~ライバル・パーティ・アライバル~ 8
お互いにこれ以上は戦闘の意思を破棄すること。
という名目で、六人は湖の傍にある木にそれぞれの武器を立てかけた。もっとも、この中で唯一、アイテムを使わずに戦闘ができるリルナは口約束だけになってしまう。そこは勝利者、ということで納得してもらい、リルナたちは蛮族である真奈たちの話を聞くことにした。
「自己紹介からの方が分かりやすいと思うので」
そう前置きをし、真奈は頭を下げた。
「西の大陸から来ました、冒険者の薫風真奈。所属する宿の証はここに……」
真奈は袖口に付けられたピンバッチを示す。それは紛れも無く冒険者を保障する『冒険者の宿』のピンバッチだった。
「大陸って、お隣の?」
「えぇ」
リルナは頭の中に地図を思い描く。いつもは群島列島タイワだけで収まっている縮図を、もっと引いていき、西にある大きな大陸をおぼろげながらに思い出した。
「大陸にも冒険者はいたんじゃのぅ」
メロディも知らなかったようで、感心するように真奈たちのピンバッチを見る。タイワで生まれた者は、島間を移動することはあっても大陸に移る者は中々いない。冒険者ですら、列島から出る者はおらず、一部の商人くらいだろう。
人間にしてみればタイワだけでも四十七もの国があり、広大な島の土地は未だに未開拓状態だ。大陸に目を向ける暇など、まだまだ先の話だった。
「ということは……大陸では蛮族と人間はなかよぅ暮らしてるんか?」
サクラの質問に、真奈は首を横に振った。
「私たちが住む国だけです。他の国では、蛮族など人間種と認められていないわ。私たちの住む国の王が蛮族だから……一応は認められているの」
「それはまたややこしそうな話じゃのぅ」
メロディの言葉に、玲奈と桜花が苦笑する。真奈だけは、少し困った表情を浮かべるのだった。
「あ、あたしの名前は神導桜花だよ。職業は『精霊使い《スピリチュアル・テイマー》』。ねぇねぇ、リルナちゃんだっけ? 大精霊様を呼び出せるって凄いね!」
ダークエルフの桜花が人懐っこそうにリルナの手を取った。にっこりと笑う笑顔は可愛らしく、噂に聞くダークエルフの残酷さとは空島と海底ほど違った。
「私は天月玲奈ネ。まだちょっと共通語はニガテだから、ごめんネ」
少しだけ片言の共通語で玲奈は話す。最後に『ネ』をつけてしまうのはどうやら癖らしい。
「私は、蛮族の生まれだから共通語を覚えるのは難しかったネ。でも、だいぶ話せるようになったよ~」
どうだ、と玲奈は小さな胸を張る。ダークドワーフもやっぱり身長は低く、幼い容姿なので見た目の年齢と乖離している場合があるが、玲奈はどうやら年相応らしい。
「さっきはチビって言って悪かったネ。ごめんなさい」
「いやいや、妾こそ種族特徴をなじってしまった。申し訳ない」
メロディと玲奈は仲直り、とばかりに握手する。本来ならば危険とされる蛮族とこうして握手する機会があるなどと夢にも思ってなかったリルナたちは少しばかり戸惑うところもあったが、少々の会話を重ねるうちに慣れていった。
言葉が通じる分、ゴブリンやオーク、果てはヴァンパイアなどとは違い、容姿もほぼ人間種と同じであって、慣れるのは早かった。
「ところで、どうしてこんな所にいるの?」
リルナの質問に真奈は答える。
「実は依頼で、この森に固有で生えている植物の葉を採取しに来た。タイワでは蛮族と仲良くしている国は無いから、できるだけ隠れていたんだけど――」
「狩人さんにいっぱい遭遇しちゃった」
えへへ~、と桜花は笑う。さsくがに地元の狩人には隠れ続けることができなかったらしく、できるだけ見つからないように植物を探している内にズルズルと滞在期間が延びていったらしい。
「で、ようやく見つけたよ。それで、あとは湖を見て帰ろう、ってネ」
「こんな綺麗な湖はなかなか見られないので、最後にみんなで見て帰ろうとここまで来たところで、今に到ることに」
失敗したわ、と真奈はため息を吐く。どうやら彼女がパーティのリーダーであるらしく、判断を誤ったことに関して、少しばかり落ち込んでいるようだ。
「ふむ、それなら近くに集落があるので、一晩くらい泊めてもらえるじゃろう」
メロディの提案に真奈たちはギョっとした。
「いやいや、それは無理があるのでは?」
「優しい者ばかりじゃよ。正直に言えば大丈夫だと妾は思う。ダメだったら、妾も一緒に野宿するのじゃ」
メロディの提案にリルナも頷く。
「いい人ばかりだったよ。きっと大丈夫だって」
でもね~、と桜花と玲奈は顔を見合わせた。しかし、数日間の森での野宿は女の子的に疲れが溜まっていたらしく、心は動かされている。
「大丈夫だいじょうぶ」
「怖くないよ~、みんな優しいよ~」
「怪しい勧誘みたいやなぁ」
サクラの呆れた言葉はさておき、一泊の誘惑に耐え切れなかった蛮族一同はリルナたちの言葉を受け入れることにした。
「あ、そうだ」
そこで、リルナはポンと手を打つ。
「わたし、召喚士なんだけど」
と、切り出す。召喚士という魔法の特徴と職業を説明した上で、はい、と手を上げた。
「どうぞリルナちゃん」
桜花が続きをうながす。何気にリルナと相性が良さそうなダークエルフだった。後衛職で同じ魔法使い系として気が合うのかもしれない。職業がマイナーなだけに。
「わたしの召喚獣にならない?」
「断る」
間髪置かずに真奈は声をあげた。
「やっぱり……ダメ?」
「私は修行中の身であって……他人の役に立っている立場ではないの」
真奈はそういうと、視線を反らせるように湖を見た。あらら、と戸惑っていると桜花が助け舟を出してくれる。
「真奈ちゃんは、貴族なんだよ。冒険者をやってるのは今だけで、結果を残さない限り花嫁の道が待ってるの」
「政略結婚、というやつじゃな。妾も貴族じゃ」
メロディの言葉に、真奈は救いを求めるような瞳を向ける。しかし、すぐにその視線は地面へと落ちていった。
「それに、真奈はサクラにぜんぜん強さが敵わなかったから、落ち込んでるネ」
「ウチか」
玲奈の言葉を受けて、真奈は低い唸り声と共に座り込み、膝を抱えてしまった。サクラはそんな真奈を見て、みえた、などと呟くがリルナとメロディの肘が両わき腹に炸裂したので、言葉を整える。
「すまんが、ウチに勝てんで当たり前や。これでも二百年、剣士やっとるからのぅ。それに武器の性能も違うやろ」
「例え武器が逆であっても、私はあなたに勝てなかった……って、二百年?」
「そうや。見てみ」
サクラはその場で装備を外し、上着を脱いでみせる。森の中で素肌を晒した少女の姿にギョっとする蛮族一同だが、リルナとメロディにしてみれば元爺が脱いでるだけなので、あまり驚きはしなかった。
「見るって、おっぱい?」
桜花のセリフに苦笑しつつ、サクラは首を振る。少しばかり彼女が集中したかと思うと、サクラの体は異様な文様に包まれた。禍々しいといっても過言ではない程に、多種多様な刺青のようなモノがサクラの体を覆う。最終的にはサクラの体を塗りつぶすように、真っ黒になってしまった。
「魔女の呪いや。これのせいでウチは長いこと生きてきた。普通に死にたかったからな、モンスターに食べられる訳にもいかんから、自然と剣の腕は上がっていった。たった十年ほどしか生きてない嬢ちゃんが勝てんでも不思議やないで――って、ちょっと引かんとってぇな」
あまりに異様な姿に真奈はおろかリルナたちまで距離を取っていた。サクラはすぐに呪いの具現化を引っ込める。なにか汚い物でも見るような目でリルナとメロディは戻ってきた。
「なんやその視線……」
「レナンシュが初見で逃げた訳が分かったのじゃ……」
「えんがちょ」
リルナの頭にサクラのチョップが炸裂した。
「まぁ、ウチらの戦力が増えるに越したことはないから、召喚獣になってくれるんは歓迎するけどな。良かったら、稽古も付けたるわ」
毎日、夜になったらリルナに召喚してもらい、剣を交えたらどうや、とサクラは提案する。
「しかし……」
「あ、それだったら」
リルナはパンと手を鳴らす。そして、いつもは可愛らしい笑顔を浮かべる表情を、すこしばかり意地悪そうにゆがめた。
「わたしと勝負しようよ、真奈ちゃん。わたしに勝てないようだったら、サクラに稽古してもらったほうがいいよね」
「勝負って……どういった内容の勝負?」
「もちろん、剣よ」
リルナは挑発するような笑顔を浮かべる。その表情は自信満々といった感じで、真奈の視線を真正面から受け止めた。
「わたしが剣で勝ったら、真奈ちゃんを召喚獣にしちゃうからねっ!」
その言葉に応えるように、真奈は立ち上がるのだった。




