~お使いクエスト~ 3
サー・サヤマ城。海に面した崖の上に建つそこそこ立派な城のもと、その城下街はおよそ三つの区間に分かれていた。
西側は人々が住む住民区、東側は冒険者の店なども集う商業区、そして南側にサヤマ城があり、その周囲には宗教施設である神殿が立ち並び、貴族達もこの周囲で暮らしている。尤も、冒険者が多いサヤマ城にて貴族の立場など有って無いようなものだが。
西側にも食材店などの店はあるが、やはり商業区の豊富さには勝てないだろう。商業区には露店なども多く、通り全てがひとつの巨大な店というストリートまである。うまく交渉すれば、どこよりも安く物が買えるので、利用しない手はない。
そんな説明をハーベルクとルルに聞きながらリルナはリンゴを齧った。露店で買ったもので、一個50ガメル。空っぽだったお腹には丁度良い。
「冒険者はあまり南側に近づかない方がいいよ」
「そうなの?」
ハーベルクの言葉に、リルナは聞き返す。言われた南側で見えるのは、荘厳に鎮座するサヤマ城の姿。この国のトップは女王であり、『サー』の称号を与えられた元冒険者。そのお陰で、この街では冒険者が溢れる程に集まっている。リルナが知っている知識はそれぐらいのものだった。
「お城はいいんだけど、神殿の中では冒険者を嫌っている人もいるからね。どうやら神官は平等ではないらしい」
「神官か~。回復魔法が使えるから仲間に是非ほしいのよねっ」
回復魔法……つまり神官魔法だけに与えられた特権である。肉体の傷を癒す魔法だ。高位の神官魔法になると死者を蘇らせることができるらしい。尤も、法外な金額を請求されるらしいが。
喉から手が出る程に欲しい魔法なのだが、残念ながら学校では取得できない。回復という神聖な魔法は、神の声を聞くことが出来る神官のみに与えられる魔法だ。
「神官を仲間に引きこむのは大変ですよぉ。マジメに神様に奉仕する人ほど得に」
ルルがご自慢の森羅万象辞典を広げて説明してくれる。
「回復魔法は敬虔な神様の使途であればある程、凄い魔法が使えます。レベルで換算すると、レベルが50ぐらいで人を生き返らせる魔法が使えるそうですよ。でも、そんな偉い人が冒険者の仲間にはなってくれませんからね」
「そっか~。神様もケチねっ」
「色々な神様もいますから、冒険者に声をかける神様がいますよ~。リルナちゃんには無理っぽいですけどねぇ」
クスクスとルルは笑った。
「え、どうして?」
「さっき神様の文句を言いました。たぶん聞いておられるでしょう」
ルルは空を指さした。
基本的に神様たちは空の上にいるとされている。本当に時々、大地に降り立つことがあるので、そう謂われているそうだ。
「まぁ、あんまり近づかないことだ。リルナみたいに回復役を求めて神殿に出入りする冒険者が増えて問題になったことがある。それから神殿側は冒険者を警戒するようになったのさ」
「ふ~ん、そっか~。気をつけます」
街に着いたばかりでもあり、そんな厄介な面倒事を起こしたくないリルナはしっかりと頭の中に入れておくことにした。
そもそもパーティはまだ結成されていないので、贅沢な悩みだ。リルナとしては是非とも前衛を見つけなければならない。それまではモンスターと相対するような依頼は受けることが出来ない。せいぜい、今回みたいなお使いクエストが関の山である。
リルナの食べているリンゴが芯だけになった頃、ハーベルクが懇意にしている店に付いたらしい。食材屋『ファミルトン』。店先には大きなガラスケースがあり、いかにも『肉屋』という雰囲気を醸し出していた。
「おう、ワン公。いらっしゃい!」
リルナ達が店先に到着すると、筋骨隆々としたおじさんが声をかけてきた。どうみても冒険者的な筋肉が盛り上がった体に加えて、見事にハゲあがった頭。超がつく程に恐い顔は子供にトラウマを与えかねない。
「ワン公じゃない。ボクの名はハーベルク・フォン・リキッドリア13世だって言ってるだろ」
「がははははは! オレにそんな長い名前が覚えられるかってんだ。こればっかりは常連でも無理だなぁ!」
「ひ、ひどいワン……」
おじさんは豪快に笑いながら髪の毛のなくなった頭をピシャリと叩いた。
「しかし、今日は両手に花じゃないか。どうした、コボルトは人間を嫁に迎えるのか?」
「嫁じゃないっ」
「嫁じゃないですよ~」
リルナとルルは果敢にも否定した。尤も、それもおじさんの笑いのツボを刺激したらしく、ピシャリと頭を叩いてゲラゲラと笑う。
筋肉で膨れ上がった腕だ。あれだけでも相当な攻撃力なんじゃないか、とリルナは思った。
「ルルは知っているだろ。ただのアルバイト。こっちはリルナで、ウチの宿の新入りだ」
「ほう、嬢ちゃん。新入りか」
リルナはフンと胸を張って見せた。その小さな胸にはイフリートキッスに所属することを証明する炎に燃える赤いリボンのピンバッチ。
「その若さで冒険者か。なかなか気概がある嬢ちゃんだ」
がっはっは! とおじさんがリルナの肩を叩こうとするが、リルナは素早くバックステップ。おじさんのスキンシップは空を切った。
「あ、危うく肩がもげるところだったわ」
「はっは! 人間はそんな簡単に解体できねーよ。こいつが必要だ」
おじさんはエプロンにぶら下がっていた包丁を取ると、空中に放り投げる。それを巧みに操って見せた。なかなかどうして、筋骨隆々のゴツい腕と手の割に器用な動きだ。
「す、すごい」
「30年、こいつで喰ってるんだ。これくらい朝飯前の仕込みより簡単だぜ」
分厚い胸板をこれでもかと張って、おじさんはゲラゲラと笑った。どうにもご機嫌なのは彼なりの営業スタイルなのだろう。営業スマイルが豪快なのは、初見に少しばかり厳しい。
「それで、肉が欲しいんだが」
「ふむ、それなんだが」
ハーベルクとおじさんは途端に神妙な面持ちとなった。二人とも声のトーンが一段階低くなる。急に訪れたマジメな雰囲気にリルナはオロオロとするが、ルルはいつも通り笑顔だった。
「すまんが全て売り切れだ」
おじさんの言うとおり、ガラスケースの中に、肉は一欠けらも無かった。
「さっき城の人間が買い付けに来てな。なんでも今日、お城でバーベキュー懇談会というのを決行するらしい。店の肉を全てくれと言われて、文字通り全て売った。こんなに儲けた日は過去30年になかったぜ。人生長いと何があるか分からんよな」
おじさんは笑わなかった。まるで夢のようだ、と言わんばかりだ。
「恐らく、この辺一帯の店がやられてるぜ。ほれ、ところどころホクホク顔で店仕舞いしてるだろ」
三人が周囲を見渡すと、確かに営業を終了している店が多い。そして、何故かニコニコ顔で談笑している住民達。
「そ、そんな~。お肉食べたかったのにぃ」
30年に一度という珍事に、リルナはがっくりとうなだれた。口の中のリンゴ味が消え去り、肉をお迎えムードだったがすっかりと消え去ってしまった。
「すまんな、嬢ちゃん。日が悪かったと思いねぇ」
「そ、それは? なんかぶら下がってるヤツ」
店の奥に肉の塊が釣られている。まだ何かしらの動物の形を残している物であった。
「あれは仕込み前のプーギーだ。熟成前は臭いがキツくて喰えないぜ」
リルナはハーベルクを見た。
おじさんの言葉に間違いはないらしく、静かに頷く。
「うわ~ん、肉っ、肉ぅ~。リンゴじゃ満足できないよぅ!」
リルナの口の中で再び肉の準備が始まる。美味しい肉汁をこれでもかと受け入れる準備が不幸にも完了してしまった。
そんな事にも関わらず、このおあずけである。
まるで駄々っ子のように、肉を連呼するしか彼女には残されていなかった。
「まったく素敵な嬢ちゃんだ。そんなに肉が食べたきゃ一つだけ方法があるぜ」
その言葉に三人はおじさんの顔を見る。
ニヤリと笑ったその顔は、やっぱり子供が泣きそうなくらいに恐かった。




