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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その10 ~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~

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~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ SIDEサムライ 3

 とんてんかん、とリズミカルな音色にサクラは目を覚ました。

 地面に直接寝転んでいたので、体は少し痛む。だが、サクラにとっては慣れた痛みだったので、特に気がすることなく空を見上げた。


「寝すぎやな……」


 太陽はすっかりと昇りきっており、真上を目指す最中だった。お昼ではないが、それに近い時間と当たりをつけ、身を起こす。


「あ、ようやく起きた!」


 そんなサクラを見てマインが声をかけた。お風呂の湯船を製作中の彼女の手にはカナヅチ。寝起きに見る姿としては、少々過激だったのか、サクラはぎょっと驚いた表情を浮かべた。


「どうしたの?」

「いや、カナヅチで殴られるんかと思った……」

「そんなことしないよぅ。変な夢でも見た?」

「そうかもしれんなぁ」


 あくびをしながら伸びをしたサクラは凝り固まった体を解すようにストレッチをする。時折、ポキポキと骨が鳴る音を聞いて、マインはケラケラと笑った。


「まるでお婆ちゃんだ」

「せめて爺と言ってくれ」

「ん?」

「なんでもあらへん。よっしゃ手伝うで」


 湯船といっても、まだ形もできていなかった。材木をノコギリで切って寸法を合わせ、組み立てていく。材料の切り出しに飽きたマインはちょっとした仮組を行っているようだ。


「それじゃぁ寸法通りに木を切って。私はちょっと休憩するよ」

「まかせとき」


 サクラはマインの指示のもと、木材を切っていく。湯船の大きさはだいたい二人が入れる程の大きさで、足は少し曲げる程度。深さは座って肩口まで湯が張れるぐらい。

 一人で入る場合には悠々と足を延ばしてのんびりできる大きさだった。


「おおおりゃあああぁぁぁぁぁ!」


 マインが付けた印に合わせてサクラは全力でノコギリを引いていく。さすがに冒険者だけあって、体力は一般人に比べて桁違いにある。休む暇すらなくサクラは永遠とノコギリを動かし続け、木材を切り続けた。


「……すごい。う~ん、無駄に体力があるなぁ。サクラ、今度は鍛冶も覚えてみない?」

「趣味でええんやったらな」


 なにせサクラには時間がある。単純に言って百年ほど。人間として死ぬ、人間らしく死ぬ。その時間までは自由に生きていくつもりだった。冒険者に飽きたら、鍛冶師でも道具屋でも良いかもしれない。

 サクラはそんなことを思いつつ、ノコギリで木材を切っていく。

 お昼を過ぎた頃には全ての木材を切り終えた。マインと一緒に昼食を取り、午後の休憩をノンキに過ごしたあと、続きの作業を開始する。


「ここからは組み立てるだけだね」


 午前中のマインの作業結果は底板を設置したところだった。地面と水平に保ち、隙間なく底板を組み合わせていた。


「こんなんで水は漏れへんのか?」

「たぶん大丈夫! それに木材は水を吸収してすこし膨張するからね。木の材質もいいし、丈夫に作れると思うよ」

「たぶん、とか、思う、とか不安やな~」

「まぁ、私もお風呂なんて始めて作るし……」


 サクラとマインはお互いに肩をすくめてから、作業に戻った。

 底板に合わせて四隅に支柱を立てる。あとはそれに合わせるように板をグルリと組み合わせるように取り付けていった。とんてんかん、と釘を打ち付けていくと、ひょっこりとリルナが顔を見せた。


「わ、すごい、お風呂っぽいっ!」

「っぽいじゃなくて、お風呂なんやけどな」


 湯船の完成は近い。ただの四角い箱ではなく、一番上の板は角を落とし滑らかにしてある。強く手で掴んでも痛みがない親切設計だ。


「でも、これどうやってお湯にするの?」


 まさかお湯を沸かして湯船に移す訳にもいくまい。一度に大量のお湯を沸かさないといけないし、ちまちまとやっていればお湯が冷めてしまう。せっかくの『お風呂』も、お湯が無ければ水浴びと変わらない。


「ご安心を、リルナちゃん」


 ふっふっふ、とマインは笑いながら金属製の大きな箱状の物をお披露目した。無骨に金属を張り合わせただけのような物に、煙突みたいな丸い筒がくっ付いていた。


「この金属の箱を湯船の横にくっつけて、この下を火であぶれば水が温まってお湯になる、っていう仕組みを考えてみました」

「お~」


 なるほど、とリルナは手を叩いた。


「という訳でリルナ。ちょっとだけお願いがあるんやけど……」

「なに?」

「ウンディーネ、呼んでくれへん?」

「あぁ……最初は大変だもんね」


 宿には水瓶があるのだが、それは川から水を運んできている物だ。ちょっとした重労働であり、簡単に使ってしまうわけにはいかない。また、そういう事情だからこそ、実験的にお風呂の水を用意するのは難しいところだった。

 しかし、宿にはリルナがいる。世界で唯一、現役の召喚士が大精霊を喚び出せた。


「大精霊信仰の人に怒られそうだけど」


 リルナは苦笑しつつ召喚術を使用する。初めて見るマインは興味津々らしく、お~、と喜びの声をあげた。

 果たして呼び出された大精霊ウンディーネだが、用件を聞いて少しばかり表情を曇らせた。


「別にいいのですけど……」

「や、やっぱりこんな事で大精霊を呼んじゃダメだった……?」


 おっかなびっくりとリルナが聞く。

 すると、ウンディーネはいえいえと首をふりつつ、優しい笑顔で言う。


「甘い物が食べたいですね~」

「……あ、はい。か、買ってきます」


 大精霊とはいえ、生きとし生ける少女。甘味は乙女のたしなみだった。果たして自然の存在である大精霊がそれでいいのかどうかはさておいて、街に繰り出すリルナに感謝をしつつ、サクラはウンディーネに頭を下げる。

 程なくしてお風呂は完成した。まだ丸見えの状態なので目隠しとなる柵を作らないといけないが、とりあえず実験とばかりにウンディーネに水を張ってもらう。


「お~、漏れなかったよ。完璧だね」


 少々不安だったマインは自分の仕事に満足したようだ。それから鉄箱の下に焚き火を用意し、水を温めはじめる。


「……時間かかるなぁ」

「まぁ、しょうがないよね」


 ウンディーネの為に用意したクレープを食べるために、リルナは宿の中へと移動する。段々と日が落ちてきた頃に、ようやく湯船の水はお湯となった。


「よっしゃ、ウチが一番風呂~♪」

「うぇ、ここで脱いじゃう!?」


 目立たない宿の裏庭だが、街中には違いない。サクラの羞恥心はどこへやら、服を脱ぎ捨てると、ざっぷんとお風呂へと飛び込んだ。


「ふはー! 良いお湯やわ。マインも入らんか?」

「え~……どうしよっかな~」


 気持ち良さそうなサクラのため息に誘われてマインは悩む。手をお湯につけているだけでも気持ち良いので、全身をお湯につけてみたいという誘惑はあった。


「よし、私も入ろ――」


 と、マインが服に手をかけた時。

 ギシギシと、なにやら湯船の木が不安な音をあげる。それはちょっとした悲鳴だったのかもしれない。ん? という疑問の声をマインがあげた瞬間――


「は? うぇ、ぎゃあああああ!?」


 湯船の前面の板が弾け、お湯もろともサクラがザッパーン! と、地面へと流れ出た。素っ裸の少女が流れていく様子は、なんとも言えない光景であり、半脱ぎのマインは言葉を失う。なんだなんだ、とサクラの悲鳴に宿の窓から男冒険者たちがのぞく。全裸の少女が倒れているのを見て、歓声があがったのは酔っ払いゆえに仕方がないのかもしれない。


「あ~……サクラ?」


 ようやく出たマインの言葉は、地面に全裸で横たわる少女の名前。

 そんな少女は、暗くなっていく空を見ながら呟いた。


「……失敗やったか」


 もうすっかりと冷たくなった体。なんとも言えない惨めな状況。歓声をあげて宿の窓に殺到する男冒険者たち。


「もうお嫁にいけへん」


 サクラは体ではなく、顔を両手で覆うのだった。


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