~ドラゴン・カーニバル~ 8
薫風真奈。
西の大陸における蛮族の国において貴族という地位にありながら彼女は冒険者に身を置いている。病的なまでに白い肌はダークニゲンの特徴であり、その艶やかな長い髪と相まった美しさは、美術家がこぞって絵画にしたいと言い寄るレベルだ。
真奈にとって冒険者は遊びでも身を隠す手段でもない。蛮族の国と言えど、人々の役に立たない限りその存在はやはりモンスターと変わらない。蛮族の国で生きていくには、たとえ貴族やお姫様という立場でも功績を立てなければならないのだ。国の内外の人々の役に立ち、無害どころか有益だと思わせる名声を勝ち得ない限り、彼女たちに居場所は無い。
貴族であれば政で名声を得ればいいが、末っ子である真奈にその役目がまわってくる予定は皆無に近かった。よって、彼女は剣一本を受け取り、友人と共に冒険者となったのである。
細身の剣はマジックアイテムである精霊の剣。細身ながら両手剣であり、それほど協力な武器ではないが、使用者を守ってくれるという効果がある。具体的ではなく曖昧な効果なのだが、真奈は気に入っていた。防御よりも素早さを重視した真奈は、金属鎧ではなく革を煮詰めて強くした革の鎧を選んだ。左腕には気休めのバックラーを装備した戦闘スタイルである。
「行くよ、玲奈」
「はいネ」
天月玲奈。
ダークドワーフである彼女の肌もやはり白く、美しい。真奈と同じく美人の部類に片足を預けているのだが、残念ながら種族特徴である若さがブレーキをかけている。見る者は見ればその美しさは確実なのだが、その前に幼さが目立ってしまうのだ。
長く伸びた金の髪は右側頭部で結い上げた横ポニーテール。盗賊という職業からか、おへそがバッチリ見えた露出の多い上半身は、胸を覆う程度の布の鎧。これも軽さ重視であり防御力には期待していない。ホットパンツから飛び出した白い太ももも綺麗なのだが、細くて色気を感じるのはまだ早かった。
ベルトの後ろ、腰側に固定装備されている革ボックスには盗賊の使うシーブズツールが収められている。右側には鞘があり、玲奈はそこからファインダガーを引き抜いた。
ダガーよりも高級品で、刀身は大きい。それでも短剣というカテゴリーからは逃れられず、片手剣より遥かに短い。超近接戦闘用の武器だった。
「補助よろしくネ」
玲奈が素早くギラファスへ接近する。自ら大顎の中に首を突っ込むが、ギロチンとなる前に高くジャンプした。
「地の精霊さん」
神導桜花が魔法を発動させる。精霊使い、という召喚士並にマイナーな職業だが、世界から忘れられている訳ではない。
ダークエルフたる桜花の肌もやはり白い。しかし、エルフの特徴である長身と美しさは余り発揮されておらず、彼女の身長は低いし美しさよりも可愛らしさが際立っている。黒というより茶色に近い髪は短くざんばらであり、くせっ毛なのか少し跳ね返り気味。白い布地に赤いラインのデザインが入れられたローブを着ている。
彼女の持つ『精霊の杖』は先端に宝石のような石が埋め込まれている。ただし、その色は無職でありガラスのように見えたのだが――
精霊使いによって呼び出された地の精霊は、ふわりと浮かんで桜花のそばに寄り添った。すると、杖の先端にある宝石の色が大地の色『黄』へと変化した。どうやら呼び出した精霊によって変化するらしい。精霊使い特有の杖だった。
「大地の守り!」
桜花の命令を従うように地精霊が光を放つ。帯状に伸びたその光は前衛で戦う二人の体を覆う。防御力アップの精霊魔法だった。
「それじゃ、わたしもっ」
リルナは身体制御呪文マキナと描画魔法ペイントを起動させた。ガチリと固定されるリルナの体。その状態で、指先は正確な真円を描く。一ミリのズレも許されない三重円の魔方陣が描かれ、召喚獣の情報が刻まれていく。最期に中心に大精霊を意味する神代文字を記すと、躊躇なく召喚術を発動させた。
「あたいの出番だ!」
大精霊サラディーナ。燃え上がるような赤い髪に、好戦的な表情を浮かべた掌サイズの女性が顕現する。どうやら久しぶりの召喚だったらしく、意欲に燃えているらしい。
「サラディーナ、お願いっ」
「任せとけ」
具体的な命令はいらない。精霊魔法とは違って、召喚魔法はその意思はある。ただただ召喚され、召喚主の命令を聞くだけのような関係性にはならない。それ故に、不人気職ではあるのだが。習熟したところで、召喚魔法を覚えたところで、強い召喚獣を手に入れない限り、いつまで経っても弱いままなのだから、人気が出にくいのも頷ける。
しかし、そろってしまえば強い。召喚術の魔力消費の無さと強みを、リルナは今現在、証明していた。言ってしまえば、現在はリルナ一人でレベル差が2もある相手に挑んでいる。だが、前衛たる真奈と玲奈、後衛である桜花を召喚し、加えて大精霊まで召喚してもまだまだ魔力に余裕があった。
その数さえ許すのなら、一人でだって戦争できる。
それが、召喚士の真骨頂であり、到達する姿でもある。
「ありがたい」
真奈は呟く。その手に持つ精霊の剣の刀身に赤の光が宿り、その軌跡を警告色に彩った。ギラファスの背後を取った玲奈のファインダガーも同じく刃が赤に煌く。
即席のマジックアイテムと貸した刃で玲奈は昆虫の後ろ足を切りつけた。さすがに胴体に斬りかかる度胸は無い上に、外骨格が刃を通さない。節のある足の関節を赤い刃が斬りつけると、火の粉が散り爆発するように燃え上がった。
「キシャァァァァァァァ!」
発声器官の無い口でギラファスが叫び声をあげる。昆虫らしく火に弱いのか、狙いを背後にいる玲奈へと切り替えたようだ。
「そうはさせん」
方向転換するギラファスの大顎を真奈は斬りつけた。自慢のギロチンに傷はつかないが、それでも炎強化のお陰でキラリと炎が舞い散る。ヘイトを稼ぐためか、真奈は素早く三度も大顎を斬りつけた。複眼の目の前で火が燃え上がっては無視できない。玲奈ではなく真奈を最大の障壁とみなし、ギラファスは大顎を開いた。
「石のつぶて!」
そこへ桜花の魔法が発動する。地精霊が司る大地が浮き上がり、硬質化。黄色の光に包まれるとそのまま巨大昆虫の口に向かって射出された。食べるつもりのない、しかも魔力が含まれた土が口の中に入ってしまい、ギラファスが奇妙な声と共に吐き出す。
その間にも、できるだけ関節部分を狙って真奈と玲奈が火属性の攻撃を繰り返した。ギチギチと鳴りながらも動く足は徐々に固まっていく。硬い表皮に覆われていても、何度も火属性の熱で炙られることによって、内部にダメージが通っていった。
「パーティ戦だと楽勝ネ」
まるで跳ねるように移動しながら玲奈は斬りつけていく。対して真奈は着実に剣を振るい、ダメージを重ねていった。
「油断しないことですわ。相手は格上よ」
一人で戦うことによるレベル差は多いに影響する。およその個体差はあっても、モンスターのレベルというのはさほど変わらない。しかし、人間種に付けられるレベルはあくまで参考程度のもの。各々がどれだけ冒険者として貢献してきたか、を表す度合いであり、明確な強さの基準ではない。参考ではあるが、過信してはいけない基準だった。
それでも、レベル2の差は大きい。一対一ではほとんど勝ち目が無いと思われる。それこそ、サクラのような冒険者ではなく旅人としての経験の豊富さや、メロディのように旧神話時代の古代遺産である武器や防具、強力なマジックアイテムを持っていない限り、ひっくり返ることはない。
しかし、それを補うのがパーティ戦だ。連携によっては自分たちよりレベル差が二倍あってもひっくり返ることがある。レベル5のパーティがレベル10に勝てる要素は充分にあった。
前衛と後衛、攻撃と補助の役割をしっかりとこなせば、相手が単体である限り、勝つ確立は多いにある。
「サラディーナ!」
「了解さ!」
サラディーナが小さな指を鳴らす。パチンと弾かれた指から光がこぼれ、ギラファスの目の前に収束した。それは途端に炎となり、軽い火柱となる。それだけで昆虫の動きを止めるに充分だ。ダメージが集中した後ろ足と右前足の動きが鈍くなる。
「おぉ、勝てそうだねっ」
「うんうん、やったね」
リルナと桜花がハイタッチする。引き連れている地精霊は大精霊であるサラディーナにしきりにお辞儀した。精霊は位の差に敏感なのかもしれない。
「トドメはどうする?」
バックステップで真奈が下がり、剣を構える。ぐったりと後ろ足を引きずり、動かなくなったギラファスを飛び越えて玲奈も戻ってきた。
「本体は硬くて無理ネ」
赤い刀身を指差す。マジックアイテム化しているといっても、刃の鋭さは変わっていない。外骨格にダメージを与えることは無理だ、と玲奈は訴えた。
「燃やしましょう。リルナちゃん、大精霊様の力を貸してもらえる?」
「ん? わたしはいいけど。サラディーナは?」
「役に立つなら、なんでもやるぜ」
普段一人ぼっちで炎の神殿にいる為か、サラディーナは機嫌よく頷いた。
「それでは、地精霊さんありがとうございました」
杖上部の宝石から黄色の光が消失し、大地の精霊は手を振りながら姿を消した。滅多に人間に顔を見せない割には、意外とフレンドリーらしい。精霊使いの桜花がいるからなのかもしれないが。
「大精霊様、お願いします」
そんな桜花はサラディーナに向けて精霊の杖を掲げる。うむ、ともっともらしく頷いた大精霊はそのまま自身の体を光と化し、杖の宝石へと宿った。
「おぉ~」
と、リルナが声を出したのも束の間、桜花の杖がガクガクと振るえ宝石が焼けるように赤く光り輝く。
「あわわわわわ!」
なんだなんだ、とリルナたちが見守る中、桜花は必死に杖にしがみついた。精霊使いが杖を持っているのではなく、大精霊の杖に精霊使いがしがみついているかの様子。
「ひぃ!」
どうやら桜花には大精霊を制御する荷が重かったらしい。杖が暴走しないように抑え付けるのがやっとのようだった。
「う~ん、ダメだネ」
「そうね」
そんな桜花を見限ってか、地道に攻撃で倒すと決めたらしく、真奈と玲奈はギラファスに向き直る。リルナは悲鳴をあげつつ杖に振り回されている桜花を応援することにした。
「がんばって、桜花ちゃん!」
「無責任!」
「いや、わたしのせいじゃないし」
「手伝って! 誰か手伝って~!」
精霊使いでもないリルナにとってはサッパリな魔力の流れ。そもそもにして、魔法使いという職業は色々な系統がある。リルナや桜花のようなマイナーな職業もあれば、一番メジャーである『七曜魔法』などもあり、それぞれの魔力の使い方は天と地ほどもある。
故に、系統が違えばほとんどの場合、サッパリと分からない。そもそも他人の魔法に影響を与えるレベルとなれば、それだけで英雄だ。みんなで魔力を集めて雷を落とすことだって出来るし、集団で祈りを捧げて神様だって呼べたりする。
そんな訳であり、リルナは桜花を応援することしか出来なかった。
「はやく開放したらいいのに」
「なんかもったないないない!」
杖に揺さぶられる人間、という稀有な光景。桜花の貧乏性というか向上心みたいなものを感じて、リルナは肩をすくめるしかない。
「ひぃ!」
と、そんな折。
玲奈の悲鳴が聞こえたので、そちらを見ると――ギラファスの背中がガッパリと開いて起きていた。つまり、外骨格が開き、その中身である羽を広げたのだ。
すでに足の機能は失われている。しかし、巨大昆虫にはまだ移動手段が残されていた。羽でもって飛ぶこと。その巨大で薄い羽を広げると、知覚できない速度で羽を動かし、空気を叩いた。ドラゴンとは違い魔力でもって飛ぶのではなく、純粋な飛行だ。ぶぶぶぶぶぶぶ、と不快音を鳴らし、空中へ浮かび上がる。
逃げるつもりか、とリルナは思った。しかし、ギラファスの行動は違った。そのまま空中で大顎を挟み鳴らし、襲いかかってくる。
「うわぁ、きもちわるい! こわい!」
素直な悲鳴をあげて玲奈が逃げ出す。ちょっと、と呼びかける真奈だが、目の前にギチギチの昆虫が迫れば少女としての本能が勝る。
「いやぁぁぁ!」
蛮族のお嬢様もまた悲鳴をあげて逃げ出した。ぶぶぶ、と追いかけるギラファス。そして、リルナも合流。もちろん、蟲が得意というわけもなく、丸見えになった足の付け根なんかに嫌悪感がバッチリであり、逃げ出した。
畑の中をドタバタと逃げ回る中、桜花だけはそれどころではなかった。なにせ、杖にやどるのは大精霊。精霊の中でも祀られるほどの存在であり、上位種でもある。そんなサラディーナを制御できずに、バタバタと暴れる杖をなんとか踏みとどまらせていた。
「大丈夫かい? やめとく?」
「ま、まだまだです」
宝石からサラディーナが顕現する。心配そうに桜花を見つめるが、彼女も精一杯力を抑えていた。それでも尚、レベル5精霊使いには厳しいようだ。
「さっさと使っちまったほうがいいんじゃないか? あたいは大丈夫だけど」
「そ、そそそ、そうします」
震える杖にしがみついたまま、桜花は目標をセット。空中をぶぶぶぶと飛び回るギラファスに魔力の流れを導く。
「お、お願いします! 炎の華!」
瞬間、弾かれるように杖から魔力が照射される。まるで大砲を撃ったみたいな反動を受けて桜花は後ろへ倒れた。魔力の塊はギラファスに当たると、そこから弾けるように膨らみ、炎となり変わる。渦巻く炎は、まるでギラファスを飲み込むように回転すると、瞬時に四方へと炎の尾を引きながら爆裂した。
「うわっ」
その凶悪な熱量に耐えられず、ギラファスの外骨格が燃え上がる。全ての攻撃を弾く装甲すら燃え上がらせる炎。その余りの熱さに、リルナたちはそそくさと非難した。
ぼてり、と畑の真ん中に落ちる巨大昆虫の亡骸。そう簡単には消えそうにない魔力の炎は、容赦なく作物を巻き添えにしていく。
「あぁ、ごめんなさい……ダクガインさん」
畑に害なす蟲は倒したが、かわりに畑にダメージを与えてしまった。冒険者としては、依頼達成とは言い切れない結果。あ~あ~ぁ~、とリルナはごめんなさいと肩を落とす。
「ダクガインさん?」
そんな様子を見て真奈は疑問符を浮かべる。突然に召喚されてきて、目の前の昆虫と戦っただけであり、細かい話は理解していない。
よくよく周囲を確認してみれば、どこか小さな島らしい。こんな小さな島だからこそ、作物は貴重であり、それを燃やしてしまったのは、確かに間違いだったかもしれない。
これ以上燃え広がらないように、とは思うのだが……大精霊の炎は消えない。水でもあれば、とキョロキョロしていると、ホワイトドラゴンがやってきた。
「ボクが消すよ」
と、ウォーターブレス。ぷしゅぅ、と簡単に消してしまった。相変わらず便利な属性ブレスだな~、とリルナは思ったけど、リーンにお礼は言わなかった。なんか言いたくなかった。そんな気分も女の子にはある。
「なにか依頼でしたの?」
「うん。まぁ、許してくれるとは思うけど」
大精霊を杖から開放して、ようやく一息いれた桜花が戻ってきた。吹っ飛んだ時に頭を打ったらしく、しきりに後頭部を撫でている。受身の練習をしたほうが良さそうだ。
「ダクガインさんってだぁれ?」
「あ、えっとね」
と、その時。
洞窟の中から欠伸をしながらブラックドラゴンが現れた。これだけ騒いでいても寝ていられる度量は、さすがの龍種と言えなくもない。加えて、それだけ眠りが深いのならば、そりゃギラファスに畑を荒され放題だわ、とリルナは思った。口にはしなかったが。
「彼が依頼主のブラックドラゴン。ダクガインさんだよっ」
そうリルナが紹介しようと振り返るが――
「「「ぎゃあああああああああああああああ!」」」
蛮族の少女三人は全力で島の彼方へと逃げる最中だった。
「あれ?」
リルナの声に答えるものはおらず、リーンとギラファスはくわっと欠伸をするのだった。




