~ライバル・パーティ・アライバル~ 9
穏やかな風が流れる中で、リルナと真奈は対峙する。二人の手には、各々の武器が握られていた。リルナの剣は倭刀。真奈の剣は細身の刀身をしたもの。正眼に構えるリルナと違って、真奈は片手で持ち、少しばかり余裕でリルナを見る。
先ほどまでと違って、リルナは後頭部で結っていたリボンを外している。そして、右手首に付けていた青いスカーフをバンダナのようにして、頭を覆っていた。
「リルナちゃんって後衛じゃないの?」
そんな二人を見守るパーティメンバーの中で、桜花がメロディに質問した。
「後衛じゃよ。だが、剣士の訓練もしておる。もっとも、見習い以下の実力じゃがのぅ」
伝説級の武器である倭刀。その担い手であるリルナは、宝の持ち腐れを危惧していた。せっかくの武器を活かす方法は自分しか居ない。誰も買い取ってくれない為の苦肉の末の結論だった。
「見習い以下なのにどうして挑んだネ?」
玲奈は首を傾げながら質問する。その答えはサクラが答えた。
「そりゃ勝算があるからやろ」
「賞賛?」
「勝算。勝つ見込みやな」
見習いがどうして、と玲奈と桜花が尚更に首を傾げる事となったが、サクラとメロディはリルナを信用しているようだった。
そんな会話が聞こえたか聞こえなかったか、真奈はリルナに声をかける。
「どうやら、本気のようですね」
「本気だよっ。このまま何も無くて帰ったら、またスカイ先輩に意地悪なこと言われちゃうしね。真奈ちゃんを仲間にできたなら、きっとレベルもあがる」
「自信あり、みたいですわね」
「一対一なら、あんまり負けないよっ」
でも、サヤマ女王とかメイド長、サクラには勝てないけど。
と、リルナは心の中で呟いた。レベル90の化け物に勝てるのであれば、それはもうレベル90の化け物だ。残念ながらリルナは化け物になりたくなかったので、女王の観察をやめている。というより、見れば見るほど、視れば観るほど、知れば知り、理解してしまうほどに、女王に勝てる見込みが無いことが脳ではなく心に刻まれていく。
先ほどの戦闘中、リルナは前方の玲奈や桜花と応戦しつつも、サクラと真奈の戦闘も見ていた。もちろん、注視していたのではなく横目にうつる程度。それでも、真奈の実力をある程度見極めて勝負を挑んでいた。
「まいった、って言ったほうが負けねっ」
「まいった、と言わせたほうが勝ちね」
リルナ、真奈のお互いの言葉に頷き、そして一呼吸。
真奈が半身になり剣を構えると同時に、リルナは魔法を起動させた。もちろん、身体制御呪文であるマキナだ。弛緩させた状態から急激に緊張状態になったかのように、リルナの体は静止する。
「――……」
なんだそれは、と言いたげな真奈だが息を飲み、呼吸を整える。敵であるリルナの姿を見て、少しの〝やりにくさ〟を感じた。
人は呼吸をする。当たり前だが、呼吸をしないと死んでしまう。その呼吸にはリズムがあり、そのリズムは体を支配している。分かりやすいのが胸の動きだろうか。上下する胸は、一定のリズムで肺に空気を送り込んでいる。更に、呼吸が乱れた時には、肩まで揺れる。それもまた、一定のリズムがある。
しかし、今のリルナにはそれが無かった。呼吸を止めているのではなく、意図して息をする気配を止めているのではない。まるで絵画に描かれた剣士のように、静止していた。
風が吹き、サラサラと流れる真奈の髪とは違い、リルナの髪はバンダナで固定されている。少し伸びた後ろ髪だけが風に揺れた。
真奈は息を吸う。攻撃動作にうつる前。肺に酸素を送り込んだ真奈は、そのまま一足飛びでリルナと間合いを交差させる。
「はっ!」
振り下ろされる剣に対して、真奈は倭刀の腹で受け止める。ギンッ、という衝撃に動じることなくリルナは目を開く。
茶色の瞳に射抜かれるように、真奈は息を飲む。ジっと見つめてくるリルナの視線。その無言の意思を感じて、焦燥感がこみ上げてきた。
再び振り下ろされる剣を同じようにリルナは受け止める。だが、今度はすぐに二撃目が襲いくる。倭刀での反射を利用するかの如く、真奈は逆袈裟に斬り上げた。
「っと」
リルナはそれを一歩だけ後ろへ下がり避ける。そして、牽制とばかりに倭刀を真横へと薙いだ。追撃は無く、空振りに終わる一撃だが、仕切り直しとなる。
そこで真奈の表情は真剣なものへと変わる。どこか半信半疑だったリルナとの戦闘に対し、明確に相手をすることに決めたものになった。
「――やぁっ!」
大きく剣を振り上げての、重い一撃。袈裟に振られたその一撃をリルナは倭刀で受け止めた。華奢な腕で、後衛職では防げないような一撃だ。そこで確信しかのように、真奈は全力でリルナに打ち込む。
袈裟、逆袈裟、大上段から、股下から、右から薙ぎ、左から薙ぐ。その全てを、リルナはしっかりと受け止めるかのように倭刀の刃を重ねた。
森の中に重い金属を打ち付ける音が響く。その全ては真奈から仕掛けたものであり、リルナは防戦一方だった。しかし、だからといってリルナは追い詰められている訳ではない。文字通り、息ひとつ乱さず、淡々と真奈の攻撃を受けきった。
「くっ」
その乱れぬ行動に痺れを切らしたのか、はたまた妙に思ったのか、真奈は後退する。だが、その隙を見逃さずリルナは動いた。
まるで操り人形さながらの流麗な動き。無駄なく、ブレなく、お手本を更に昇華させたかのような脚捌き。その動きを真奈は先ほど体感している。
「サクラと同じ――!?」
そのまま斬りかかるリルナの倭刀を剣で防ぐ。その軌跡もまたサクラのものに似ていた。だが、受け止めた感触は、まるで違う。まるで力がこもっていない、上辺だけの攻撃だった。
「馬鹿に」
馬鹿にしているのか、と真奈が言葉を放つ前にリルナの攻撃が迫る。流麗な攻撃。美しさにも通じる動きを体現するリルナに、言葉を失う。まるで無駄のない攻撃。お手本を忠実に昇華させたかのような動きは剣士の鑑でもあるかのようだった。
ただし、その攻撃に重さや殺意といったものがなく、嘘みたいに軽い。見た目とは裏腹にまったくといって良いほどの経験値が含まれていなかった。
リルナの剣術は、現状は見た目だけ、だった。つまり、動きをそのまま追従しただけ。力の入れ具合は全くといってイイほどデタラメだった。
しかし、その完成された動きに隙は無く、今度は真奈が防戦一方となる。力のこもっていない攻撃といえども、リルナの持っている武器は倭刀だ。間違っても『肉を切らせて骨を断つ』を実行できない。
「うっ、く」
連撃に次ぐ連撃。その合間に、わずかにリルナの顔が歪む。何があったか分からないが、真奈はその隙を逃さない。緩んだ攻撃が到達する前に、自らの攻撃で割り込む。
「うひゃぅ」
悲鳴とは裏腹に冷静に避けるリルナ。攻守交替とばかりに、真奈は剣を突く。それを逃れるようにしてリルナは大きくバックステップで距離を取るが――
「あっ」
現在の戦闘場所は湖のそばといえど、森の中。突出している木の根に、足が少しばかり引っかかる。
そこを狙って真奈が突撃してくる。しかし、疲労があったのだろう……彼女の足もまた少しもつれ、リルナへ飛び込む形になった。
ガギンという鈍い音。奇しくも鍔迫り合いの形になり、二人は顔を合わせる。一気に疲労が押し寄せてきたのは、真奈だった。額に汗が浮かび、髪が額に張り付いている。呼吸が乱れ、肩で息をする寸前といった形だった。
対してリルナは疲れを見せない。だが、その体の周囲に時折、紫電のような魔力の乱れが生じる。マキナの持続魔力が切れ掛かっていた。
魔力が切れた瞬間、リルナの負けは決まったようなもの。しかし、持久戦に持ち込むほど、真奈の体力も残っていない。
「ふんっ!」
「このっ!」
そして考えたのが、頭突き。お互いの思考は一致していたらしく、カツンと小気味よい音が響いた。
「あいたっ! こんにゃろっ」
「負けるものか!」
涙目の二人は、剣を振るう。攻撃同士の刃がぶつかり、反発するようにお互いの腕が跳ね上がった。次に動いたのは真奈だ。前衛だけに傷みへの耐性は大きく、状況判断が早い。未だ額の痛みに涙を浮かべているリルナへ、攻撃を加える。
「やぁっ!」
目の前に火花が散り、鉄の弾ける様を幻視しながらも、リルナは真奈の攻撃を避けた。それも間一髪、最小限の動きで刃を避ける。
続けて横薙ぎに振られた一撃を屈んで避け、返す刀の一撃を倭刀で受けた。
「てりゃ!」
そのまま真奈へ飛び掛るように体当たりを決めると、二人はゴロゴロともつれ合うように倒れる。距離を取るようにリルナはそのまま転がり、素早く立ち上がると、真奈も立ち上がるところだった。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……!」
あえぐように空気を吸う真奈と、魔力枯渇が近くなっているリルナ。どちらがまだ動けるか、と問われれば……リルナだった。
ここにきてイメージ通りの足捌きでもって真奈へと肉薄すると、剣へと向かって倭刀をはしらせた。強制的に跳ね上がる剣。空へと向かって伸びた腕と剣に向かって、リルナは少しばかり跳んだ。
「おりゃぁ!」
そのジャンプで、魔力は枯渇する。最後は、リルナ自身の力でもって、真奈の持つ細身の剣を全力で叩いた。
「――っ!?」
体力も尽き、握力も尽きた真奈の剣は、彼女の手から零れて森へと墜落する。そして、その眉間に美しい波紋がたゆたう、倭刀が突きつけられた。
「はぁはぁ……ま、参りました……」
倭刀の切っ先はプルプルと震えていた。それを持つリルナは、頬を膨らませ、真っ赤な顔をして倭刀を握り締めていた。
「……勝った――!」
と、リルナが宣言した途端。まるで糸の切れた操り人形のように、リルナはその場でべちゃりと潰れてしまった。
「うへ、うへへ……ふひひ。か、勝ったよ真奈ちゃん」
「はぁ……はぁ……そのようだ」
真奈もまた、リルナの前に座り込む。
それを見て、確認して。
仲間たちはワッと二人のもとへと駆け寄るのだった。




