~エルフ王国と木の大精霊・ノルミリーム~ 8
お城の中は人々で溢れかえっていた。
「……大盛況だね」
「お祭やな」
「う、うむ」
カーホイド王の誕生祭と即位祭が同時に行われているのだが、まさかそれがお城の中で集約されているとはリルナはおろかメロディでさえも思ってもおらず、各地を旅してきたサクラも驚いていた。
もちろん街中もそれなりにお祭ムードであった。露店はにぎやかに客を呼び込み観光客らしい人たちが大勢居たのだが、貴族たちの姿は見えなかった。
招待されている貴族たちはどこに居るのか?
答えは簡単、お城の中でした。
「いやいや、無理があるでしょ」
サヤマ城より遥かに大きいカーホイド城だが、それでも客室は豊かとはいえ限界がある。にも関わらず、廊下やそこかしこで貴族と思われるご婦人や青年、未来を担う少年少女たちが談笑していた。ダンスホールでもないただの廊下で、だ。
「たまには雑多な生活もいいわ、とご好評頂いております」
グロゥ紳士の説明にリルナとサクラは苦笑するしかなかった。貴族たる冒険者、メローディア姫は膝を屈し、四つん這いになる。快楽主義というか享楽主義のようなその貴族たちの姿が、同じ地位にいるメロディの心にダイレクトアタックを決めたのだ。
「あの煌びやかな場所は肌に合わない」
「いやじゃ、妾は行きたくない」
リルナとサクラがお姫様のセリフを覚えていたらしく、うなだれる彼女の肩に手を置きながら言った。
「うぅ、だから貴族は嫌いなんじゃ」
「まぁまぁ、メロディは貴族の前に冒険者なんだしっ。落ち込まない落ち込まない。誰も同じだなんて思ってないよ」
「そやな。むしろ、普段のお姫様となんら変わらへんしな」
休日はお城でラフな姿で遊んでいるメロディの姿は、現在のカーホイド城でくつろいでいる貴族と同じ姿と言えた。
「……そ、それは褒めておるのか? それとも妾はやっぱり貴族じゃと言いたいのか?」
そんな真実に不安そうになるメロディを抱え起こし、グロゥに案内されて個室へと移動した。その部屋は小さいながらも綺麗にまとまっており、天蓋付きのベッドまで設置されていた。奥の扉には浴室まで付いており、どう考えても他の部屋よりも豪華な造りになっている。
「え~っと、特別待遇?」
「おや、聞いていらっしゃらなかったのですか? あなた方はスクアイラ王子の恩人であり、丁重に持て成すように命じられております」
他の貴族たちにはグロゥのような案内人は付いていないらしい。よくよく考えれば、彼のような優秀な人間がそう何人も居る訳がない。廊下をバタバタと忙しそうに移動しているメイドさんの理由が理解できた。
「助けておくものじゃなぁ、王子様」
確かに、とリルナとサクラは頷く。
「これからどうしたらいいんや? しばらく寝ててもええか?」
「どうぞ、御くつろぎ下さいまぜ。ただ、メローディア様はカーホイド王が会いたいと申されております。準備が整い次第、お呼びいたしますのでお着替えをお願いできますか?」
「着替え?」
今回、冒険者セットであるバックアップは持ってきていない。普通のバックパックに下着程度の着替えだけだ。まさか王様は清潔な下着じゃないと許されないほどの潔癖症か、などと不穏なことを考えるリルナだったが、グロゥはそれを否定する答えを示した。
「そちらの衣装棚にドレスがあります。サイズは問題ないと思われますので、どうぞお着替えくださいませ。良ければリルナ様も」
グロゥ紳士はそう言うと、慇懃に礼をして部屋から去っていった。王様への報告に行ったのだろう。
「……何故、妾たちの服のサイズを知っている?」
「ハッ!?」
ぽつりと漏らしたメロディの言葉に、リルナは思わず自分の体を抱きしめた。
「視姦のプロがおるな」
「しかん? なにそれ?」
「目で犯すことや」
ひぃ、とリルナは悲鳴をあげ、メロディは興味深く頷くのだった。それはさておき、メロディは薄い桃色のドレスを身にまとう。リルナが四苦八苦しながら着替えを手伝い、その様子を眼福やなぁとサクラは見守る。結局、リルナは用意されたドレスは着ずにポイントアーマーなどの防具だけ外して、王様と謁見することにした。
「こちらです」
見事な装飾の施された両開きの扉。何やら嫌な予感をリルナは覚えるが、扉よこの衛視と視線があったので、慌てて表情を引き締める。
許可が出て、ゆっくりと開く扉。そこを堂々とくぐるメロディに続き、リルナは後を追う。相変わらず作法なんて知らないので、メロディの真似をしようと思っていたリルナだったが、実はメロディも貴族作法には疎かったりする。
なので、
「誕生日、おめでとう。カーホイド王」
よっ、とばかりに右手をあげて挨拶するメローディア姫にリルナは素っ頓狂な悲鳴をあげた。
「ちょ、め、メロディさん!? 王様に何言ってんの!?」
「いやいや、リルナよ。王が相手というが、そんなにかしこまる必要はないぞ。単に、その国で一番偉い人なだけじゃ。何を恐れる必要がある?」
メロディの言い分にリルナは、えぇ~!? と悲鳴があげるが、それよりも先に男の笑い声が部屋に響き渡る。
「はっはっは! 確かにメロディの言う通りじゃ。久しいの、お姫様」
カーホイド王が豪胆にも笑い、メロディに笑いかけた。
金色の髪を長く伸ばし、それをオールバックに整えている。エルフにしては少しばかり朝黒い肌をしており、美麗よりも豪傑な雰囲気を感じさせた。その実、着ているものは豪奢なローブなのではなく鎧の類。謁見室に行くのに武装しているとは奇妙な姿でもあったのだが、不思議とそれが当たり前のように思えた。
「ほれほれ、もっと近くに来るのじゃ。お主はメロディの友人か?」
「ほひゃ!」
いきなり話をふられてリルナは奇妙な声をあげるが、慌てて首をガクガクと縦に振った。お主も来い、と言われてメロディと一緒に王様へと近づく。
「どれ」
豪華絢爛な椅子に座っていたエルフ王だが、そこから腰をあげると二人の前へ座る。長身たるエルフ族らしく、彼が座ってようやく目線の高さが合うほどだった。
「う~む、見事な美しさじゃ。お主も可愛らしいの。ふはははははは!」
カーホイドは豪胆に笑ったかと思うと、リルナとメロディを一気に抱きしめた。あまりのことに反応できず、目を白黒させるしかない。
「むぎゅぅ、う?」
「な、なにをする、カーホイド王!?」
「ふはははは! 可愛いものを愛でておるのじゃ! ドワーフの好色王といわれ生意気にも粋がっている小僧と違い、俺のテクニックは本物じゃ――」
「ぎゃああああああああああああああ!」
さわり、と動いた王様の手がリルナの背中を撫でる。その感触に悲鳴をあげたリルナは王様の顎を掌底でもって叩き上げた。
「ぐはぁ!?」
「あっ」
気づいた時には遅く、リルナの悲鳴か王様の悲鳴かに気づいた衛兵が謁見室に駆け込んできた。
「ち、ちが、これ、あの!」
「またですか、カーホイド王! いい加減にされよ! ドワーフの王と競うのも大概にしてください!」
「え?」
言い訳を並べようとするリルナだったが、そんな彼女を通り過ぎて衛兵の青年が王様の胸倉を掴み、ガタガタと揺らしている。そのうち外交問題になりますよ、と喚き散らしているが、おとんど泣きそうだった。
「……どうやらいつもの事らしいの」
メロディがぽつりと呟く。
そして、
「貴族だけでなく王族ですらこれ……だから、だから妾は晩餐会など嫌なんじゃ」
がっくりと項垂れるのだった。
「え、え~っと……」
どこかへ引きずっていかれる王様と、訳の分からないダメージを受けておる自国領のお姫様。そんな二人を見ながら、リルナは自分の右手が放った素晴らしい一撃を思い返し、やっぱり後悔するのだった。




