~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ 解決編1
よう、と声をかけてきたのは、サクラだった。なぜか男をひとりヘッドロックで拘束しており、屋根の上からリルナたちを見下ろしていた。
「サクラ?」
「リルナ、ウチも仲間に入れてんか。ほれ、降りるで」
「あ、いや、ちょっと」
サクラは男の静止に耳を貸さず屋根から路地へ飛び降りた。その際に拘束している男も、不安定な体勢だというのに、見事に着地してみせる。どこか特徴の無いような男だが。その身のこなしは一流であり、逆にそれが盗賊ギルドに所属している者という証明になった。
「手伝ってくれるの?」
「いや、どっちかっていうとウチも別件でな。マインが行方不明なんや。で、情報を集めとったら街中で不穏な動きしとる奴がおる。こいつが犯人やーって捕まえたらハズレやった」
「面目ない……」
盗賊ギルドの人間が捕まってしまうのは確かに情けない話だ。しかし、冒険者レベルは低いが実力はベテランの域をこえて英雄レベルに片足を突っ込んでいるサクラだ。仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
「マインが行方不明……!? それって、やっぱり?」
リルナの視線が自然と美術館へ向かう。それに対してサクラはうなづいた。
「どうやら無作為に強制的に拉致っとるらしいわ。マインの他にも行方不明になっとる人物がおる。しかも極短期間にな。で、その誘拐犯の姿が共通して黒い衣装を頭からスッポリとかぶっとる人物らしい。被害者が多いだけに目撃者もちらほらとおったわ。で、その黒い衣装やけど……」
「美術館の作業着に酷似している、という情報です」
サクラの後を引き継ぎ盗賊ギルドの男が結論を述べた。つまり、三者三様の方法で事件に遭遇し、各々の調査結果が共通して美術館となっている。
「ほぼ間違いはなさそうですね」
メイド長の言葉に全員はうなづく。
「それで……どうするの? どうやって入る?」
「それやったら、ここにプロがおるやん。鍵開けは任したで」
サクラが盗賊ギルドの男の背中をバンバンと叩く。その勢いに数歩だけつんのめって、男は苦笑した。
「私は非戦闘員ですからね。鍵開けはしますが、その後はお願いしますよ」
そう言い残してフラフラと歩いていく。そこに居るというのに気配が希薄になった気がして、リルナは思わず目をしばたかせた。メロディとルルも驚いている様子で彼を見守る。
男はフラフラとしながらも周囲を窺うと誰も見ていないことを確認。すぐさま重厚な扉へ近づくと、なにやらコソコソと手を動かしている。だが、それも束の間。だめか~、みたいなジェスチャーをして、そのままどこかへ行ってしまった。
「あれ? どっか行っちゃった。失敗?」
「いえ、成功です。さ、侵入しますよ」
メイド長を先頭にして、一同は素早く扉へと移動した。集団となると騒動に目立ってしまうため時間はかけていられない。幸いに美術館裏に人の姿はなく、また近寄ってくる気配もない。
「入りましょう」
静かにメイド長が告げ、重そうな扉を軽く開けるとその隙間に身をくぐらせた。まるで猫みたいだ、と思いながらもリルナが続き、メロディ、ルル、サクラと中へと入る。サクラが両手で静かにドアをしめると、シンとした空気に少しだけ波が立つ。できるだけ息を殺してそれに耐えると、目立った動きなどはなく再び空気は沈着した。
美術館の裏、つまり倉庫となっている場所であり、そこには多種多様な物が雑多に置かれていた。そのほとんどが布にくるまれており、展示前の美術品と思われる。四角い物は絵画で、それ以外は彫刻品だろうか。
それらを眺めていると、メイド長が指をさす。進む、ということらしい。その後に、リルナたちを指さし、地面を指す。つまり、先行してメイド長が調査をするのでここで待て、ということだろう。
有無を言わさず、メイド長が行動を開始する。音もなく移動していく様は、どうみても熟練の盗賊だった。
「さすがサヤマ城のメイドさんだ」
と、リルナは思わずつぶやいてしまうが、果たしてメイドって何だっけ? と思い首を傾げる。メロディは肩をすくめていた。昔からの謎、ということかもしれない。
周囲を警戒しつつ、その場でできる限りの探索をしているとメイド長が戻ってきた。静かに、と口の前で人差し指を立ててから報告する。
「向こうの奥は美術館でした。恐らく、どこかに秘密の入口があると思われます」
それを探しましょう、とメイド長は静かに続けた。
美術館内部に怪しい場所は無い。よって、この倉庫のどこかに隠し扉があると予想できた。それを考慮して、一同は探索を開始する。といっても、好き勝手に動き回れる訳ではない。リルナたちは素直にメイド長の盗賊スキルに任せることにした。
まずメイド長が行ったのは足跡の確認だ。床はすでに色々と汚れている。素人目には足跡などの判断は難しいのだが、メイド長はそれを見分けていく。
「足跡とか見えるか、リルナ?」
「一応……なんとなく……」
お姫様にはサッパリと分からないらしく、すごいのぅ、とリルナをほめる。そんなほめられたリルナも、メイド長が判断したからこそ見えているだけで、自信は無かった。サクラとルルは最初から探す気もないらしい。サクラはそれよりも周囲の警戒に努めているし、ルルは冒険者ではないから当たり前といえば当たり前なのだが。
無数にある足跡からどういった基準で選び出すのか、興味あるリルナはメイド長の動向を窺う。結論から言えば、メイド長は足跡が少ない方へと移動していった。それはつまり、美術館の職員を除いた足跡だ。あまり使われていないが、それでも何度か往復したであろう足跡を選出し、それを追う。
「ここですね」
到着したのは倉庫の端にある一体の彫刻だ。白い布が被せてあり、どんな彫刻かは分からない。そんな像が置いてある場所へと足跡が続いているらしかった。すでにリルナの目には足跡なんて欠片も判断できないレベルだった。
「隠し階段かなっ」
足跡がここで消えているとなれば、疑うのは彫刻像が乗っている板の下。みんなで、せーの、と彫刻を動かそうとしたが、大きさの割に驚くほどに軽く、ルルでも両手で持ち上げられそうな重さだった。
「偽装やな。どれどれ」
サクラが布を外すと、そこには白い彫刻像が姿をあらわす。一見して石像ではあるのだが、近くで観察すると紙で作られているのが分かった。それはそれで凄い技術なのかもしれないが、今は感心している場合ではない。
今度こそみんなで、せーの、と板を動かす。予想通り、その下には階段が隠されていた。地下へと続く階段で真っ暗かと思いきや、途中にランタンが吊るされており、足元を照らしていた。
「誰か居るってことだよね」
リルナの言葉にメイド長はうなづく。再び彼女を先頭にして、階段へと降りていく一同。ゆっくり静かに降りていくのだが――
「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
という叫び声が聞こえてきた。
その声を聞き、メイド長は階段を駆けだす。慌ててリルナたちもそれを追いかけると、広い空間に出た。ランタンの光が地下室を照らし出し、不気味な光景をうつしだす。
「うわっ!?」
そこにいたのが、一体のバケモノ。
そして、悲鳴の主と思われる人間の死体が、ぐしゃりと潰れていた後だった。




