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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その10 ~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~

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~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ SIDEサムライ 2

 魔女の迷宮。

 黒く異質なブロックで構成された迷宮は、他社からの侵入を阻む罠やゴーレムで守られている。高位の魔女になればなるほど、その迷宮は複雑になり罠やゴーレムの守護が厳しくなる。そうなっては冒険者はもちろん、どんなに強大な力を持つ蛮族であろうと踏破は難しい。

 加えて、最奥にいるのは魔女だ。

 呪われる程度で済むのであれば、むしろ運が良い。

 下手をすれば死ぬことも許されぬ実験器具に成り下がってしまう。


「ふんふんふ~ん♪」


 そんな魔女の迷宮をサクラは鼻歌を奏でながら歩いていた。そのリズムはどことなく古風であり、彼女……彼が古くからのニンゲンであることを証明していた。

 サクラたちが初めて訪れたときよりも、罠は強力な物になっている。ゴーレムはまだウッドゴーレムのままだったが、マッドゴーレムになる日もそう遠くはないかもしれない。


「おはよぅ、元気しとるか?」


 迷宮の奥、魔女の住む研究室に辿り着いたサクラはご機嫌な様子で顔を壁からひょっこりと覗かせた。


「……うん、元気よ」


 サクラの声に、樹木が絡みついたような椅子の背もたれから魔女レナンシュが振り返る。魔女の特徴たる大きな帽子は被っておらず、いつもは見えない彼女の表情があらわになっていた。

 薄い栗色の髪は長く、少しばかり先端が跳ね返っているクセ毛。かわいらしい大きな瞳は、暗い部屋の中でもキラキラと光を反射するように潤んでいた。

 少しばかり頬が赤いのは気恥ずかしさからか、それとも嬉しさか。椅子からおりると、どうぞ、とサクラを部屋に招きいれた。


「お邪魔します」


 サクラは丁寧に頭を下げると、そのままベッドへと飛び乗った。魔女の部屋には、大きな机とベッドだけ。あとは本が並ぶ棚がひとつあるだけで、あとはガランとしている。大きくなったわりには物が少なく、殺風景とまではいかないが、物足りない、という感じだった。


「珍しいね、サクラ×××××」

「本名は止めてやぁ。その名前は捨ててん」

「ふふ」


 レナンシュはサクラが困った表情を見て朗らかに笑う。


「いいの? 人間のくせに魔女の部屋に来てるなんて知れたら、変に誤解されない?」


 魔女に与する者、として迫害される可能性はある。レナンシュは魔女であり、人間の味方ではない。今は力が無いだけで、いつか人間より強大な力を手に入れるのは確実だ。その魔女が育つまで待っている……つまり、人間に不利益な存在を放置していることになる。


「人間っていうのは愚かでな。今が大丈夫やと、結構それなりにナァナァに物事をおさめてしまうねん。リルナとか、モロにそうやからな」

「リルナが?」

「本人は気づいてへんけど、アレが本気になったらいつでもサヤマ女王を殺せるで」


 お姫様の友人で、ドラゴンを従える少女。何度か城に遊びに行っており、お泊まりもしている。暗殺のチャンスは無限大にあった。


「それ、意味があるの?」


 物騒なことをいうサクラに対してレナンシュは疑問の声をあげた。


「いんや、意味はない。できるから可能なだけでな。リルナには、そんな度胸も理由もないしなぁ。ほれ、こっちこっち」


 サクラは手招きをする。それにレナンシュは少しばかりキョロキョロと周囲をうかがった。もちろん誰もいない。この部屋には、この迷宮には、意思ある者はサクラとレナンシュの二人だけ。たとえ千里眼のスキルを持つ者でも覗き見できない空間だ。

 おずおずとベッドへあがったレナンシュはサクラの前にちょこんと座る。そして、体を彼女にあずけた。サクラのほうが体が大きいが、それでも少女の体。物足りない部分はあるが、レナンシュは満足そうにサクラに体重を預けた。


「ふへへ」


 サクラは笑う。だらしなく笑う。その顔は、すこしばかり醜悪だった。だが、それこそが彼女の笑顔であるかのように、似合っていた。

 魔女にしか見せられない笑顔。

 そんなものを浮かべながら、サクラはレナンシュの喉元に手をそえる。鎖骨を撫で、首筋を経て、頬に手をあてる。その手の動きは優しく、まるで絹のように柔らかい。


「ふあ」


 撫でられるレナンシュは恍惚な息を吐いた。艶やか、とは程遠いながらも少女らしからぬ色気に包まれていく。

 スキンシップ。

 呪われた者と呪った者の繋がりは、複雑な様相に染まっていた。ましてや、ニンゲンと魔女。通常の関係ではない。何が二人の間にあるのかは、誰にも理解できなかった。


「ふはぅ……はぁ……ふぅ。今日は何しに来たの?」

「ちょっとお願いがあって来たんや」


 栗色の頭を撫でる。

 くしゃりと跳ね返る髪が揺れた。


「なに?」

「木が欲しい。ちょっと風呂を作ろうと思ってなぁ」

「お風呂?」

「そう。気持ちえぇんや、アレ。お湯につかったときにな、思わずあ~~~って言うてまうくらいに気持ち良いんや。水浴びには無い喜びやな~」

「そうなんだ。そんなに?」

「そや。というわけでレナンシュ。木をおくれ」

「いいよ。持って帰れるぐらい? それとも持ちきれないくらい?」

「持って帰れへんくらい欲しいな」


 分かった、とレナンシュが答えた瞬間、二人の姿は魔女の迷宮から消える。気づいた時には、サクラは森の中に立っていた。

 フルイーチの森。魔女レナンシュの迷宮がある森だった。


「二本くらいでいいかな」


 そういうと、レナンシュは目の前の小さな芽に向けて、いつの間にか取り出した杖を向ける。緑に輝く光は暖かく、彼女が呪いの魔女とは思えないほどだった。

 その光を浴びた芽はすぐに変化を見せる。まるで時間を跳躍させるかのように木は成長していく。その源は日光でも地中の栄養素でも天の恵みたる雨ではなく、レナンシュの魔力だ。

 強制的に、呪いのように木は成長していき、木々の中の不自然な一本となった。


「もう一本」


 すぐ近くの小さな芽にも、レナンシュは同じように魔力の光を注ぐ。みるみる成長していく様子をサクラは見上げた。


「ありがとぅ、レナンシュ」

「いいよ、魔力は使わないと成長しないし」


 ふぅ、とレナンシュは息を吐く。強制的な木の成長は、さすがに疲れるのか、小さな魔女は重い息を吐いた。


「倒す方向はあっち。それ意外は影響しちゃうから気をつけて」


 それじゃぁ、とレナンシュの姿は消えた。

 淡白で濃厚。

 それがサクラとレナンシュの関係だった。


「よし。じゃぁ斬り倒そか」


 倭刀を鞘から引き抜き、サクラは生長したばかりの木の前に立つ。頑強な刃物ではない倭刀で木を切るのは相当な難しさを要求されるが……


「ほな、行くで」


 サクラの顔に憂いやその他の感情は見受けられなかった。


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