~ドラゴン・カーニバル~ 7
男子冒険者諸君には人気のモンスターであり、女子冒険者たる淑女な皆様には大変に不人気なモンスターがいる。
いわゆる昆虫型モンスターだ。その鋼のような外骨格は硬く、生半可な剣や魔法は通じない。どの生態系にも属さない独自の姿を作り上げたモンスターであり、アカデミーの学者の中では空の向こう側からやって来た、という学説を唱えるものもいる。もちろん、ただの憶測であり知能の低い昆虫型モンスターに意見を問うことは出来ない。
節の目立つ細くて強固な足をギチギチと鳴らしながら、それはリルナたちが見守る畑にやってきた。あの岩の裂け目のような場所に住めるのも納得のできる平べったさ。しかし、その外骨格は黒に近い茶色であり、型さの証明のようにキラリと太陽の光を反射させた。
頭、胴、腹の三段階に体が分かれており、胴の部分から三対の足が伸びている。頭の両端にはどこを見ているのかサッパリと分からない目があり、昆虫らしく複眼だった。
そして一番の特徴はその頭に付いているハサミだろうか。いわゆるクワガタムシの巨大化したモンスターがそこに居た。
「スタッガービートルより強い奴だ。ギラファスだね」
その姿を見てリーンが名前を教えてくれる。以前、ドラゴンリップクリームの採取の際に出合った固体よりも強いらしい。あの時は観察する暇は無く、ただちに戦闘となったので感想を抱く暇は無かった。
しかし、今現在。よりテカテカとした巨大な昆虫を目の前にすると、否が応でもその特有の『繋ぎ目』などを視てしまい、少女としてはテンションが急降下していく。
草むらから出たリルナは畝の勾配と高さのある野菜類で姿を隠しながら移動していく。複眼であるギラファスの視界は恐らく全方位。見つかってしまってはすぐに戦闘となる。リルナは有利になるようにギラファスの後ろへと移動した。
リーンは目立つので草むらで留守番。ピンチには助けてくれる約束だった。
「来てくれるかなぁ」
静かに呟きながら、マキナとペイントの魔法を二重起動させる。地面に魔方陣を描き切ると、躊躇なく召喚術を発動させた。光が溢れ収束する。その光でギラファスはこちらに気づいた様子。慌てるように体の向きを反転させた。
召喚術で呼び出されたのは、薫風真奈。ダークニゲンの前衛剣士だ。
「これが召喚術ですのね。不思議な感覚ですわ」
「真奈ちゃん、前まえ!」
「へ? うひゃぅ!」
初めての召喚に感動している真奈に関係なくギラファスの顎が迫る。がっちん、という勢いでしまるハサミを、真奈はなんとか屈んで避けた。
しかし、下から見上げるギラファスの腹部は少女にとって耐え難いもの。ひいいぃぃぃやぁ、という可愛らしい悲鳴をあげながら真奈はリルナと一緒に後方へと非難した。
「ちょ、ちょっとリルナ。初めての相手があんなのって酷いですわ」
「い、いいじゃない別に。野良犬にでも噛まれたと思って」
「野良犬と蟲を一緒にしないで。というか、ギラファスじゃない! レベル7のモンスターですわよ!」
「えぇ! そんな強いのアレ!」
ギギチチチギギ、と三対の足を動かして迫ってくる巨大クワガタムシ。リルナと真奈は畑の中を逃げ回りながら話を進める。
「真奈ちゃんってレベルいくつ?」
「レベル5です!」
「あ、一緒だ! わたしもレベル5だよっ!」
「親しみを感じてる暇じゃないですってば!」
バタバタと走り回っていては埒が明かない、と真奈は足を止める。腰に装備していた細身の剣を引き抜き、迫ってくるギラファスの大顎を斬り上げ……ようとしたのだが、まるで金属に打ち付けたように硬質なガギンという音が響き渡った。
「か、硬い」
痺れる両手を見る真奈だが、そんな暇は無いといった具合に再びギロチンが閉められる。挟むのではなく、すでに首を飛ばしかねない大顎の勢いに絶句しながら、真奈は後方へと下がった。
「……無理です。勝てませんわ、リルナ」
「わたしもそう思う……」
再び迫り来るクワガタムシから少女は逃げ出す。
「あなたの剣! 倭刀では?」
「そうだけど! わたし剣術は見習いレベル!」
「貸してくださいまし!」
「どうぞどうぞ! なんなら持って帰って!」
「そこまで要りません!」
畑の中をグルグルと逃げ回りながらリルナは真奈に倭刀を渡す。今度こそ、とばかりに真奈は倭刀で斬りかかるが……まるで真剣白刃取りのように、大顎でもって倭刀の腹を押さえられた。
「嘘ぉ!?」
驚くリルナだが、真奈だけでは対処できないと判断する。再び二重起動し、魔方陣を素早く二つ描いた。その間に、真奈は倭刀を手放し距離を取る。その間に、リルナの召喚術が完了し、二人の蛮族が召喚された。
「呼ばれて飛び出て」
「じゃじゃじゃーん」
と、ご機嫌なダークドワーフとダークエルフ。天月玲奈と神導桜花の二人は呼び出されるのを予感していたのだろう、両手をバンザイしてポーズを決めた。
が、しかし。
「ぎゃー! でかい蟲!」
「きもちわるい! なにあれ、超きもちわるい!」
真奈が必死で引き付けているギラファスを見てリルナの後ろへと隠れた。
「ちょっと玲奈、手伝いなさい! 桜花は補助」
「「え~」」
「え~、じゃない! きゃぁ!」
文句を言うシーフと精霊使いをたしなめる剣士だが、やはりレベルが二つも上に認定されているモンスターの猛攻は一人で抑えきれるものじゃない。あらゆる場所で足が滑らないようにギザギザと棘が生えた足を真奈の衣服に引っ掛けると、彼女の体重なで気にかけない勢いで放り投げた。
さすがに地面との激突はタダではすまない。召喚された体と言えど、その恐怖は恐ろしいものらしく、真奈はギュっと目を閉じた。
しかし衝撃はやってこない。変わりになにやら、体が浮いている感覚がある。
「あれ?」
「大丈夫?」
「あ、はい。あ、え、と、ほ、ホワイトドラゴン様……?」
「同じ召喚獣同士、仲良くしようね。いつか召喚主であるリルナを倒そうね」
リーンは真奈を抱きかかえて助けたらしい。そのまま畑のそばまで飛び、下ろしてくれた。ちなみに前衛を失ったリルナたちは再び逃げ回っている。ギラファスにしてみれば、久しぶりに野菜や根菜といった葉っぱ物ではない新鮮な肉。是非とも食べたいところなのだろう。
「あぁ、ちょっとリーン君! どうして真奈ちゃんは咥えないのさ!」
まるでお姫様抱っこをしているホワイトドラゴンに対して、逃げながらリルナが叫んだ。
「格の違い」
「そんな正直に答えなくていいでしょ!」
自覚しているらしく、リルナは尚更とばかりに叫んだ。そんな様子にギラファスもリーンの姿に気づいたらしく、その足が止まる。さすがの知能ゼロに近い昆虫型モンスターであれど、ホワイトドラゴンにはおいそれと近づけないようだ。むしろ、本能で生きているからこそ、かもしれない。
リルナ、真奈、玲奈、桜花の四人はそんなリーンの後ろへ隠れる。ぜぇぜぇと息を整えるための立派な壁になっていた。
「ふぅ。どう、みんな? 勝てそう?」
「玲奈、桜花、行ける?」
真奈の言葉に二人は頷いた。次いで、真奈はリルナを見る。
「リルナも、大精霊だったかしら。力を貸してもらえるかしら?」
「もちろんよっ! というか、わたしが手伝ってもらってる立場だし」
本来は真奈たちの戦いではなくリルナの戦闘だ。手を貸すのはもちろんのこと。
ホワイトドラゴンを前に攻めあぐねているギラファス。そんな大型蟲の前に、前衛である真奈と玲奈が並び、その後方にリルナと桜花が魔法の起動準備を整える。
「よし、第二ラウンドだっ!」
リルナの合図のもと、本格的な戦闘が開始された。




