~エルフ王国と木の大精霊・ノルミリーム~ 1
●リルナ・ファーレンス(12歳)♀
召喚士:レベル5 剣士:レベル0(見習い以下)
心:普通 技:多い 体:少ない
装備・旅人の服 ポイントアーマー アクセルの腕輪 倭刀『キオウマル』
召喚獣:8体
●サクラ(212歳)♀(♂)
旅人:レベル90 剣士:レベル5
心:凄く多い 技:凄く多い 体:多い
装備:倭刀『クジカネサダ』 サムライの鎧 サムライの篭手
●メローディア・サヤマ(10歳)♀
剣士:レベル5
心:多い 技:少ない 体:少ない
装備:ヴァルキュリアシリーズ・リメイク バスタードソード バックラー
サヤマ城。
その開ききった王室と揶揄されるまでに開放的なお城だが、それでも正式な入り口たる門には見張りの衛兵が立っており、しなくてもいい警備は行われている。もっとも、子供にでも勤まりそうな職務内容であり、ほとんどが立っているだけ。たとえ居眠りをしていて、盗賊の侵入を許しても、注意程度で済むのほほんとした仕事だった。
そんな彼らにも、久しぶりの仕事がやってきた。
「おはようございます」
街で有名な冒険者、召喚士のリルナ・ファーレンスが訊ねてきたからだ。
「やぁ、おはようリルナちゃん。姫様なら確か君のところじゃなかったかな?」
冒険者となったお姫様、メロディはお城と宿の生活を半々にしていた。気まぐれでその日の宿を決めるみたいな状況だが、実質、彼女は冒険者の宿にお金を払っていない。リルナと相部屋にすることで、その資金を浮かせていた。
同じ部屋を使っていることに加えて、小さな少女が二人だ。ベッドも半分でそう変わらないだろう、と宿の主人であるカーラは肩をすくめている。いざとなったら女王から取り立てるつもりではあるらしい。
「あ、いえいえ。今日はヤサマ女王に用事があって来ました」
「おっと。それじゃぁ正式な客人という訳か」
ちょっと待ってて、と衛兵の一人が城の中に入る。その間、リルナは衛兵のお兄さんと近況を世間話のように伝えたり聞いたりして待っていると、メイド長がやってきた。
「お待たせしました、リルナ様」
「さ、様?」
何度か面識のあるメイド長だが、格式ばった呼ばれ方をしてリルナは少々戸惑う。
「正式な訪問ということを伺いましたので。本来は事前に予定を伝えてもらわないと困るのですが……メローディア姫のご友人を門前払いしたとなればサヤマ女王の名に傷が付きます。どうぞ、こちらへ」
カツカツとブーツを鳴らせて進むメイド長に生返事をしながらリルナは彼女の後に従った。何度か遊びに来たことがあるお城なので、サヤマ女王の私室の場所は知っていたのだが、案内される場所は違った。
「謁見の間……」
こんな所あったんだ、と呟くリルナ。
大きな扉の上にプレートに刻まれた共通語。すなわち、王様に会う為の部屋、だった。
「少々お待ちください」
メイド長はそう言い残すと、またブーツをカツカツと鳴らせて移動する。リルナは不安そうにキョロキョロと周囲を見渡すが、もちろん誰も助けてくれない。通りがかりのメイドさんまでもが、リルナに対して慇懃に礼をする状況だった。
普段だったら気さくにわき腹を突きあう仲だというのに。
「うぅ……こんなつもりじゃなかったのに」
表の門からでは裏口から入れば良かった、とリルナは今更ながらに後悔する。しかし、時間は巻き戻ってくれない。時間を司る女神様は、せっせと時を編み続けるのだった。
「どうぞお入りください」
作法なんて知らないぞ、いったいどうすればいいんだ、なんて頭を抱えているとメイド長に声をかけられた。
「仕方ないよね、冒険者なんだもん」
「はい?」
「あ、いえ、なんでもないですっ」
何か失礼があってもサヤマ女王なら許してくれる。そう信じて、リルナは謁見の間に入った。そこは見るからに荘厳であり、花の彫刻を施された白い柱が立ち並び、大きなガラス戸からは外が見えていた。
部屋の中はあまり使われた様子は無い。むしろ新品かと思われる部屋だった。もちろん、掃除は行き届いているようで埃ひとつ見当たらない。だが、他の部屋や廊下と比べて、明らかに未使用感が漂っていた。
つまり、訪問者がゼロに近い、ということを表しているのだが……リルナがそれに気づくことは無かった。
明るい光が差し込む部屋の中、中央には赤いフカフカの絨毯が真っ直ぐに伸び、奥の数段高くなった階段を登り、豪奢な椅子まで続いている。もちろん、その椅子には女王が座っていた。
すっごい不機嫌な顔で。肘置きで頬杖を思い切り付いて、ほっぺたが片目を歪めるぐらいに不遜な態度で。サヤマ女王はリルナを睨みつけていた。
「よくぞ参られた、リルナ・ファーレンス」
すっごい投げやりの言葉に、リルナは帰りたくなった。
「今帰ったら許さんぞ」
正式な客人として正式に迎えなければならない。ということで、女王は面倒でもこの部屋へ移動し、堅苦しい挨拶から始める。元冒険者には到底耐えられない面倒な応対なだけに、サヤマ女王の機嫌は最底辺を駆けずり回っていた。
「ひぃ」
リルナの考えも読まれている。仕方ないので、リルナは絵本の挿絵で見た王様の前に片膝を付き、頭を下げる英雄の真似をしてみた。
「お、お会いできて光栄です、じょ、じょじょ女王陛下」
「ぷっ」
「わ、笑わないでよっ! 一生懸命やったのにっ!」
「だって噛むんだもん。いいよいいよ、ここまで来たらいつも通りでさ。ほれほれ」
サヤマ女王は椅子から立ち上がり、階段に座り込む。こうなっては威厳も何も無い。リルナはようやくホっと小さな胸を撫で下ろし、女王のそばまで近寄った。
「それで、何の用事なんだ?」
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「おう、私が知ってることなら教えてやるよ。なんだ、ヒューゴ王の殺し方か?」
自分を政治に取り込んだ王様に恨みがあるらしく、とんでもない事を口走る女王に、リルナは別の意味で逃げ出したくなった。
「違いますよぅ。これです……知っていれば、何か教えてください」
リルナはポケットから一枚の紙を取り出す。それは折り畳める限度である八回まで折ってあり、小さな塊のようになっていた。
「ん?」
女王はそれを受け取ると、遠慮なく広げていく。そして、開ききった紙に書いてある文字を見た瞬間に、その紙を握りこんだ。その手から炎が立ち上り、あっという間に紙は燃え尽きる。灰さえ残らない凶悪な炎の魔法に、リルナは思わず息を飲んだ。
「……どういうつもりだ、リルナ」
「じょ、情報を教えて欲しいのです」
紙に書いてあった文字は『ソフィア』。ヴァンパイア・ロードの名前だった。もちろん、普通に暮らしている中で、同じ名前を持つ者はいる。それでも、紙に書かれ、口に出すことすらはばかれる『ソフィア』といえば、あの存在しかいなかった。
「貴様、メロディを巻き込むつもりか!」
女王は有無を言わさぬ勢いでリルナの胸倉を掴みあげた。片手で持ち上げられた少女は、青い顔で首を横に振る。首を絞まる中、なんとか声を出した。
「メロディは、まだ、知らない、です。わたし、だけ」
その言葉に女王は手を下ろす。だがそれでも睨みつけるような視線は続いたままだった。
「ヤツに手を出すのは止めておけ。今のお前では、ヤツの足を舐めることも出来ない」
「お父さんの、仇かもしれない」
すがるような瞳に、女王はそれでも尚、視線をするどくしたままに言う。
「だったら、尚更だ。リルナ、お前の親父さんはトんでもないヤツに手を出した。あぁ、納得だよ。道理で私達から召喚士の記憶が無い訳だ。いいか、リルナ。そんな世界レベルの敵だぞ。倒したら英雄どころじゃない。即神様の仲間入りだ。逆に考えてもみろ、神様じゃないと手が出せない存在だぞ。どうするも何もあったもんじゃない。考えるのは止せ。お前は、お前の、一人の冒険者として生きていけ。ヤツに関わると、冒険者らしい最期は迎えられない。それこそ、世界からお前がいなかったことになるんだぞ」
女王の瞳は、言葉を経るうちに優しいものとなり、最後は懇願するような、リルナに対してお願いするような、そんな瞳になった。
「……さ、サヤマ女王でもダメなんですか?」
「ヤツの部下なら私でも勝てる。だが、ヤツとなると、分からん。どれほどの実力を秘めているのか、サッパリと知らん。初見殺しの恐さを、お前なら分かるだろ?」
リルナは頷く。
知らないという事は、それだけで危険度を跳ね上げさせる。初めて受ける攻撃など、避け方すら分からないのだ。
「ヤツは記憶操作でもって、自分の存在を消すことが出来る。つまり、自由に情報操作ができるんだ。だから、誰もヤツを知らない。戦ったことがある人物が存在したとしても、その記憶と歴史は無かったことにされる。だから、いつだってヤツは初見なんだよ。だから誰にも討伐できない。念入りな作戦なんか立てようが無いんだ。つまり、実力で排除するしかないんだ」
「……」
改めて、その恐ろしさを知った。
リルナは項垂れるように、自分の足元を見る。ふかふかの絨毯に埋もれたブーツ。そのつま先は、所在無くただ単純に前を向いているだけだった。
「頼む、リルナ。お前は、メローディアの友人なんだ。お前が死んだら……いや、お前が消されたらメローディアは悲しむことすら出来ない。また一人ぼっちに戻ってしまうんだ。だから、頼む」
「分かりました。でも……もう、目を付けられています」
「な、なんてこった」
サヤマ女王は天井を見上げた。
結局のところ、関わるしかないというその存在に、恐怖するしかなかったのだ。




