれない。そもそも種族間で子を宿すことができるのは獣耳種と有翼種だけ。あとは全女性の敵であるミノタウルスぐらいなものだ。獣耳種と有翼種にまだ差別が残っているのは、この二つの種族だけが蛮族のように種族間で子を産めるから、かもしれない。
ともあれ、ダークエルフでもない限り肉体の変化はそう起こらないはずなのだが、リルナの目の前にはマッチョでムキムキなエルフが存在するのだった。
「え、イザーラさんって女の子なの? え? え?」
「そうよ~、うふ」
さっぱりと刈り上げた髪に女性らしさもなにもあったもんじゃないのだが、それでも顔には化粧をしているようで、唇は真っ赤に染まっていた。どこからどうみても男なのだが、イザーラは自分を女性という。
「ふむ」
という訳で、サクラは無遠慮に近づくとイザーラの股間を遠慮なく掴み握った。
「いやーん! なにするのよ!」
ぐわん、と暴力的な豪腕がサクラの頭を捻り千切りそうな勢いで振るわれるが、少女はそれを屈んで避けた。
「リルナ、こいつは男やぞ。しかもとんでもない大きさや! あいたっ!?」
リルナのチョップが炸裂する。ダメージが無いので避ける必要が無いようだ。しかし、イザーラはきゃーきゃーと赤くなる顔を両手で押さえている。
「あたしは女よ。そう、魂は女なんだからね!」
「……あぁ、そういうことか。なんやったら、ウチと状況が逆やったらよかったのにな」
どうやらイザーラは肉体と精神の性別が一致せずに生まれてきたようだ。こればかりは神様もどうしようもない。
ひとまず落ち着こう、とばかりにリルナたちはこれまでの経緯を説明する事にした。ついでにサクラは生い立ちも説明する。特に隠す必要もなく、魔女の呪いを暴露した。
「なにそれ素敵。あたしも本物の女に成れるってわけ?」
「運が良くて、な。悪かったら、殺される。そやけど、レナンシュやったらいずれ出来るかもわからんな。お前さんはエルフやし、死ぬまでに間に合うやろ」
その言葉を聞き、イザーラの目から大量の涙が溢れ出る。相当に嬉しかったのか、はたまた激情家なのか。サクラに抱きつくと、おいおいと泣き始めた。
「おぉ、よしよし。男に抱かれる趣味はあらへんけど、魂が女やったら許容範囲内や」
「……それはそれで凄い」
お爺ちゃんからお嬢ちゃんになるまで生きると、そんなに懐が深くなるのか、と妙に感心するリルナだったが、何か間違っている気もしたので首を傾ける。
「それで、イザーラさんはどうしてわたし達を襲ってきたの?」
「ひっく……ぐす……すん、あぁ、ふぅ。ごめんなさいね。あたしは森の動物たちに変化があったから調査していたの。これでも狩人なのよ。最近、動物たちの動きが変わったの。え~っと、そうね、縄張りが移動している、って言ったらいいのかしら。いつもと違う行動をしているの。それでね、妙にキナ臭い連中がウロウロしているのを見かけたから、調査していたのよ」
「それって」
リルナはノルミリームを見る。大精霊は深く頷いた。
「それは、においの元と同じねぇ。イザーラ、森の民として手を貸してもらえるかしらん?」
「もちろんです、ノルミリーム様。自称エルフ一ぶさいくな女、イザーラが手も足も体だって貸しちゃうんだから」
野太い声で、うふ、と投げキッス。ノルミリームは堂々とそれを受け取った。
「よろしく、イザーラさん」
「えぇ、よろしく、リルナちゃん」
リルナが差し出した手を、イザーラは握る。まるで赤ちゃんと大人ぐらいの差がありそうな手だけれど、リルナはその手がとても暖かいことに顔をほころばせるのだった。




