~シティアドベンチャー・王子様騒動譚~ SIDEお姫様 2
「いよいよレベル1から5帯の決勝戦です。注目の決勝進出者はイフリート・キッスのお姫様、謎の仮面美少女、マスクド・プリンセス!」
司会の男の呼びかけと共にメロディは会場へと入場した。低レベル帯にも関わらず盛大な拍手と歓声が巻き起こり、大いに盛り上がりをみせる。
それに応えるようにメロディはバスタードソードを掲げた。
「いいぞ~、お姫様ぁ!」「綺麗だぞ、謎の美少女!」「仮面いくらしたんだー!」「結婚してくれー!」「がんばれお姫様!」「ひゅー!」「親衛近衛兵に立候補します!」
それらの声にメロディは手を振ってこたえた。
ひとしきり観客にアピールを終え、ふぅ、と一息だけ呼吸を深くする。なんだかんだと決勝戦まで勝ち進んできたのは、もちろん彼女の実力だ。何度か危ない場面もあったが、それらをギリギリで切り抜けてきた。その証明に、彼女の純白のバトルドレスは切り傷だらけ。フリルたっぷりのスカートも破れて太ももが露出しており、低年齢愛好家にはとても見せられない、ステキな姿だった。
そんな中でも派手で妖しい赤い仮面には傷ひとつ付いていない。メロディが本日装備している防具の中では、実は一番高価な物になる。
ゲリラダンジョンで手に入れた勇者の剣とマントをオークションにかけた結果、手に入った900ギルという大金。その半分をかけて製作したマスクであり、決して外れないようにとジャストフィットさせた特注品だ。
正体を隠す、というよりもエンターテイメント性を求めたメロディの策は、果たして大成功を納めた。
「さぁお姫様に対するは、王子様だ。遥か北国からメイドさんと共にやってきた金髪碧眼のエルフの王子様! スクアイラ・リュース!」
その名前が告げられると共に黄色い声援が闘技場を覆った。その筆頭は、観客席の一部を独占するメイド集団。白と黒だけで彩られた一角に、まるで花が咲くように声援が沸いた。
他にも観客席にまばらに存在する女性ファンが声をあげる。老若は関係ないが、男女の声援差は大きく、男の声援は少ない。それでも、王子様を面白枠と捉えてゲラゲラと笑いながら応援する男も少なくなかった。
「まさか君が勝ち残るとは思わなかったよ、マスクド・プリンセス君。そんな『年齢と性別』《なり》で君は強いんだねぇ。まぁ、僕には敵わないけど」
「妾も驚いたぞ、王子様。お主のような性格はだいたい口だけと決まっておるのだが……実力は本物のようじゃな」
「お世辞と取っておくよ」
スクアイラはニヤリと笑うと、少しばかり下がり定位置につく。メロディも後ろへと下がり距離を取った。
メロディは仮面の奥からスクアイラの武器を見る。
フルーレ。
冒険者のほとんどが使わない刺突武器だ。その理由は武器としての強度があげられる。フルーレはレイピアと同じく斬るのではなく突くことが攻撃方法となるのだが、その際にどうしても〝しなる〟。つまり、柔らかさを持っていないと敵に刺さった時に折れてしまうのだ。
しかし、折れないようにと柔らかさを上げると今度は攻撃力が落ちてしまう。相手に対したダメージが与えられなくなってしまうのだ。
そういった理由から、冒険者はフルーレやレイピアをあまり使用しない。刺突武器としてはランスのほうが優秀といえた。
スクアイラがフルーレの先端を指で弾き、その柔らかさを示してみせる。もちろん、刺さらないように先端は丸く削られていた。それでも、目に刺されば失明は避けられない。
ゆわんゆわん、と不規則に動く先端に、なるほど、とメロディは思う。
数々の冒険者がこの王子様に敗れてきたのは、武器の特性と初見であるところが大きい、と予測できた。冒険者生活の中で、相手がフルーレを持ち出してくる場面は恐らく皆無だ。
「それでは決勝戦……はじめ!」
拡声魔法で響く司会者の言葉で、戦闘はスタートした。
バスタードソードを正面に構えたメロディに対して、スクアイラは半身で構える。片手にフルーレを持ち、その先端をゆわんゆわんとたわませた。
身長は王子様のほうが遥かに高く、メロディの目線の高さで先端が揺らめく。まるで鞭のようだ、とメロディが思った瞬間――、
スクアイラが一歩踏み出し、フルーレを突き出した。その素早い攻撃にメロディは反応する。フルーレの先端を下からバスタードソードで斬り上げた。
「ッ!?」
しかし、手応えは無い。まるで布を弾いたかのように、ふにゃりとフルーレは元の形へと戻る。目前に迫るフルーレ。メロディは屈み、スクアイラの横を転がるように通り抜けた。少しばかり引っかかった髪と頭皮に痛みを感じるが、そのままスクアイラの背を向けて走り距離をあけて振り返った。
「ふぅ」
追撃は無い。王子様は余裕でフルーレを構え、ニヤリと笑ってみせた。
メロディは一息つくと、スクアイラに向かってダッシュする。背中側にまわしたバスタードソードを横薙ぎに思い切り振るった。フルーレで受け止められる攻撃ではない。スクアイラは下がり、攻撃を避け、再び一歩踏み出して突いてきた。
今度はそれを弾くことなく、メロディは上段攻撃を被せていく。ちょっとしたチキンレースだった。どちらの攻撃が早く到達するか、それともビビって攻撃を止めて回避運動にうつるか。
さすがに王子様にその度胸は無かったらしい。
しかしプライドが邪魔してか中途半端なものとなる。メロディの中長剣を避けつつ、フルーレを刺突してきた。
体制が悪く、フルーレはメロディには命中せず空を刺す。
メロディはそのまま一回転してバスタードソードを横薙ぎに回転斬りをはなつ。接近した距離での豪快な一撃を、エルフ王子は跳躍で避けた。
そのパフォーマンスのような攻防に観客がドっと盛り上がる。すごい、と叫ぶ者、危ない、と応援する者、おしい、と悔しがる者。
空中で姿勢を制御したスクアイラは地上のメロディに向かってフルーレを突き出した。お姫様はまたしても前方に転がりそれを避ける。
今度は距離をあけることなく振り返り、距離を詰める。
「なっ!?」
これには王子様も驚いたのだろう。お互いの距離は戦闘ではなく恋人同士の距離。武器を触れる隙間など無い。
メロディの攻撃は柄での一撃だった。優雅さとは懸け離れた冒険者らしいその攻撃は、充分に王子様の意表を突いた。
「くっ!」
しかし、それを喰らうようでは決勝戦までは残っていない。スクアイラはフルーレを持っていない手を握り、拳でもってメロディの仮面を殴るつける。
「ぐぅっ」
顔面への攻撃も相まって力は逃げる。それでもスクアイラの肩口に柄での一撃を入れたメロディはその勢いのまま王子様の後方へと流れた。
「見事じゃ」
「ふんっ」
ニヤリと笑うメロディに対してスクアイラは半身に構えるのみ。お姫様から見えない片方の手は仮面を殴ったショックで震えていた。
それを誤魔化すように王子様は再びフルーレを刺す。何度も見たその動きに、メロディは身長差を活かし、攻撃をかいくぐる。頭上に刺突の殺意を感じながら、がら空きになった胴へとバスタードソードを振るう。
しかし、それはフェイントだった。
頭上の殺意は偽者。気がついた時は、すでに中長剣を振るった後。スクアイラが一歩下がり、斬撃を避けた時だった。
しまった、と声をあげる暇もない。
メロディに残された道は、もう地面しかない。重いバスタードソードを投げ捨て、本命のフルーレの一撃を、地面に伏せる勢いで何とか避けた。
「ふぐぅ!」
しかし、その超低姿勢で何ができるか、と問われれば、何もできなかった、が正解だ。武器を投げ捨て、攻撃をギリギリで避けたお姫様は、滑るかのように王子様の前で地に平伏すのだった。
べちゃり、とマヌケにもうつ伏せに倒れたマスクド・プリンセスにスクアイラのフルーレが突きつけられる。
「……お姫様のラストには相応しくない格好ですね」
「言うな。早くトドメを刺すのじゃ、王子よ」
それを降伏宣言と捉えたのか、スクアイラは肩をすくめる。そして、地面に『大』の字で倒れるメロディの背中にぷすりとフルーレを刺した。
「勝負あり! 勝者、スクアイラ・リュース!」
その瞬間、観客たちはワッと声をあげた。もちろん、スクアイラの勝利を称える声も大きいが、メロディの奮闘を称える声もあった。マヌケなお姫様の姿を笑う声もあったにはあったが、実はリルナ・ファーレンスのみだったりする。友達がつぶれたカエルみたいな恰好で負けを認めた姿は、それなりに笑えるものだ。
「う~む、妾もまだまだ修行不足のようじゃ。見事な腕前じゃな、王子様」
「ふふん、僕の実力はこんなものではないよ。サヤマ女王とも互角に闘ってみせよう」
「いや、それは無理じゃろう……」
お姫様は苦笑しつつ、スクアイラに拍手を送った。それに合わせて観客もスクアイラを称える拍手を送る。
その間に、メロディは闘技場から控え室へと下がった。あとは優勝者と女王との戦いが控えている。敗者は素直に去るべきだ。
「ふぅ……」
誰もいない、ひんやりとした通路でメロディは仮面を外した。
「少しばかり……悔しいのぅ」
勝てると思っていた。だが、勝てなかった。慢心していたわけでもなく、油断もなかった。それでも勝てなかったのは実力通りというわけだ。
「もう少し成長して手足が長ければ……いやいや、言い訳は無しじゃ」
遠くにサヤマ女王の登場と歓声が聞こえる。
それを聞きながら、メロディは反省点を頭の中に描きながらメイド長への報告を考えるのだった。
ちなみに王子様はサヤマ女王に一秒も持たなかった。低レベル帯の恒例である。誰も驚かないのが逆に新鮮だった、というコメントを残して、エルフ王子、スクアイラ・リュースの闘技大会は幕を引いた。




