~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ SIDEお姫様 4
メイド長と母親にもみくちゃにされた翌日。
早朝という時間帯からメロディはフル装備で城下街に出かける。その背中には剣の鞘に大きな旗が結いつけられており、即席で作られたその旗には『パトロール中』と共通語で書かれていた。
「ふあ~ぁ……ろくに眠れなかったのじゃ」
「睡眠不足でも実力を発揮できなければ死が待っていますよ」
あくびを噛み殺しもせず大口をあけるお姫様に対して、メイド長はすまし顔で注意する。冒険中には決して見せない緩んだ表情は、街中だからこそのお姫様だった。そんなメロディにメイド長は注意する。はしたなさや世間体ではなく、冒険者としての注意に、メロディは素直に頷いた。
「しかし、どうしてパトロールなんじゃ?」
「罰ですよ罰。姫ともあろう方が、どこぞの王子様に負けたとあっては、政略結婚を疑われてしまいます」
「なんだその飛躍論理。まるでページが欠けた絵本ではないか」
「姫様と結婚するのは私です」
「メイド長。お主、最近おかしくなってないか?」
冒険者デビューしてからメイド長の自分への溺愛ぶりが増長している気がして、メロディは大きく息をはいた。
「昔は四六時中同じ時を過ごしていましたが……メローディア姫が冒険者デビューされてからは離れている時間が多く、愛が爆発しました」
「爆発してしもうたか……」
逆らったところでどうしようもない。メロディは諦めたように肩を落とすしかなかった。
「で、どこに行くのじゃ?」
「まずは神殿区へ向かいましょう」
お城付近は神殿が立ち並んでおり、朝は神官たちが掃除をしていることが多い。すっかりと冒険者を拒絶してしまった神官たちのお陰か、お城の周囲と神殿近くは綺麗な状態に保たれていた。言ってしまえば、ゴミひとつ落ちてない街、にも見える。
「おはようございます、お姫様。メイド長さん」
夜と静寂を司さどる神様、ディアーナ・フリデッシュの神殿前で神官のひとりが通りがかった二人に挨拶をする。夜と静寂を司る神様を信仰している神官は、夜更かしが多い。掃除をしている神官も、朝早くて眠そうのではなく、まだ寝ていない徹夜明け、といった感じで眠そうだった。
「おはようございます。妾たちはパトロール中なのじゃが、何か問題はないかの?」
「問題ですか?」
う~ん、と神官は考える。考えるくらいなので、問題は無さそうだった。
「無理に問題を探す必要はないぞ」
「姫様」
メイド長にたしなめられ、お姫様は唇を尖らせる。そんな様子を見て神官は笑った。
「あはは、本当に何も無いですよ。最近は冒険者の強引な勧誘もありませんし、平和そのものです。これもディアーナ様が見守ってくださるお陰ですわ」
神官たちには神様の声が聞こえている。レベルにして100を越える神様たちは、信者になってくれそうな者に声をかけてくる。信仰は力となる為だ。その代わり、神様は声と共に力を与えてくれる。神様の力……神官魔法を使えるようになる。
「神様か。妾もなってみたいものじゃな」
「ふふ、お姫様も頑張ってください。あ、そうだ」
神官は、ポンと手を打った。
「リリアーナさんに会ったら、神殿勤めにしませんか、と言っておいてください。私たちはその、あの辺りには免疫が無いもので……」
神官が歓楽街に近づくには勇気以上のものがいる。サヤマ城下街ナンバー1娼婦に声をかけるには、敷居が高すぎる行為だった。
「了解した。まぁ、リリアーナは聞きそうにないがのぅ」
「でしょうね」
神官と苦笑してから、メロディとメイド長は移動する。他の神殿でも掃除をしている神官に挨拶しながら何か困ったことや意見を聞いたが、大した事件などは起こっていないようだ。
「神殿区は平和じゃのぅ」
「神殿同士の争いも無さそうですね」
街によっては、神殿同士のイザコザがあったりする。神様同士、仲が悪かったりする問題であり、根本的な解決には至らない。場合によっては、どちらかの神殿が追放となる可能性もあった。
「ん? ここはなんじゃ?」
そんな神殿区の中で見慣れぬ建物があった。位置的には、ほぼ商業区にさしかかる辺り。滅多に訪れない場所であって、メロディの記憶には無かった。
「美術館です。芸術品や絵画を飾っていて、入場料で儲ける仕組みです」
「芸術でお金儲けか。商人の考えることは良く分からんのぅ。吟遊詩人でも飾っておるのか?」
「それ面白いですね。お城でもやりましょうか?」
「いや、冗談じゃ。可哀想なので、やめてやってくれ」
「もちろん、私も冗談です」
メイド長を半眼で睨むメロディ。しかし、メイド長は視線を合わせず空へと顔を向けた。
「次は商業区じゃな。こっちは事件が多そうじゃ」
「殺人事件とか?」
「大事件じゃな。妾としては、痴情のもつれが見てみたい」
「あら、大人な意見ですね。では、私と女王がお姫様を奪い合った結果、どちらかが血まみれで発見される訳ですね」
「どうしてそうなる。まったく……子離れできぬと笑われるぞ」
「血まみれなだけで死んでない」
「……容易に想像できるだけに面白くない。素直に死んでおれ」
「了解しました。その際には必ず息の根を止めましょう」
「母上が殺された!?」
物騒な会話をしながらも、お姫様とメイド長はサヤマ城下街を一日かけてパトロールしていくのだった。




