~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ SIDE召喚士 6
夕闇に染まる中、ルルに案内されてリルナが辿り着いたのは一軒の酒屋だった。石造りの外見はしっかりどっしりとしたイメージで、窓はひとつだけ。中ではランプの明かりが付いているらしく、窓からオレンジの光が漏れていた。
看板は無く店の名前は不明。リルナが酒屋と判断したのは、ドアの上に付いた小さなプレートにワイングラスのイラストが刻まれていたからだ。
「ここは?」
「リルナちゃんは何も喋らないでね」
「へ? あ、ちょっとちょっと」
はてなマークを浮かべるリルナに説明することなく、ルルは酒屋のドアを開いた。ふわりと香るアルコールのにおい。いつも嗅いでいるイフリート・キッスとは違って、少しばかり甘く上品に感じた。
「いらっしゃい」
店内はランプの明かりに照らされており、薄暗い。それでも、棚に数種類の瓶が並び、カウンターの裏にも酒の瓶が並んでいた。また奥には大きな酒樽もあり、お酒で覆い尽くされたかのような店内だった。
そんなカウンターでは白髪に白いヒゲ、という絵に描いたような細身の老人がニコニコと二人を出迎えてくれた。
「あ、飲む店じゃないんだ……」
酒屋は酒屋でも、飲み屋ではないタイプの酒屋のようで、いくつもの酒の樽や瓶が並ぶ店内をリルナはキョロキョロと見回した。
そんなリルナをよそにルルはカウンターの老人に話しかける。
「特別なエールを注文していたんですけど、届いてますか?」
「はいはい、何本でございましょうか?」
ルルは老人に向かって指を三本立てる。
「承っております。他にご注文はありますか?」
「ブドウ酒の赤と白を」
「了解しました。ですが、少々腰を痛めておりまして。申し訳ないですが、取りに行ってもらえますか?」
「はい、取ってきますね」
よろしい、とばかりに老人はにっこりと笑うとカウンターの棚を上げた。ルルはリルナの手を引くと、カウンター内に入る。老人に頭を下げて後ろを通してもらうと、カウンター奥には地下へと下りる階段があった。
「あっ」
この時点でリルナは気づく。先ほどのルルと老人の会話はいわゆる『合言葉』だ。どこからどこまでが符丁であったかは判別が付かなかったが、恐らく全てが符号だろう。特別なエールの存在など、イフリート・キッスで聞いたことがない。
そして、一般人から隠れている組織となれば一つしかない。薄暗い階段を全て降りきった先には薄暗い部屋。更に奥にも扉が見えるが、その手前に簡易的なカウンターが設置されていた。
「ようこそー、盗賊ギルドへ」
盗賊ギルド。
いわゆる職業『盗賊』の人たちが所属する組織であり、情報収集から冒険者、ちょっぴり犯罪チックなことも請け負う薄暗い組織だ。彼らの情報網は凄まじく、誰がどこで何をしていたのか、などの情報は常に保持されている。
犯罪集団である盗賊ギルドを潰しにかかる人物はいない。薄暗い背景を持つ人物であれば、尚のこと情報の流出は避けたいからだ。主に王族や政治屋に雇われることが多く、時には暗殺も請け負う組織でもあった。
「こんな所にあったんだ」
「こんな所にあったのよ、龍喚士のリルナちゃん」
カウンターで頬杖をついている女性は、眠たげな視線のままにっこりと笑う。茶色く長い髪はストレートで跳ねッ毛ひとつ無かった。そんな髪からひょっこりと二本の耳が飛び出している。ピンと立ったその耳はウサギだ。どうやら獣耳種らしい。細い肢体を隠しもしない衣服は薄く、胸と下腹部を隠す程度。革装備も軽いもので、男性ならば目のやり場に困ったかもしれない。
そんな彼女の優しそうな笑顔は、なぜかリルナの背中を冷たく震えさせた。殺気ではない別の感情が、女性からは漂ってくる。
「ど、どど、どうしてわたしの名前を……」
「あら、冒険者たちが知っていることを盗賊ギルドが知らないと思った?」
「うっ……確かに」
盗賊ギルドが知っているのも当たり前だった。加えて、サッチュという盗賊ギルド所属の友人がいることも思い出す。彼女から情報が漏れていても不思議ではない。リルナはサッチュの特徴的なタヌキ耳を思い出しながら、複雑なため息を吐いた。
「それで今日は何の用? 女王の暗殺?」
「……それ、いくらの仕事になるんですか?」
望んではいないが興味本位でリルナは聞いてみた。
「言った手前でなんだけど、無理よね……」
でしょうね、とリルナは苦笑しておいた。いくら盗賊ギルドでも、レベル90の化け物を暗殺する術は持っていないようだ。
「今日は情報を買いに来ました~」
ルルはそういうと、カウンターに1ギルを置く。お姉さんはそれを受け取ると、どうぞ、とルルに質問を促した。
「王子様です。闘技大会に優勝した人~」
「スクアイラ・リュースだな。年齢は14歳。カーホイド島のエルフ族の皇族だな」
「サヤマ城下街に来た目的はなんでしょうか~……? 闘技大会に出る為だけ?」
「あ~、どうだったかな~」
ルルの質問に、お姉さんは唇に人差し指を当てる。
「う~ん、王子様の目的~目的~っと。もうちょっとで思い出しそうなんだけど」
そんなお姉さんに対して、ルルは追加でギル硬貨をカウンターに置いた。
「そうそう思い出した。王子様の目的は観光だよ。ちょっと問題ある王子でね、外遊ばかりで財産を食い潰してるそうよ」
「あぁ~、貴族っぽいね」
リルナの言葉にお姉さんも納得してか、いいよね~、と言葉を漏らした。そんな二人とは対照的にルルはまたしてもギル硬貨をカウンターに置く。
「今日の王子様の、どこへ行ったかみたいな情報をください~」
ルルの言葉に、お姉さんは少しばかり眉根を寄せるとギル硬貨をルルへと返却する。
「残念ながらその情報は無いね。朝にイフリート・キッスに行った、っていう情報はもちろんいらないだろ?」
えぇ、とルルとリルナは頷いた。
「どうやらその様子だと王子様に何かあったのかい?」
「ん~……私は良く知らないんですよね~。何かあったのかも~?」
ルルは暗い天井を見上げながらそう嘯いた。
「こいつで買い取るよ、どうだい?」
先ほど受け取った二枚のギル硬貨をお姉さんはルルへと返す。それを受け取ったルルは頷き、リルナに視線を向けた。
ここからは自由に話していいよ、という合図にリルナは少しばかり息を吐いてからカウンターへと近づく。
「王子様が行方不明です。メイドさんが慌てて宿に来ました」
「なんだって?」
その言葉にお姉さんは驚く表情を隠さなかった。貴族どころか皇族を名乗る人物が行方不明になっている。その事実は、少なくとも盗賊ギルドには無かったようだ。
「確かかい?」
リルナはハッキリと頷く。その瞬間、お姉さんはカウンターの下からメモを取り出し、何やら見慣れぬ言語を走り書きする。書き終えると同時に紙をクシャリと丸めて、後ろの暗闇に放り投げた。
呆気に取られて見ていると、空間からヌっと腕が飛び出し紙を回収。すぐに腕は見えなくなったが、にわかに暗闇がざわついたのを感じた。
「ちょっとした情報があるんだ。聞いていきな」
お姉さんの顔つきが変わる。眠そうで気だるい表情はどこかへ消えて、盗賊らしい鋭い目つきへと変わっていた。
「昨今、ここサヤマ城下街で不穏な集団がいる。しっぽが中々掴めないんだが、どうやら人攫いをしているらしい。要求も不明で被害者はまだ発見されていない」
「それって……」
リルナの呟きにお姉さんも頷いた。
「盗賊ギルドも全面的に協力する。何か情報が入ったら伝える。そっちに情報が入ったら教えてくれ。王子様は目立っていたから、こいつはチャンスだ。頼んだぞ、龍喚士」
「は、はいっ!」
リルナとルルは急かされるように盗賊ギルドから飛び出す。一階の酒屋のお爺さんに礼をしてから、すっかりと暗くなった街へと飛び出した。
「ゆ、誘拐事件だ……」
皇族の誘拐事件。
思った以上に大変な事態になり、リルナは真っ暗になりつつある夜空を見上げるのだった。




