~エルフ王国と木の大精霊・ノルミリーム~ 10
カーホイド王は気さくな立食パーティと言っていたが……
「う、お、おぉ……」
「こ、これは……」
実質、それは華やかなダンスパーティでもあった。広いホールの中央で貴族の男女が煌びやかにダンスを踊っている。ひるがえる彩り豊かなドレスのスカートはふわりと舞い、それだけでひとつの芸術かのようだった。
演奏する楽器使いの人たちの腕前も一流だった。重なる音はそれだけで胸の奥に響き、ダンスのバックグランドミュージックながらも、それこそが主役であるかのようにホール内を音楽で満たしている。
気楽に参加、なんて出来る様子もない風景に、リルナとメロディは恐れおののいた。いかにダラけた雰囲気で気だるい午後をアンニュイに過ごし、性欲を淫らに発揮していようが貴族は貴族。その振る舞いや嗜みは一級品であり、どの人もダンスが踊れて当然とにこやかにパーティに参加している。
「め、メロディ姫はもちろんダンスは踊れるんだよね?」
「わ、妾は冒険者じゃぞ。武道は嗜んでおるが、舞踏は無理じゃ……」
ダジャレを言う余裕はあるらしいが、メロディの足は一向に進まない。ホールの入り口のすぐ横でリルナとメロディは石像と化すのだった。
「やぁやぁ、待っていたよリルナちゃん」
と、石像化の魔法を解除するかのように現れた王子様然とした男。金髪エルフのキザったらしい笑みを浮かべ、片手にはシュワシュワと気泡を発する炭酸果実酒が注がれたワイングラスを持ちながらリルナへと話しかけてきた。
スラリとした長身に真っ白なスーツ。ちょっとどころか滅多に見かけない、これでもかと王族を主張したかのような出で立ちであり、女性たちが放ってはおかないぞ、という超イケメンであるスクアイラ・リューン王子だった。
相変わらずニンゲン種のメイドさんをたくさん後ろへ引き連れており、ちらほらと獣耳種の猫タイプの女性も見受けれられる。
「あ、どうも、王子様。体は大丈夫ですか?」
謎の教団に拉致られた彼は、体を弱らせる毒を盛られていた。この様子を見ると、すっかりと復活したらしい。以前にも増してキラキラ度が増えている気がして、リルナは少しばかり後ずさる……ことも出来ずに壁に背中を押し付けた。
「うむ、すっかりと元気になったよ。ところで、君はサヤマのお姫様と仲が良いと聞いたのだが、そちらが?」
「うむ、メローディア・サヤマじゃ。はじめまして、王子様。一応姫などと言われておるが、地位は貴族である。しかも生まれは庶民の身じゃ。そなたと話せる身分ではないぞ?」
そう意地悪く話すメロディに対して、王子様はサラサラに零れる金髪を顔からかきあげた。メロディの金髪もなかなかに美しいのだが、彼の極上な髪に比べると見劣りするといえた。
「はじめまして、メローディア姫。しかし、この世に僕と話せない女性なんかいないさ。なぜなら、人とは平等だからね」
お互いにはじめましてと挨拶するが……実質、二人は出会っている。もちろん、メロディは分かっていて挨拶したのだが……王子様は本気で気づいていないらしく、リルナともどもマスクド・プリンセスことメロディ姫は肩をすくめるのだった。
「それではメローディア姫。よろしかったら、僕とダンスはいかがかな?」
王子様のお誘いに後ろで見守っていたメイドの皆様が、きゃぁ、と黄色い声をあげた。批難の声かと思いきや、そうではないらしい。リルナが推察すると、恐らく王子様とお姫様という御伽噺的な状況に歓喜しているんじゃないかなぁ、と思えた。
どうやらメイドさん達は王子様が好きなんじゃなくて、王子様と一緒に過ごすというメルヘンに溢れる世界に陶酔しているようだ。まぁ分からなくもない、とリルナは頷く。もちろん、王子様云々ではなく、英雄譚の勇者様と一緒に冒険する夢想は、少女じゃなくても誰もが通る道だった。
「サヤマ女王は勘弁してほしいけど」
ポツリと呟くリルナはさておき、メロディは差し出された王子様の手を見た。
「うっ」
それを見て、お姫様は苦虫を口いっぱいに放り込んだ表情を浮かべた。噛むまでもなく、口の中に苦味がいっぱい。どう見ても王子様を拒絶している顔だった。
「僕が嫌いかい?」
「いや、お主のことよりもダンスじゃ。妾はダンスが出来ぬ。煌びやかな世界と妾たちは無縁なのじゃ。なにせ、あのサヤマ・リッドルーンの娘じゃしな」
「あぁ……」
メロディの言葉に、スクアイラは納得してしまった。いや、それもどうなんだ王子様、とリルナは思ったが口に出さない。なにせ、自分も納得してしまったのだから。
「ふ~む、残念だ。しかし、君の美しさは本物だ。是非とも君と一緒に手を取り合ってみたいものだ。よろしく頼むよ」
「ふむ」
再び出しだされた手をメロディは握る。今日のところは握手だけ、ということだ。
「リルナちゃんはダンス踊れる?」
「と、とんでもないっ!」
ドレスすら着ていないリルナは、首が取れる勢いでぶんぶんと横に振る。だろうねぇ、と王子様が呟いた言葉には、首が落ちかねない勢いで縦に振った。
「君はお姫様だけでなくマスクド・プリンセスの知り合いでもあるんだろう? 僕が会いたがっているのを知っている君ならば連れてきてくれると思ってたんだがなぁ」
「あはは……」
隣に居るのが、そのマスクド・プリンセスなのでリルナは笑って誤魔化しておいた。ちなみに後ろにいるメイドさん達も何人か気づいているので、曖昧に笑っている人もいる。あぁ、この王子様、顔の良さにステータス配分が偏っているんだなぁ、なんてその場の何人かが理解した。
「しかし、マスクド・プリンセス君ならばきっと僕と踊ってくれたに違いない。彼女は完璧だ。一度、剣を交えた僕ならば分かる。その腕前は僕に及ばなかったが、あの立ち居振る舞いや貴族、いや王族たるオーラを兼ね備えた彼女ならば、踊れたに違いない! 残念だ、実に残念だ!」
王子様はそういうと、高い天井を仰ぎながら歩いていってしまった。残されたメイドさん達が、申し訳ないわね、とリルナたちに目で合図しながら付いていくのだった。
「ぐぬぬ……」
そんな王子様と愉快なメイド隊を見送っていると、隣で拳を握り締めるお姫様にリルナは気づいた。
「え? あの、メロディさん?」
「妾が馬鹿にされるのは許そう。そして、母上が馬鹿にされるのも問題はない。しかし、偶像に負けるとは許せぬ! あやつの中でマスクド・プリンセスはいったいどうなっておるんじゃ!?」
毒を盛られた影響か、結局会えず仕舞いだったので王子様の中で仮面姫は美化されてしまったらしい。
「こうなったら付け焼き刃じゃ。リルナ、真奈を呼べ」
「真奈ちゃん?」
「うむ。あやつは貴族と言っておった。きっとダンスが出来るに違いない!」
行くぞ、とメロディはリルナの手を引っ張って元の部屋へと帰る。なにがそんなにメロディの精神にダメージを与えたのかサッパリと分からないここ数時間。リルナは肩をすくめながらも、ダークニゲンのお嬢様、薫風真奈を召喚した。一応、目立たないようにとベッド脇の地面に召喚陣を書いておいたので、呼び出された真奈は窮屈そうに眉をひそめた。
「呼ばれたから来たけど……しばらく修行は無しじゃなかったの?」
ベッドで全裸で寝ているサクラにぎょっとしながらも、真奈は周囲を見渡す。事情は伝えてあるので、現在地がエルフ王国の城の中だと気づいてか、少しばかり顔を伏せるように壁のそばに立った。
「ちょっとちょっと、危ないのではなくて? これでも私、蛮族と呼ばれてる一族なのよ?」
「蛮族だろうが人間種だろうが、ダンスパートナーに関係はないぞ。真奈、是非とも妾にダンスを教授できまいか?」
「ダンス?」
疑問符を頭の上に浮かべる真奈に構わず、メロディは衣装ダンスの中から真奈に合うサイズのものを物色する。サクラと似通った背丈なので、サクラ用に用意されていたドレスが妥当だろう、とお姫様は投げ渡した。
「なに? なにが起こってるんですの?」
ひとまず混乱をおさえる為に、リルナは真奈へと状況説明するのだった。




