~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ SIDE召喚士 5
午前中を部屋の掃除と洗濯に費やしたリルナはお昼頃にサヤマ城へと赴いた。
「こんにちは、メロディいますか~?」
まるで友達に会いに来たように城の警備兵に声をかけるリルナ。事実、友達なのだから仕方がない。二人の関係とお城の空気を充分に理解している警備兵はにっこりと笑ってリルナに挨拶した。
「こんにちは、リルナちゃん。メローディア姫は、確か出かけているはずだよ」
「あれ? そうなんですか?」
「優勝できなかった罰として、街の警備だったかな? 街中をぐるりと警備しているはず」
「準優勝でも罰があるのか……」
リルナにしてみれば準優勝でも充分にすごいと思うのだが……お姫様的には不満足らしい。不必要な仕事をしている気の毒な警備兵に、お仕事お疲れ様です、と声をかけてから城下街へと戻った。
「ん~……お昼どうしよう」
メロディを誘って一緒に何か食べるつもりだったが、ひとりではお店に入る気も起こらない。仕方がないので往来の賑やかな中央通りに移動した。
東西を分け、北門からサヤマ城まで一直線に続く大きな通りがあり、中央通りと呼ばれていた。そこには商人たちの開く露天や屋台がたくさんあり、冒険者だけでなく一般人からも人気がある。お昼を軽く済ませるには丁度良い屋台が並んでいるのだ。
いらっしゃい! 美味しいよ! と活気溢れる通りを歩きながらリルナは昼食を選ぶ。
「そこの小さな冒険者さん、どうだい?」
「あ、いいかも」
ふくよかで大きな体のおばちゃんに呼び止められたリルナは、昼食のメニューを決定した。豚肉と野菜のごった煮、と名づけられた料理。いわゆる豚汁は、健康に良さそうだった。
「一杯350ガメルだよ」
「は~い」
100ガメル硬貨三枚と50ガメル硬貨一枚をおばちゃんに手渡す。おばちゃんはお金を受け取ると大きな器にたっぷりと具だくさんのスープをよそってくれた。それにスプーンを付けて、屋台横の簡易テーブルに置いてくれる。
「あややや、これはこれは龍喚士ちゃんじゃない」
「あはは、相席失礼しま~す」
「遠慮なくどうぞ~」
先客だった有翼種の冒険者なお姉さんとちょっぴり会話しながら昼食を楽しむ。見た目とは裏腹に濃い味付けのごった煮は、野菜のシャキシャキ感もあり、くたっとした柔らかさもあり、なにより豚肉の美味しさも相まって、リルナはスープまでしっかりと飲み干した。
「はふぅ、美味しかった」
「そりゃ良かった。またよろしくね、小さな冒険者さん」
「ごちそうさまですっ」
その後、イフリート・キッスに戻ったリルナはトンテンカンと音がする裏へ移動し、サクラにウンディーネの召喚を頼まれる。そのウンディーネから甘い物を要求されるという稀有な事態に、再び中央通りに移動した。
「甘いもの甘いもの……って、なに?」
そもそも屋台では食事が多くお菓子の類はあまり売っていない。ふと足を止めたところに見えたのは、クレープ屋さんだった。
「あっ、アレでいいや」
大精霊のお願いを適当に済ませるという豪快さを見せ、クレープ屋さんで買った苺バナナクレープを持って帰った。そしてウンディーネに水を張ってもらい、報酬であるクレープを食べてもらいに宿の中へと入る。
一階はもちろん男性冒険者に満たされ、アルコールとどんちゃん騒ぎ。席も空いてないので、二階の共有スペースに移動した。
「はい、どうぞウンディーネ。でも、大精霊も甘いものが食べたいんだね」
「これでも乙女ですから」
まぁ確かに……? と、リルナは納得できたようなできなかったような。首を右側に傾けて疑問をアピールした。
そもそも自然の具体化した姿が精霊であり、その王たる位置づけの大精霊が苺やらバナナやらを食べていいのか? それって共食いみたいなものじゃない?
なんて思っていたら一階からルルが少し慌てた感じでリルナのもとへとやってきた。
「リルナちゃんリルナちゃん、大変かもしれないよ~」
「かも?」
そんなルルの後ろにはメイドさんが一人。オロオロとした表情と期待が入り混じった表情でリルナを見てきた。
「どうしたの、何かあったの?」
「あの、スクアイラ様を見かけませんでしたか?」
すがるように訊ねるメイドさんは、昨日リルナとルルにイフリート・キッスの位置を聞いてきた厳格そうなメイドさんだった。しかし、今はオロオロと頼りなさが目立つ。なにか良くないことが起きたのは明白だった。
「えっと、朝に出会っただけでそれからは……」
「そんな……!?」
言葉を失うメイドさんは、ついにフラフラと倒れこんでしまった。
「あらら~」
そんなメイドさんをルルは見下ろし、すぐに一階へと下りていった。
「ちょ、ルル! あ、あの、大丈夫ですか?」
「はい……いえ……」
どうやら大丈夫ではない様子に、リルナはメイドさんを支えて椅子に座らせた。ウンディーネも心配そうにメイドさんを見上げる。口元にクリームが付いてるのは、少々大精霊としてアレな姿だが。
「王子様がどうかしたの?」
「行方が分からないんです……」
「それって――」
行方不明、という言葉よりも先にリルナは『誘拐』という考えが浮かび上がる。街中で迷子になることはあっても、行方不明にはならないだろう。加えて、王子様の容姿と言動だ。どこに行っても目立つ彼は、迷子になっても行方不明になることはない。どこかしらに情報が落ちているはずだ。
それこそ誘拐でもされない限り。
「あ、カーラさん」
珍しく二階にあがってきた宿の主人は、いつもアルコールで赤くなっている顔を珍しく真面目な表情にしていた。
「話はルルから聞いた。あの王子が行方不明なんだって?」
メイドさんが頷く。
「ふむ……厄介な事件に巻き込まれた可能性は……ありそうだな。リルナ、知っていることを話せ」
「は、はい」
リルナはスクアイラ・リュースを闘技大会で見たところから全てをカーラに話した。そして、誘拐の可能性もあるんじゃないか、と憶測と付け加えて説明する。その言葉に、メイドさんの表情は青を通り越して土色に変わってしまった。
「大きく触れ回っては王子様に危害が加わるかもしれんな。リルナ、ルル。情報収集してこい。サクラも連れて――」
カーラのセリフを遮るように、少女の悲鳴が響き渡った。何事か、と一同は窓から裏庭を覗く。そこにはお湯の流出と共に全裸で倒れているサクラの姿があった。
「……よし、二人で行って来い」
「はい」
「は~い。カーラさん、あそこを利用してもいいですか~?」
「逆だ。利用しろ。リルナに知れても構わん。リルナ、冒険者の格好は外していけ。道具もだ」
「え、え、え? な、なんでですか?」
「冒険者が動いていると感づかれてはマズイかもしれない。あくまで念のため、ね。それでなくてもお前は有名だ。加えて、お前は召喚士だ。装備の有無に強さは左右されない」
「な、なるほど」
「よし行って来い。報酬は無いけど頑張るんだよ」
「う……」
タダ働きか、とリルナは少しばかり落ち込む。しかし、そこでメイドさんが声をあげた。
「私が! 私が払います! ですからスクアイラ様を!」
「わ、分かりました! 行ってきます!」
「いってきま~す」
メイドさんの声に後押しされるように、リルナとルルは宿から飛び出した。
「ルルちゃん、どっち?」
「こっち~」
夕暮れの街に、王子様誘拐事件がこっそりと発生したのだった。




