~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ SIDEサムライ 4
全裸流出事件を経て、サクラはすっかりと暗くなった夜空を眺めながらトボトボと歩いていた。お風呂は失敗。水が外へと出ようとする力は思った以上に強く、その力を見誤った為に起きた結果ではあった。
「う~ん、ごめん……」
マインは腕を組みながら謝り、頭の中で方法を模索する。しかし、良い案が浮かばないらしく、着替えを終えたサクラに対して肩をすくめてみせた。
「また木材を調達してくるわ」
「あぁ、もう使えないか」
バラバラに散らばった木材。再利用しても、結果は同じだろう。結局、また全裸で流されるのが目に見えている。
「ほな、また明日な~」
「は~い」
と、マインが帰るのを見届けてから、サクラは再びフルイーチの森に移動した。さすがに夜間での外出なると警備兵たちに止められる。それでも、大丈夫や、と青年兵をあしらって外へと出た。
蛮族やモンスターの中には夜目が利く者も多い。人間には無い能力の為に夜間は彼らのほうが有利だ。だからこそ、夜に出歩く者は少ない。
そんな中をサクラは歩いていく。残念ながら星は見えず、曇り空。真の闇が世界に訪れていた。
しかし、サクラは臆することなく歩いていく。前方に無謀な蛮族の姿が見えても止まりはしなかった。
「×××××」
蛮族の言語がサクラの耳に届く。目の前に現れたのはホブゴブリン。灰色の肌はすっかりと夜闇に溶け込み、その輪郭すら不明瞭だった。
格好の獲物と油断したのか、はたまた警戒しつつの一撃だったのか。振り下ろされるハンドアックス。どこからか調達してきたその刃物は、サクラに届くことはなかった。
両手が切断される。赤い血液がどぷりと噴き出したかと思うと、ホブゴブリンの首が呆気なく体から転がり落ちた。
血振るい。
いつの間にか抜刀していた倭刀を振り、鞘に収める。光が一切としてない世界では、倭刀の刃は見えなかった。光を反射せず、闇を映すその刀身は、透明の刃に成り果てていた。
振り返りもせずサクラは歩く。ドサリと、倒れる音すらも聞かずに歩き続けた。その頭の中はお風呂のことでいっぱい。いかに気持ちよく日々を過ごすか、で思考は満たされていた。
フルイーチの森に辿り着き、目を覚ましたポップンに纏われ付かれながら、魔女の迷宮に侵入する。そのまま最奥の部屋まで辿り着くと、ベッドで寝ているレナンシュの横にもぐり込んだ。
「……ん~、ん……? ふ、へ、ひゅおおおおお!?」
モゾモゾとサクラが布団の中で動いた瞬間、レナンシュが奇妙な悲鳴と共に跳ね起きる。ついでとばかりに自分に絡みつくサクラを引き剥がし、全力で蹴ってベッドから落とした。
「痛い……」
「ふー、ふー、ふー」
レナンシュは大きく息をしながら、いつもの真っ黒なローブを着た。そこでようやく落ち着いたらしく、床でゴロゴロと転がっているサクラに声をかける。
「どうしたの?」
「失敗した。そやから、また木を取ってこなアカンねん」
「え~……」
「なんか良いアイデアないか? お風呂に入りたい、毎日温かいお湯につかりたい……」
うがー、と床に倒れ伏しているサクラをレナンシュは見下ろす。
「そんなに?」
「そんなにや。もう一生のお願いレベルや」
嘘っぽいなぁ、と呟きながらレナンシュは失敗した経緯を聞いた。ポツポツと語るサクラの話を聞きながらアイデアを出した。
「おっきい木をくり抜いたら? そしたら絶対に壊れないよ」
「……そんな木、作れるんか?」
「太くしたらいいんでしょ」
「そや。太くて硬くて大きいんがええんや!」
「……」
「スイマセンでした」
半眼で睨みつける魔女の視線を受けて、少女爺は俯いて謝った。
「あと、これは使える?」
レナンシュはベッドから降りて机に向かう。色々な物が散乱する中、ひとつの石をサクラに手渡した。
「なるほど、魔石か」
魔石とは属性の魔力が封じ込められた石であり、大きさは指先ほどの小さな物から掌大まで様々にある。透明な宝石みたいではあるが、石そのものには価値はない。石の中に封じられた魔力量に価値がある。
レナンシュから受け取った魔石は小さく、中には赤い魔力が見える。つまり、火属性の魔石だった。そこまで高価な物でもなく、道具屋に行けば普通に買える。
使い方は簡単で、少しばかり刺激を与えてやる……例えば、割ったり魔力で刺激してやると、中の火属性が働き始める。小さい火の魔石ならば温度が高くなり、大きい物であれば火柱が発生する程度だ。
一番重宝されているのは、それこそ火属性の魔石だろうか。火を熾すのに手っ取り早く使える訳だ。もっとも、小さな物でも500ガメルほど。使い捨てでポンポンと使用できるのは、よっぽどお金が余っている冒険者くらいなもの。贅沢な使われ方はしていない。
また、冒険者が使うのであれば戦闘時が多い。魔法使いの火の魔法の効果をアップしてくれたり、短時間ではあるが火属性を纏うことができる。だが、やはり使い捨て。金銭面と折り合いは中々につかない魔石だった。
「燃えないような金属の箱に入れて、くり抜いた木に沈めたらお湯になる」
「なるほどな。入りたければ、一回500ガメルっちゅうことか」
入浴料としては、高い。しかし、何も一人で楽しむ訳ではない。集団で利用すれば、それこそ一人当たりの割合は少なくなる。
「さすがレナンシュ。お前さんは天才か!?」
「ふっふっふぅ」
目深にかぶったローブの下で、レナンシュは魔女らしい不気味な笑みを浮かべた。
「という訳で、木をお願いするわ」
「やだ」
「なんで!?」
「疲れるから」
「え~!? 頼むわ、お願いや。気持ちいいこといっぱいしたるから!」
「そっちがするんだ……」
「え、レナンシュがしたいん……?」
「え?」
「え?」
魔女の迷宮の奥底で。呪われた人間と魔女が、疑問符を浮かべあうのだった。




