~お子様ダンジョンに挑戦!~ 14
宿屋『ルール・キャットランタン』の看板娘、リィリン・ルールロゥは帰ってきた女の子ばかりの冒険者に、元気に応対しようと盛大に出迎えた。
「おっかえりなさい! どうだったどうだった? なにかすごい物、見つけた? あ、なになに、そのマント、超カッコイイ!」
と、そんなテンションとは正反対のリルナたち三人は、ちろりとネコ耳娘を見てから、盛大にため息を吐いた。
「あらら……ダメだったみたい……?」
「気にしないで~。あ、何か美味しいものが食べたい」
「あ、はいはい。じゃ適当なテーブルに座って。持ってくるよ~」
注文を看板娘に任せる、というと一抹の不安を感じる部分もあったが、そこは客商売。きっとなんとかしてくれるだろう、という淡い期待のもと、三人は手近のテーブルについた。
「しかし、売れるかのぅ。武器ならまだしも玩具じゃぞ」
肩からマント発生装置をメロディは外しテーブルの上に置いた。それに習って、リルナも冒険者セットのバックパックに突き刺すようにしまっていた勇者の剣をテーブルに置いた。
「武器だったら武器屋さんに持っていったらいいけど……これってどこに売ればいいんだろ?」
「道具屋……いやいや、雑貨屋か。うーん、買い取ってくれへん気がするな」
確かに、とリルナとメロディは頷く。
そもそも、勇者の剣と勇者のマントは道具ではない。正真正銘の『玩具』だ。ならば、玩具屋に売ればいいと思うかもしれないが、そもそも玩具屋なんて職業は存在しなかった。雑貨屋で適当な積み木や音のなる玩具が売っている程度。
子供のおもちゃと言えば、村や集落で売っている民芸品の人形や木彫りの工芸品が主だった。
そんな風に悩んでいると、リィリンが戻ってきた。手に持ったお盆にはエールの注がれたジョッキが四つ。
「四つ?」
リルナが疑問に思っていると、リィリンがそのまま同じテーブルについた。どうやら冒険話が聞きたいらしく、にっこにこと三人に笑顔をふりまいた。
「お主、本当に看板娘なのか?」
「自分でも不思議なんだけど、そうなのよ! ねぇねぇ、私をもらってくれそうな冒険者しらない?」
「冒険者ではないが、一人なら当てがあるぞ」
メロディの言葉に食いつくように、リィリンは瞳を輝かせて顔を近づける。メロディは若干引きながらエールを手にとって一口だけ飲んだ。
「にがい……お主ほどの容姿じゃったら、ガーラント・ボルドーグが放っておかんじゃろ」
「だれだれ! それってどこの誰?」
リルナはどこかで聞いたような名前だな~、と思いながらエールを飲む。まだまだ慣れないその苦い味に顔をしかめた。
「知らぬのか? 有名だぞ、ドワーフの好色王じゃ」
「っぶはぁ!?」
口に含んでいたエールを盛大に吹き出すリルナ。料理が運ばれてくる前だったので、テーブル上は無事だったが、勇者の剣とマントがびっしょびしょになってしまった。
「げほっげほっ!」
「あぁ、なにやってるのさ冒険者さん。ちょっと布巾もってくるよ」
「ご、ごめんなさ、げほ、げほ……は、鼻から苦い汁が、うえぇ~……」
涙目になりながらリルナは自分のマントで鼻をおさえる。少女としては他人は見せられない顔になってしまった。リィリンが布巾を持って戻ってくると、料理も運ばれてきた。
鳥を一匹丸焼きにした料理で、中に香草をつめこんだ豪快な料理だった。焼きたてらしく、湯気がホウホウと立ち上り、それと共に香ばしいにおいが立ち込める。
「これは美味しそうやな」
「うむ」
「げほっ、げほっ。あ、わたしも食べる~」
お昼抜きでダンジョン攻略をしていた為に、リルナたちは一斉に手を伸ばした。苦手なエールはサクラに任せて、水を追加で注文。あとは、みるみる内に骨だけになっていく鳥をリィリンは眺めるばかりだった。
「はぁ……美味しかった~」
「冒険のあとの料理は、やはり美味いのぅ」
二人はすこしばかりお腹をおさえる。ちょっぴり食べ過ぎたのか、少しばかりお腹がふくらんでいた。
対してサクラはエールがメインだったようで、頬は赤く染まっている。見た目通りの食事量とはいかないらしい。
「ねぇねぇねぇねぇ、そろそろ冒険の話を聞かせてよ! それ、見つけてきたんでしょ?」
テーブルの上におざなりに置いてある勇者の剣を指差してリィリンが聞いた。お腹が満足してか、それとも時間が癒してくれたのか、リルナとメロディは今回の冒険譚を話すことにした。
「――というわけで、勇者の剣とマントを手に入れたんだけど……」
「ただのおもちゃだった、というわけじゃ」
「それでガッカリしてたんだねぇ。はぇ~、勇者の剣か~」
リィリンは手にとってみる。冒険者でもない彼女でも充分に持ち上げることができた。きっと子供でも簡単に使えるに違いない。玩具なのだから。
「えいっ」
リィリンは両手で持ち、天井へと掲げた。魔法の光が宿り、刀身が美しく綺麗に輝く。その状態で、試しにテーブルを叩いてみるが、コンコンと音がするだけだった。
「ほんとだ! おもちゃだ!」
リィリンはケラケラと笑うが、50ギル払った結果がこれ、ということもあってか、リルナたちは笑えない。
「なぁ、看板娘っちゅうくらいやから、他の店に顔がきくんやろ? これ買い取ってくれそうな店とか知らんか?」
それだ、とばかりに今度はリルナたちの目が輝いた。
「買い取り? う~ん……こんなの買い取ってくれるかなぁ……」
しかし、思うことは誰でも一緒。期待はずれの返答に、リルナは大きくため息を吐いた。
「買い取りよりも、アレがいいんじゃないかな」
「アレ?」
リィリンから別の提案があがった。
「オークションだよ、オークション。競売にかけてみたらどうかな?」
その言葉に、リルナたちは顔を見合わせる。そして、期待するような瞳でリィリンをみつめた。
「え? なに? あ、説明? え~っとね、最低値段を決めてお客さんに見せるのね。それで、欲しい人が値段を言うの。もし欲しい人が二人いたら、値段の高いほうに買う権利が与えられる大会? みたいな感じだよ」
「そ、それって誰でも出せるの?」
「うんうん。その代わり、買ってもらった値段の10パーセントを払わないといけないし、カンドの街の人じゃないと順番が後回しにされちゃうって――」
と、リィリンの肩がガッシリと掴まれた。
右はリルナによって、左はメロディによって。
「な、なに? なになになになに?」
「分け前は四分割でいいかしら!?」
「なぁに、ちょっとこれをオークションとやらに出してもらうだけで良いのじゃ。売り上げを四人で分ける。ちょっとしたおこづかい稼ぎじゃな」
「え、え、え?」
「決まりやな。ほな、頼むわ」
「えええぇぇぇぇぇぇ、なんで私が!?」
「ええやんええやん。上手いこといったら一人10ギルぐらいにはなるかもしれへんで。おぉい、看板娘かりていくで!」
「あいよー!」
店の奥から男の声。静かな店内にリルナたちの声は響いていたらしく、会話は丸漏れ状態だった。
「パパー!?」
ネコ娘を助ける者はなく、冒険者たちによってズリズリと引きずられていく。カンドの夜に悲鳴はこだまするのだった。
そして、あれよあれよとオークション会場につき手続きは完了。うまい具合に枠が空いていたらしく、その日の夜の部に出品できることとなった。
そんなオークション会場の裏でリィリンはメロディのヴァルキリー装備を無理やり着せられていた。
「うぐぐ……窮屈」
所々、留め金がはまらない中、なんとか装備している状態。あまり激しい動きは無理だろうが、見栄えはどうにか整っていた。頭装備部分だけは耳が邪魔だったので装備していない。
「妾用の特別だからな。お主の発育の良さを呪うがいい」
「いや、年齢がそもそも違うじゃないのさ」
リィリンの文句を受け流しつつ、リルナは彼女の肩に勇者のマントを装備させた。光のマントが翻り、加えて勇者の剣を彼女に持たせる。
「どっから見ても、かわいい女勇者の完成ねっ」
「うぅ。なんで私なんですか? メロディさんが出ればいいじゃないですか~!」
「妾はこれでも貴族なのでな。知り合いに見つかるとマズイのじゃ」
「え~、なんで貴族が冒険者なんかやってるんですか!?」
「はいはい、出番だって! 行くよ行くよ、看板娘さん!」
「あ、私の名前はリィリンって言います! 覚えてくださいね! リィリン・ルールロゥですよ!」
「はいはい、覚えとく覚えとく」
リルナとサクラに押されて幕袖からリィリンは飛び出した。
「さぁさぁ、お次の品はこちら! もちろん、お嬢さんじゃないよ。奴隷商売が見つかったら王様に怒られてしまうからね」
司会の男性が音量拡張魔法でもって会場にむけて話す。ちょっとした冗談に、会場から笑い声が漏れた。
「彼女が持っている剣と、そして肩から魔法の光で形成されたマントがオークションにかけられた品だ。モデルは宿屋『ルール・キャットランタン』の看板娘、リィリンちゃんだ。今度、泊まりにいくからサービスしてね」
「お、お待ちしておりますぅ」
可愛らしい女勇者の照れた様子に、会場は少しばかり盛り上がった。リルナたちはこっそりとステージ横から顔を覗かせる。
「うわぁ……貴族ばっかり」
リルナから見れば、ヘンテコな衣装に身を包んだ客ばかりだった。中には普通の格好をした青年や少女もいるのだが、大抵は奇抜な服に身を包んでいる。
そうこうしているうちに、リィリンのパフォーマンスが始まった。勇者の剣を上方へと掲げると、魔法でキラキラと輝きだす。薄暗い会場ではそれがより栄え、貴族たちの関心を誘った。加えて、リィリンが動き回る度にヒラヒラとマントも動く。本物よりも本物らしいその動きは、魔法とは思えないほどにリアルであって、会場を沸かせたのだった。
「う~ん、可愛い女勇者だ。僕のピンチにかけつけて欲しいね。さて、ここからが本番だ。勇者の剣と勇者のマントのセットだよ。注意してほしいのは、刃も無いし、防御力もゼロだっていうこと。正真正銘のおもちゃだ。ただし、マジックアイテムなのは間違いない。さぁ、本物の勇者ごっこを楽しめるお子様は誰かな~?」
「……やっぱりお子様用だよね」
司会の言葉に、がっくりとリルナは肩を落とした。会場が盛り上がっているのは、あくまでリィリンのパフォーマンスと司会の言葉の上手さだ。
商品には何の関係もない……と、リルナは思っていた。
「最低落札価格は、おっとリィリンちゃん、これは控えめすぎないかい?」
「え? そ、そうですか?」
「ま、こんなステキな商品ならば引く手数多といった具合かな。最低落札価格はあってないようなものだね。じゃぁスタートだ! 価格は10ギルから!」
司会者がオークションのスタートを切った瞬間、
「100ギルだ!」
いきなりの値段に、リルナたちは耳を疑った。しかし、確認する暇もなく値段は上がっていく。
「150!」「200だ!」「500ギル!」「1000ギル出すぞ!」
一気に値段は跳ね上がる。
何が貴族たちの琴線に触れたのか、リルナたちは理解できなかった。それは冒険者だから、かもしれない。
貴族にとってマジックアイテムは無用の長物だ。自分を着飾る衣装でもなんでもない。高価な物だから持つ、ということ無いことは無いが、愚かな行為と評されることが多い。
では、この勇者の剣とマントはどうか?
まさに貴族用とも言えた。加えて、自分用ではなく自分の幼い子供用に、である。勇者や英雄、冒険者は貴族であろうと庶民であろうと王族であろうと関係なく、憧れの的である。男の子であろうと女の子であろうと、生涯で一度は勇者ごっこや英雄ごっこをするものだ。
そんな〝ごっこ遊び〟のクオリティを最高値まで高めてくれる道具が、目の前にあった。ならば、買わない手は無い。息子にプレゼントしたいが、その前に是非とも自分でちょっぴり使ってみたい!
なんていう貴族心とお父さん心と少年魂に火を灯す、とんでもないアイテムだったのだ。
「4000ギル!」
「出ました、大台の4千! 他に無いですか……」
司会男性の言葉に、ギリリと歯軋りの音が複数。欲しいけれど、今日の持ち合わせはそこまで無い、と言わんばかりの会場だ。
「ど、どどどど、どうしよう……」
ステージ上で立ち尽くすリィリンはとめどなく溢れてくる汗が何なのか理解できなかった。もしかしたら恐怖していたのかもしれない。
ステージ横で見守るリルナとメロディ、サクラも同じ感想だった。
「どうしよう……」
「う、うむ……」
「なんやよう分からんわ……」
結局のところ、勇者の剣とマントは4千ギルで落札された。その10%である400ギルをオークション会場に払い、残り3600ギル。
「ぶ、分割の約束だから」
「いらない! 私はいらない!」
ちょっとのおこづかい稼ぎのはずが、恐ろしいほどの値段になってしまった。リィリンは頑なに受け取ろうとしなかったので、看板娘と一緒に彼女の父親に返却しておいた。
「…………」
ちなみに父親は無言だった。現実を直視できなかったのかもしれない。
ともかくとして、50ギルで買ったダンジョン情報は、結果一人900ギルの儲けになってしまい、看板娘をひとり困惑のどん底へ叩き落す結果になったのだった。




