~お使いクエスト~ 6
「見つけた」
コボルトの低身長を活かして、ハーベルクは茂みの中をガサゴソと移動していた。愛用のエプロンが引っかかって少し破れてしまったが、仕方がない、と諦める。なによりブヒーモスを、無料で手に入れることが出来たならば、余ったお金でエプロンなどグレードアップして新調できるからだ。
そんなハーベルクの前には、そのブヒーモスが正に存在していた。
家畜のブタがピンク色とするならば、野生のブタは泥に汚れた茶色。だが、ブヒーモスの色は黒く、およそブタとは表現しにくい色をしている。そんな色もあってベヒーモスと似たブヒーモスと名付けられたのかもしれない。
「ブヒブヒと鳴いてはいるが……」
どことなくダジャレ臭がしてくることにハーベルクは少しだけため息を零した。最初にこいつをブヒーモスと呼んだのは、きっと酔っ払ったオヤジに違いない。
そう確信めいた思いを浮かべる。
「さて、どうしたものか……」
茂みから伺っていると、ブヒーモスはどうやら食事中のようだ。ハーベルクの何倍もありそうな巨体を揺らしながら地面の草を食べていた。悪食らしく、草を選んでいる様子はない。ブヒーモスの周囲は地面がむき出しになっていた。
食欲旺盛に加えて何でも食べる、そんなブヒーモスの数は増やさない方が良いという考え方が一般的である。環境への影響が深刻になった地域もあるらしい。だからといって簡単に狩れるブタではないので、中々に難しいところだった。
「狩人同士、協力してくれたらいいのだが」
個人プレイの多い狩人は基本的には孤独の存在。市場にブヒーモスの肉で溢れないのはそんな理由だったりする。
ブタ一匹を前にして環境やら狩人の問題にまで発展したハーベルクの脳内。それらをサッパリと天空城に追いやったところで、ハッと気付いた。
「フンフンフンフンッフゴフゴフゴー」
「…………」
ブヒーモスがこちらを見ていた。
良く見れば、あらかた地面の草を食べつくしたようだ。鼻がヒクヒクと動き、どうやら次の食べ物を発見し決めたらしい。
「悪食……料理人にとっては最悪の言葉だ!」
叫ぶと同時に茂みから立ち上がる。ちょうど頭ひとつ飛び出した状態で、ハーベルクはバックステップ。エプロンが引っかかったりするが、そんなことには一切と気にせず、巨大豚に背中を向けた。
それだけで恐怖が凄い。
なにせ、自分の走り出す足音より、背中の足音の方が大きいのだから。
「うわ、うわあああああ!」
悲鳴をあげたところで、誰も笑いはしないだろう。その巨体は小柄なコボルトであるハーベルクよりも遥かに高い。実質、人間の大人よりも大きく、その体当たりを喰らってしまえば二度と動けなくなりそうだ。
それは予想ではなく確信に変わる。
「ひぃ!」
ハーベルクは細い木の間を通り抜けると、ブヒーモスはそんな細い木など無かったように、メキメキと折り倒して迫ってきた。
「嫌だ! せめて最後は美味しく料理されて死にたいワン!」
料理人としてその最後はどうなのか。
そんな疑問を抱かせるような悲鳴をあげながらハーベルクはひたすらに逃げる。
「ハァハァハァ! み、見えた!」
逃げる先は森の中でちょっとした開けた場所。太陽の光が差し込み、そこだけが闇から解放されたように光り輝いていた。
それと同時にルルが手を振っているのが確認できた。相変わらず笑顔だった。ハーベルクが恐ろしい巨大豚に追われているのに、笑顔を浮かべて合図を送っている。
それは自分の作戦に絶対的な自信を持っているのか、それとも――
そこまでハーベルクの考えが及ぶ前に、光に突入する。
薄暗い闇のような森から、急に明るい光を浴びて、思わず目が眩んでしまう。それでもハーベルクは走り続けた。
「今です~」
ルルのゆるい声。
それに反応するように、木の上に居たリルナが肩のウンディーネと共に魔方陣を発動させる。
「大精霊ウンディーネ!」
ブヒーモスが通り過ぎるタイミングで木の上から飛び降り、広場に仕掛けた魔方陣に発動する為の拳を叩き込んだ!
「水!」
拳の光を受けた地面の魔方陣は光り、水を発生させた。
その向きは、地面だ!
「いっけえええええ!」
リルナの声に反応するように、魔方陣から大量の水が溢れ地面を削っていった。
「ぴぎゃあああああ!」
もちろん、地面はすぐにぬかるみ、ベヒーモスは足をとられ転んでしまう。巨体ゆえ、自重で動けなくなる。また、その間も水が地面を削っていき、簡易的な池を作っていった。
「その体じゃ泳げないよねっ」
バタバタと暴れるブヒーモスだが、まるで底なし沼に落ちたように体が沈んでいく。溺れることは無かったが、すっかりと沼地になってしまい、泥に手足を取られているのだろう。
次第と大人しくなっていく巨大豚を見てリルナは魔方陣を解放した。
「ありがと、ウンディーネ」
「は~い、また呼んでね~」
気軽にバイバイと手を振って大精霊は消えていった。
「ぜぇぜぇ……死ぬかと思った」
少しだけボロボロになったハーベルクが戻ってきた。ところどころ汚れているのは、最後に転んでしまったからだろうか。
「お疲れさま、ハー君」
「もう二度と囮役なんてやらない……」
「あははっ。まぁまぁ、これからいっぱいお肉を食べて元気をだそうよっ」
「それはそうなのだが……」
ハーベルクは沼にはまってしまっているブヒーモスを見た。今だにハーベルクを食べようとしているらしく、彼をめがけて牙が生えた口を大きく開けては顎を鳴らしている。
「恐ろしい……」
リルナとハーベルクは思わず一歩引いてしまった。
「作戦成功~。やりました~」
そんな二人の元にルルが合流した。相変わらずの笑顔。合図を送るだけという役だったので疲れる要素は一切として無かったので、当たり前といえば当たり前なのだが。
「トドメはささないんですか~?」
ルルの一言に、リルナはハーベルクを見た。ハーベルクは腰のナイフを取り出すが……
「これで仕留められるかな」
「無理っぽいよね。倭刀を貸すわ」
「うむ」
倭刀を鞘から引き抜き、ハーベルクに手渡す。受け取ったその手は、微妙に震えていた。
「恨まないでくれ。お前を立派な料理にしてやるからな」
そう呟きながら、ハーベルクはブヒーモスの額に倭刀を突き入れた。何の抵抗もなく、ストンと刺さった瞬間、ブヒーモスは瞬時に絶命する。暴れることなく、その命を刹那に終わらせた。
「……」
ハーベルクは倭刀を引き抜き、その刀身を見た。素人の腕だというのに、血液すら付いていない。
「リルナ。余りこの剣は使わない方がいいかもしれない」
「うん……そうね」
『相応』、という言葉が二人の胸に去来した。
過ぎたる力は、何か不穏な陰を招くかもしれない。倭刀の刃を見つめながら、リルナは大きくため息を吐いた。
「やりました~。これでお肉ゲットですね~。ところでどうやって運びます?」
「あっ……」
ハーベルクがまたしても、しまった、という表情を浮かべるが、その隣でリルナがニヤリと笑った。
「ふっふっふ。任せてよ、ルルちゃん、ハー君っ! こんな時こそ召喚士の出番なんだからっ!」
リルナはそう宣言すると、ルルにペンを借りて、ブヒーモスの体に魔方陣を刻んでいくのだった。




