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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その10 ~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~

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~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ SIDEお姫様 3

 サヤマ城のメローディア姫の私室は、実はそれほど広くはない。お姫様だからと優美で贅沢な暮らしをしているのか、と思われるのだが、部屋は驚くほど質素だった。

 まず物が少ない。ベッドと机くらいのもので、あとは本棚に数冊の英雄譚があるだけだ。

 そんな中でベッドだけ広く大きい。しかし、だからといって貴族連中がこぞって買うほどの凄く高いものでもない。それでも、冒険者の宿の物に比べればフワフワと雲みたいな寝心地に感じるかもしれない。

 リルナが何度か泊まった部屋だが、普段からお姫様の部屋に立ち入る者は少ない。理由は簡単にして単純。用事が無いから、だった。

 姫と呼ばれているが、メローディアは皇族ではない。領主の娘で一般人より地位が一個だけ高いだけの貴族だ。加えてサー・サヤマ女王の実子でもない。よって、仕事も無ければ冒険者上がりの母親のせいで社交界も滅多に無い。それこそ、お姫様が冒険者をやれる程度に、メロディは暇だったわけだ。


「ん……ふっ……くっ」


 さて、そんなメロディの部屋に、くぐもった少女の声が満ちた。少し苦しげで、途切れ途切れの声。もちろん、部屋の主たるメロディ姫の声だ。


「いいですわ、姫……」


 それと共にメイド長の声がウットリと響いた。白と黒のシックなメイド服に身を包んだ彼女は、赤く染まった頬に手を添える。今の状況がたまらないとばかりに興奮する自分の表情を抑えた。

 メイド長の体は小刻みに上下する。まるで震えるように。その度に部屋の中にはメロディの苦しそうな声が響いた。


「くっ……うぅ、もう限界なのじゃ」

「まだです、姫。まだ、まだまだ……ふふ、うふふふうふふ」

「そ、そうは言ってもじゃ」


 ひぃ、とメロディは声をあげる。もうすぐ限界が近い。ぷるぷると腕が震えて、うまく体を保てなくなってきた。


「あと十秒!」

「ダメじゃダメじゃ、もうダメじゃ!」

「五秒!」

「ひいいいぃぃぃ!」

「三、二、一……はい、もう十秒」

「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 突然のメイド長の裏切りに、メロディは力尽きた。腕立て伏せの姿勢で支えていた腕が、がくりと折れて床へと沈む。メロディの背中に立って乗っていたメイド長は素早くメロディの上から飛び降りた。


「はぁはぁ……もう十秒も無理じゃ、持たぬぅ」


 床に倒れながらぷるぷると震える手を投げ出す。


「限界と思ってからが勝負ですよ、姫。だからこそ、あんな無様な負け方をするのです。騎士たるもの、最後まで武器を捨ててはなりません」

「妾は騎士ではなく、剣士じゃ」

「失礼」


 メイド長はこほんと咳払い。


「しかし、祝勝会の準備をしていたのが無駄になってしまいました。冒険者に負けるならまだしも皇族の王子に負けるとは。私はもう情けなくて……」

「なぜお主が情けなくなる」


 別段、剣の手ほどきをメイド長から受けた覚えは無い。彼女はいつも、メロディの筋トレの重りになっていただけだ。


「母上はゲラゲラと笑っていたぞ。それこそ母親としてどうなんじゃ、アレは」

「女王を母親としている姫の運命を呪うべきです」

「さもありなん」


 妙に納得してしまった自分にため息をつきながら、メロディは自分の手を見る。まだ震えていたままだった。おいそれと回復しないほど酷使していた腕の筋肉は、いまもプルプルと震えている。


「しかし、見たことがない武器は恐ろしいのぅ。どう闘えば良いやら。あれが蛮族との戦闘ならば、妾は死んでたわけじゃな」

「まぁ、そうなりますね。ですから、観察眼が必要です。冒険者における前衛職が担う仕事でもありますので、姫様はもっと経験を積まなければなりませんね」

「経験か~」


 そろそろ震えも治まってきたのでメロディは立ち上がった。メイド長が差し出してくれた布で汗をぬぐう。汗が滲んだ肌着を脱いで、体もついでに拭いていった。


「あら姫様、大胆ですね。私が殿方でしたら今すぐ襲ってしまいそうですわ」

「メイド長ならぬ執事というわけか? 職業失格じゃのう」


 執事が主を手にかける。有り得ない話ではないが、執事失格ではあった。


「ではメイド長のままで」


 なにが、では、なのかサッパリと分からないメロディだったが、メイド長が抱きついてきたのに対して叫ぶことしかできなかった。


「むぎゅ、や、やめろ、メイド長! 妾はもう子供ではない! 立派な冒険者じゃぞ!」

「闘技大会で優勝もできないヒヨっこが何を仰います! あぁ、柔らかいですか可愛いですわ! メロディ姫!」

「やーめーろー! あ、母上! お母様! 助けて!」


 何か楽しそうな声がするな、と娘の部屋を覗いた女王は、下着姿の自分の娘に抱きつくメイド長の姿を見た。


「あ、貴様なに羨ましいことしてやがる! 私も混ぜろ!」

「いけません、これは私の仕事です! 女王は仕事に戻ってろ!」

「なんだと! 私の娘だぞ! 仕事だ仕事! いや、仕事以上に重要案件だ! いいから私にもやらせろ!」

「誰が渡すか破壊者! 武器でも愛でてればいいじゃない!」

「なんだこらぁ!」


 メロディを両側から抱きつきながら、女王とメイド長はケンカを始めた。ちなみに良く見る風景なので、誰も止めに来ない。むしろ、止められる者はサヤマ領には存在しなかった。


「助けて! 誰か助けて! リルナ! サクラ! 誰か~!」


 お姫様の本気の悲鳴は、果たして仲間には届くことは無かったのだった。


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