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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その10 ~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~

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~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ SIDEサムライ 5

 衛兵の仕事は夜中でも変わらない。何か異常がないか、モンスターの襲来はないか、困っている人がいないか、夜中に危険な外に出る者に注意をうながす、といった仕事だが退屈極まりない。

 なにせ、ほとんど何も起こらないからだ。冒険者の多い街だけあって、サヤマ城下街周辺は滅多にモンスターや蛮族が現れない。蛮族にはすでに危険地帯と思われており、モンスターは狩られ尽くしている。時折、ハオガ山のゴブリンが商人の馬車やルーキー冒険者を追いかけてくる程度であって、そんな商人もルーキーもやってこない夜中は蛮族たちも夢の中だった。

 退屈であくびを噛み殺しもせず、浮かんできた涙をぬぐっていた衛兵の青年は、奇妙な姿を見て、再び目をゴシゴシとこすった。


「おい、あれ……」

「なんだ、どうした?」


 二人一組での門番で、相方が指さす方向を凝視すると、夜闇の中をズリズリと巨大な何かを引きずる美少女が目にうつった。


「新しいモンスターか?」

「いや、幽霊の類じゃないか。アンデッドかも?」


 ともかく、夜中に一人で出歩く人間は、冒険者であっても稀有だ。それこそアンデッド系のモンスターと思うほうが通常である。しかし、慌てる衛兵たちの存在は無視して、その美少女はズリズリとゆっくりと近づいてきた。


「こ、こんばんは……悪いけど、通してんか……」


 美少女は独特のイントネーションで共通語を話した。つまり生前の記憶を失ったアンデッドではなく、正真正銘の人間だという証明だった。


「あなたは……サクラさん?」

「そ、そうやで。ウチも有名になったもんやな」


 ふへへ、とサクラは苦笑する。その笑顔は汗にまみれており、黒く艶やかな髪は額にべっちょりと張り付いていた。服も同じく汗にまみれているようで、大陸のキモノ風の衣服は湿り切っており、少女のフォルムを浮き立たせていた。

 濡れそぼった姿が幽霊に見えたのかもしれない。そんな汗の原因は、サクラが引きずる巨大な大木のせいだった。直径はサクラの身長ほどあり、それをロープで縛って体に括り付けている。いったいどこから引きずってきたのか、サクラの汗からは想像できないが、相当に重たいのだろう。ゆっくりと動きながら門をくぐり、サヤマ城下街の中へと入った。


「こ、これは何ですか?」

「木や……ただの木ぃや~」


 衛兵が疑問に思ったのも無理はない。サクラが運んでいるのは丸太ではなく、木そのものだった。それは樹木というには程遠い背の低い木であった。ただただ横に、年輪を重ねることだけに費やしたかのような木は、二階程度の高さしかない。まるで太り過ぎのブヒーモスのような大木は、夜闇の中では判断できなかった。


「手伝いましょうか?」

「それはありがたいな。せやけど、何のお礼もでけへんで」

「お気になさらず。住民の安全が衛兵の務めですから。このままではサクラさん、倒れてしまいそうですし」


 確かに、とサクラは苦笑しつつまたズリズリと引きずっていく。衛兵の青年に手伝ってもらいながら真夜中の城下街を進んでいった。

 さすがに人通りは少ないが、それでも冒険者っちが騒ぐ店は多く街明かりは途絶えない。そんな中をゆっくりと大木をひきずっていると、同じく大荷物を移動させる人を見つけ、サクラは苦笑する。


「ウチみたいなんが、他にもおるやんか」

「あぁ……あれは、美術館の人たちですね。大きい絵が飾ってありますからねぇ」

「お前さん、芸術に興味があるんか。若いのに珍しいな」

「いえ、ほら絵画ってなぜか裸の女の人が良く描かれているじゃないですか。それで、同僚といっしょに盛り上がって、つい」

「あっはっは!  そりゃイイ芸術やな。お礼にウチの胸でも触っていくか?」

「いえ、私はもっぱら巨乳派でして」

「あぁ~、期待に応えられんで申訳ない」

「お気持ちだけ受け取っておきます」


 サクラはともかく、衛兵の青年も汗だくになりながらイフリート・キッスまでたどり着いた。まだまだ冒険者たちは酒盛りに夢中になっているらしく、一階ではワイワイと声が響き渡る。そんな声を聴きながら裏庭になんとな大木を運び終わると、衛兵の青年はすぐに門へと戻っていった。同僚を一人で残したのが心配なのだろう。


「立派な衛兵やなぁ。この街は、安泰や……で……」


 そうつぶやくと、バッタリとサクラは仰向けに倒れる。ちょっとした行き倒れであり、サクラの意識はすぐに失われ、夢の中へと旅立って行った。


「ふがっ!?」


 ビクリと体を震わせてサクラが目覚めた時、太陽はすでに登り切ったあとだった。といっても、お昼に近いわけではなく、まだまだ朝と呼べる時間帯。商人ならば、そろそろお店でも開けようか、という時間だった。


「もう朝か……ふあ~ぁ」


 大きく伸びたあと、汗まみれだった服と体を思い出しサクラは口角を下げる。すっかりと乾いているが、逆にそれが不快感でもあった。さっさと着替えようと勢い良く飛び上がり、裏庭に面する窓へと着地した。

 お金に余裕ができたので何着か買ってあった布の服とスカートに着替えると、ベルトを装着し倭刀を装備した。それから一階へ降りると、珍しくカーラの姿はなく、料理人のコボルトだけがノンキに休憩していた。


「おはよう、わんこ」

「わんこじゃないってば……朝ごはん食べるのサクラ?」

「おかゆが食べたいなぁ」

「またそんな変な注文して……」


 しばらくして、注文通りのおかゆを受け取ったサクラはもそもそと食べると、器を丁寧に厨房まで持っていく。ごちそうさま、と一言伝えるとそのまま足早に出て行った。目指す先は武器防具店リトル・ヴレイブ。

 カランコロンとドアベルが挨拶するが、サクラはそれに答えずにズンズンと奥へと移動する。そのままカウンターまでやってきたのだが、肝心な店主の姿は見当たらなかった。


「留守か? でも開いとったしな……」


 店員がいないのに、店が開くわけがない。ごめんやで、とサクラは誰に謝るでもなくカウンターの先、最奥の扉をあけた。その先はマインの工房であり、ドワーフの秘術でもあるマジックアイテムの制作現場でもある。おいそれと他人に見せて良い空間ではないので、厳重に施錠されているはずなのだが、扉は簡単に開いた。

 しかし、工房にもマインの姿はない。


「トイレか……違うな。そうやない……」


 炉に炎は宿っていない。工房の空気は冷たかった。つまり、作業が行われていない証明だ。


「いつからや?」


 マインはサクラといっしょにお風呂造りをしていた。だから炉の火は消えている可能性もある。だが、サクラは妙に胸騒ぎに襲われていた。

 背中がチリチリとこげる感覚。喉に何かつっかえるような、もどかしさ。


「何かあったんか」


 足早に店を出ると、サクラは周囲を見渡す。数名の冒険者が通りを歩いているだけで、それは日常と何ら変わりない。特に異常が起こっているわけではなかった。

 サクラはリトル・ヴレイブの隣にある武器屋へ移動し、躊躇なく中へと入る。いらっしゃい、と店主である男が声をかけてきた。


「すまん、隣のマインなんやけど、どこ行ったか知らんか?」

「リトル・ヴレイブさんかい?」


 せや、とサクラは頷く。商人の間では屋号で呼び合うことが多い。


「出かけたところは見てないねぇ」

「そうか……ほな、なんか変わったことなかったか?」

「それだったら、昨日の夜中。なんか騒がしかったなぁ。彼女、マジックアイテム作るときかは知らんが、時々すげぇ音が響くときがあってな」

「なんか作っとったんか?」

「いや、それとは違った騒がしさだったぞ。えーっと、バタバタしてたって言うんかな。まるで引っ越しするみたいな音だったな」

「引っ越し?」


 もちろん、リトル・ヴレイブの中はそのままで引っ越しの形跡はない。


「どういうことや?」

「あぁ、あれだ。窓から何か大きい物を運んでるんが見えたから、そう思ったんかもしれないな」


 武器屋店主はそう語り、状況を思い出してくれる。それを聞きながらサクラは、表情を険しくしていくのだった。


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