~ドラゴン・カーニバル~ 2
サヤマ城下街は主に三つの区画に分けられる。
住民たちが住む居住区には、生活に必要な食材屋や雑貨屋、レストラン等の店がある。比較的静かだが、子供たちの遊ぶ元気な声はいつも響いていた。
対して商業区には冒険者の店や武器・防具屋があり、歓楽街もこちらに含まれる。居住区とは打って変わって教育にはよろしくない空間が広がっていた。
南には神様を祀る神殿が立ち並ぶ神殿区があり、その先に女王が住むサヤマ城が立ちそびえていた。城の先は断崖絶壁になっており、羽でも生えていない限り海からの上陸は不可能。ちょっとした天然の要塞になっていた。
街の入り口は北と東門のみで、そこから中央通りと呼ばれる大きな道が真っ直ぐに通っている。馬車がすれ違える程の大きさであり、きちんとブロックで舗装されていた。その中央通りが交わる所……街の中心部には広場がある。正式な名称は無い為に住民からは『中央広場』とそのままに呼ばれていた。
出店であったり屋台がちらほらと有り、お昼頃になると肉や魚の焼ける良いにおいが漂うのだが、今は仕込みの最中。朝の時間帯は人も少なく、のんびりとした空気が流れていた。
「……」
そんな中央広場のちょっとした段差にリルナは座っていた。その視線は空へと向いており、茶色い瞳には、青がうつっていた。革のブーツを脱ぎ、足の裏をぺったりと石畳に付けてヒンヤリ感を楽しむと、ぽけ~っと空を眺めていた。
龍喚士、と引き抜きや勧誘が酷かった時期も過ぎ去り、レベルが5になった今ではルーキーを脱出したと言える。パーティ名はまだ無いもののリーダーを務めるリルナを勧誘する声は、もう少なくなり、ようやくと認められたようだ。
本日は適した依頼もなく休日となっていた。といっても、パーティメンバーであるお姫様、メロディは実家に帰っているし、爺少女のサクラは昨日から娼館に遊びに行って帰ってきてない。
お金には多少の余裕があるので、リルナは朝から散歩に出かけ、中央広場でぽけ~っと時間を潰していた。
「マヌケ面はいいが、よそでそんな顔をするなよ。サヤマ城下街の冒険者全員が笑われてしまうからな」
「ふへっ!?」
突然に声をかけられ、リルナは周囲のざわめきにようやく気づく。振り返ればサヤマ女王。そして、周囲には一般人や冒険者が遠巻きにこちらを見学していた。わいわいがやがやと物珍しい感じの視線に、リルナは女王陛下の後ろにある真っ白な物に気づいた。
「あれ、リーン君? 喚んだっけ?」
「今日はボクが呼びに来たんだよ」
「え?」
ぽけ~っと空を眺めていた為に上手く頭が回転しない。そんなリルナを見てサヤマ女王はため息をひとつ。しっかりしろ、とリルナを軽く手で弾き飛ばした。
「ぎゃああああぁぁぁっ」
二メートルぐらい吹っ飛んだリルナはそのままゴロゴロと転がりようやく止まる。そんな女王の一撃に、遠巻きに見ていた冒険者たちは瞳を輝かせた。
「すごいぞ今の一撃!」「軽く叩いただけでリルナちゃんが吹っ飛んだぞ!」「力の入れ加減が絶妙だ。あれはマスターできるのか?」「待ってろ、今紙に書くから」「紙に!?」「図で説明してやる」「図で!?」
なんていうやり取りを聞きながらヨロヨロとリルナは立ち上がる。
「な、なにするんですかっ! わたし、そんなに丈夫じゃないっ!」
「知ってる知ってる。ほれ、目が覚めたか?」
「起きてますってば!」
うがー、と女王に文句を言いながらリルナは元の場所に戻り、ブーツを履く。それから、改めてリーンを見た。
「呼びに来たってどういうこと?」
「パパとママに言われたんだよ。お世話になってるだろうから、連れてきなさいって」
「……パパとママなんて居たんだ」
そりゃ居るよ、とリーン。
「ボクは何から生まれたと思ってるんだ」
「え~っと……自然に?」
あらゆる属性を使いこなすホワイトドラゴン。言ってしまえば、森羅万象を司る存在とも言われているので、あながち間違いな解答ではない。
「ちゃんと母親から生まれてくるよ、ドラゴンも。数は少ないけどね」
「へ~、そうなんだ。で、どこに行くの?」
「浮遊島」
リーンに言われたリルナは、浮遊島? と首を傾げた。聞き馴染みの無い言葉であり、記憶にはサッパリと無い。なので助けを求めるように女王の顔を見る。
「空に浮かんでいる島だ。風に流れているのか、ルートを廻っているのか定かではないのだが、とりあえず世界のどこかをプカプカと飛んでる島だな。飛行能力を持たない人間種では辿り着けない場所であり、追いかけるのも大変だから学者すら無視している。そんな島だ」
つまり、良く分からない空を飛んでいる島、ということが理解できた。
「えっ……そんな所にわたしが行っていいの?」
人類未踏の地に初めて足を踏み入れるのが自分でいいのか、とリルナは驚く。
「いや、何人か来てるよ?」
「あ、そうなの?」
「うんうん、だから気にしないでいいよ。遠慮されたら、ボクが叱られちゃうし」
そういうと、リーンはリルナのマントを咥える。そのまま首を反らせるようにして、リルナを背中へと乗せた。
「ありがとう、女王様。案内ありがとうございます」
「うむ。時間がある時は私の訓練になってくれ」
「……嫌です」
「まぁ、そう言うな。リルナ、無事に帰ってきたら一緒に説得してくれよ」
「……いや、です」
「よし、約束だ。決定な」
「嫌って言った! わたし、嫌って言ったよっ!」
うへ~、とリーンは表情をゆがめる。女王の厄介な性格に気づいたようだ。
「娘には言っとくから、存分に冒険してこい。帰ってきたときは、たっぷりと訓練な!」
「嫌って言ってるじゃないですか~!」
そんなリルナの返事を聞いているのか聞いていないのか。
のんきに手を振るサヤマ女王に呆れつつ、リルナが落っこちないように姿勢を制御しながら、リーンは遥かに青い大空へと舞い上がるのだった。




