~エルフ王国と木の大精霊・ノルミリーム~ 3
リルナがサヤマ女王を尋ねてから一週間。パーティ名も未だ定まらず、『召喚士ご一行』やら『お姫様と愉快な従者たち』とか『召喚と娼館の番人』などと適当に呼ばれてきたリルナたちは護衛の依頼を完了してサヤマ城下街に帰ってきた。
レベル5の仕事ではないのだが、他に適当な仕事もなくルーキーもいない。という訳で、リルナたちが請け負うことになった。冒険者ギルドが出来てから、ギルドから指定されて依頼を受けるという形も少なくない。冒険者からは『クエスト』などと呼ばれていた。
そんなクエストを無事に済ませ帰って来ると、門番をしている衛兵のお爺さんから声をかけられた。
「お帰り、お嬢ちゃんたち。女王から手紙を預かっておるぞ」
「母上から?」
一同、頭の上にはてなマークを浮かべながらも、メロディが受け取る。宛先が伝えられなかったので、娘が受け取るのが妥当と思われた。
手紙といってもシンプルな紙を二つ折りにしただけ。封も何もしていないのでちょっとした連絡か、と思いきや、衛兵のお爺さんは少しばかり困ったような表情を浮かべている。簡素な手紙なだけに中身を検めたのだろう。彼に罪は無い。罪は女王に有り。
「なんじゃろうな?」
少しワクワクした気分でメロディが手紙を開く。左右からリルナとサクラが覗き込んだ。手紙の内容は非常にシンプルだった。
『晩餐会の招待状が届いたぞ』
「晩餐会?」
メロディがしかめっ面を浮かべる横でリルナが疑問の声をあげた。質問先は隣の年長者であるサクラ。二百年分の知識に期待した。
「いわゆる貴族や王族のお食事会やな。ドレスを着て食べたり踊ったり飲んだりや」
「つまり、メロディ宛の手紙って訳ね」
「……いやじゃ。妾は行きたくない」
珍しくメロディが唇を尖らせた。眉間に皺も寄っており、可愛らしい顔がちょっぴり残念なものになる。
無骨な鎧より華やかなドレスのほうがメロディには似合うと思ったリルナだが、本人は少し違うらしい。
リルナは理由を聞いてみた。
「妾は貴族が嫌いじゃ。あの煌びやかな世界は、どうにも肌に合わんのじゃ」
「そんなものなの?」
「そんなものなんじゃ。母上があんなんじゃろ? 小さい頃は妾をダンス会場に放り込んでガバガバと酒を飲んでいたのを覚えておるよ」
貴族の集まり、となればそれは外交の場。それを全て小さなメロディに任せていたとなると、彼女がそういう場を嫌いになるのも納得できる。恐ろしく奇異な目で見られたことだろう。
「そやけど、おかしいないか? お姫様はもう冒険者になったんやから、わざわざ連れて行くことも無いやろ」
サクラの疑問に、リルナは確かにね、と答えた。そして、思いついたことを口にする。
「招待状が届いたぞ、って言っているのはメロディに対してじゃない? つまり、サヤマ女王じゃなくて、メロディが誘われてるんじゃないのかな?」
「ふむ……なるほど。母上ならば問答無用で妾を連れ去るじゃろうしな」
その光景は容易に想像できた。
「二人とも、ついでじゃ。今夜は我が実家に泊まって行くが良い」
「は~い」
「メイドさんと遊んでええんか?」
「それはメイド長に聞くが良い」
サクラの冗談を受け流しつつ、衛兵のお爺さんにお礼を言ってから一同はサヤマ城へと移動した。もちろん、顔パスでお城へと入り、メイド長の熱烈なお帰りなさいの抱擁を受けるメロディを苦笑しつつ眺め、ハグを要求したサクラが全力でスルーされるのを笑いつつ、メロディの私室へと入る。
相変わらずシンプルな部屋にお姫様らしくないな~、なんて思いつつリルナは装備を外していく。サクラはそのままでいるらしい。メロディは鎧を脱ぎ、街娘と変わらないシンプルな布の服とスカートに着替えた。
クローゼットの中には豪奢なドレスがたくさんあったのだが、全てメイド長の趣味らしい。メロディはドレスよりシンプルな服が好きだそうで、その点に置いてはメイド長と闘争中のようだ。
着替え終わると、早速とばかりに女王を訪ねる。相変わらず私室には居ないらしいので、城の中を歩き回った。
「よぅ、おかえり。我が愛すべき娘よ」
「母上……」
結局のところ、見つかったのは城の隅にある作業所。なぜか薪割りに勤しむサヤマ女王の姿がそこにあり、せっせとノールックで薪を割っていた。そもそもオノを片手で軽々しく扱う姿は蛮族染みており、バケモノらしい仕事姿ではある。
「他人の仕事を奪うのは感心せんのじゃ。所在なさげなあの御人を見ろ!」
メロディが指差すそこには、本来の薪割り担当の男性がちょこんと座っていた。給料泥棒に徹するつもりもなく、半ば諦めているように空を見上げていた。昼寝にでも興じていればまだ救いはあった。
「いいじゃないか。あいつは楽が出来る。私は体が動かせる。何も問題は無い」
「大有りじゃ。母上の本来の仕事が進んでおらぬではないか」
「……なるほど。メロディ、お前天才って言われない?」
「母上とメイド長にしか言われたことがないわっ!」
親子の親子らしくない会話に、リルナとサクラは肩をすくめるしかない。親子喧嘩に発展はせず、素直にサヤマ女王はオノを男性に返し、部屋へと戻る。その後をリルナたちは付いていった。
「よし、戻ったぞ。それでみんなそろって何の用だ? 倒して欲しいヤツがいるのか? 依頼料はそうだな……5ガメルでどうだ?」
レベル90の女王陛下を飴ひとつ程の値段で雇えるか、とリルナとメロディは叫ぶ。子供のお使い以下の金額だ。
「仕事のし過ぎで忘れるのなら妾も黙ろう。しかし、仕事をしなさ過ぎて忘れるのならば、妾はこの手を母上に向けなければならぬ」
「うむ。娘は母を越えていくものだ。受けて立とう」
「受けるな! 手紙じゃ手紙。晩餐会がどうのと手紙を寄越したではないか」
メロディが紙を渡すと、さすがに思い出したらしく女王は机の引き出しから便箋を取り出した。そこには女王の名前と共にメローディアの名前も記されており、二人に宛てられた手紙だというのが分かる。
メロディは受け取ると、裏を見る。そこには蝋で封がしてあった跡があり、貴族らしい紋章が刻まれていた。
「カーホイド・リュース王の誕生祭と即位記念年の祭りがあるらしく、それに私ではなくメロディが正体されてるみたいだ。まぁ、罠でも何でもなく普通の招待だから行ってもいいし、行かなくてもいい」
さぁ、どうする?
という女王の視線はメロディではなくリルナだった。何やら思惑があるらしく、リルナはその視線を受けてメロディが読んでいる手紙に目を落とす。
「カーホイド・リュース王……カーホイドってカーホイド島のこと?」
「そうや。エルフの王で確か今年が百年だか百五十年かの区切りの年やな」
長命らしいエルフの王様暦の長さにリルナは笑うしかない。人間種の中でも、エルフは特別に寿命が長く、千年や二千年とも言われている。想像できなさ過ぎて、ニンゲンであるリルナは笑うしかない。
「しかし、リュースという名をどこかで聞いたような……あ、思い出した。エルフ王子じゃ」
「エルフ王子って、あの怪しい邪教に捕まってたあのエルフ王子?」
メロディは、うんうん、と頷く。
「名前は……忘れたのぅ。とにかく、ファミリーネームはリュースじゃった。妾に手紙が来ているのは、その為か」
フラフラと遊びまわっているエルフの王子がサヤマ城下街の地下に潜んでいた新興邪教団に捕らえられ、監禁されていた事件を解決したのはリルナたちだった。偶然にもリルナ、メロディ、サクラがバラバラに動いていたところ、目的地が合致した結果である。
「そっか。あのエルフ王子って、本当に王子だったんだよね。なるほど……カーホイド島か~」
それがどうして、女王が自分に合図を送ったのか。
リルナは考える。
まずは場所を特定しないこと。長い間、現在地に留まらずに場所を色々と移すことによって、ヴァンパイア・ロード、ソフィアの視線を避けることに繋がる。ブラックドラゴンであるダクガインさんも、あの島にはしばらく身を置かないと言っていた。
そういった理由かな、と思うが……もうひとつの理由にも行き着いた。
「木の大精霊が居る……」
「ん? どうしたリルナ?」
「ねぇねぇ、女王様。それって旅費は国が出してくれるの?」
「国じゃなくて領地な。私のポケットマネーだ。船で寝てるだけでカーホイドまで往復してやるよ」
「行きたい行きたいっ! カーホイドには木の神殿があって、大精霊ノルミリームが居るはず!」
「……まぁ、リルナが行きたいなら仕方なかろう。母上、行ってきます」
「うむ。頑張って旦那を見つけて来い!」
もちろん冗談なんだろうが、廊下から物凄い勢いでメイド長が飛び込んできた。
「メロディ様にはまだ早い!」
どこで聞いていたのやら。
ちょっとした騒ぎになり、リルナとサクラは慌ててメロディの私室にまで避難した。その後、疲れた表情で戻ってきたメロディだが、メイド長に抱っこされた状態だった。何があってそうなったのかはサッパリと理解できなかったが、メイド長の物凄い笑顔に何も言えず、一晩をお城で過ごす。
翌日、冒険者の宿の主であるカーラさんにしばらく留守にすると伝えた後、北の港町バイカラへと移動し、サヤマ女王が用意してくれた船に乗り込んだ。
一同、カーホイド島へと向かうのだった。




