~お子様ダンジョンに挑戦!~ 11
見上げれば天井は高く、ツタのように巨大樹の枝が絡みつくように這っていた。光源である魔法の光は途切れてはおらず、充分な明かりを提供している。そのせいか、はたまた魔法で作りあげられたのか、床や壁には深緑色のコケが多く生えていた。
巨大迷路、というよりは巨大植物園に近く、場所によっては巨大樹の根が壁を突き破っていたりと、ダンジョンの中とは思えないほどの自然量だった。
「すごい」
と、呟くことも許されていないのは、この迷路のルール。少女たちにとっては甘い物禁止に続く極悪な決まりごと、おしゃべり禁止だ。貴族マダムならば一日としてこの迷宮にいられないかもしれない。
そんな迷宮には、リルナたち以外に動く者がいる。
妖精だ。
以前に出会った木の妖精と姿が似ている通り、彼女たちは木の妖精だった。掌サイズの人間の姿に、薄い羽。羽ばたいて飛ぶというより、魔法の力で空を飛んでいる。
そんな妖精たちが侵入者であるリルナたちを見るなり、くすくすと笑うような視線を向けた。
「本当におしゃべりが嫌いなの?」
と、言いたげなリルナはドールに怪訝な表情を見せた。もちろん、言葉として話してないので伝わらず、ドールは首を傾げるばかり。ため息をつくわけにもいかないので、リルナは迷宮へと一歩を踏み出した。
と、その横をサクラが追い抜く。少しばかりダッシュした彼女は、左の壁を蹴り三角飛びの要領で正面の壁の上へと登った。
「あ、ずるい!」
「反則じゃぞ!」
と、言いたげなリルナとメロディは壁の上に立つサクラを指差した。さすがのドールも二人の言いたいことは分かったらしく、うんうん、と頷く。
「やっぱり高い所だとぱんつ見えちゃうよね!」
リルナは顔を、メロディは体を遠慮なく踏み潰した。人形だけに柔らかく、ダメージは通っていない。襲い掛かってきたら刃物でもない限り倒せそうになかった。
「じょ、冗談です。ルールはあくまで迷路をクリアすること、おしゃべり禁止のふたつです。反則とか決められてないので」
ドールの言葉に納得するようにリルナとメロディは足をどけた。踏まれるのは二度目でもあってか、彼の顔に靴跡が重なっていた。いい気味だ、とばかりにリルナは舌をべ~っと出す。
「では妾ものぼるぞ」
とばかりにメロディは手をあげる。そしてダッシュして壁へと走った。サクラと同じように左の壁を蹴り上げ、更に手を伸ばすが――
「ふぎゃ!」
残念ながら手は届かず正面の壁にぶつかり、悲鳴をあげて墜落した。と、地面に倒れるお姫様の頭上に木の桶が顕現したかと思うと、遠慮なく自由落下。
「あいたっ!?」
どうやら言葉を発したペナルティのようで、メロディの頭に桶がクリーンヒットした。
「ぷ、あは、あはははははは! あいたっ!?」
お姫様の滑稽な姿に思わず笑ってしまったリルナの頭にも桶が落下し、すこーんと小気味良い音を立てる。そんな二人を見て、サクラは壁の上でひとり肩をすくめるのだった。
ひとまず二人の精神的ダメージが回復するのを待って移動を始める。そんな三人を遠巻きに見つめる妖精たち。空中から眺めたり、壁の上から見つめたり、天井近くの木の枝から見下ろしたり……と、あらゆる方向からリルナたちは見られていた。
本来は珍しいはずの妖精も、ここまで数が多ければアリガタミもゼロ。居心地悪く、静かにリルナとメロディは迷路を歩いていく。
サクラはそんな視線も気にせず、細い壁の上を歩いていく。最初のステージで見せたバランス力あってこその行動なのかもしれない。
サクラの案内でリルナとメロディも進んでいく。途中の曲がり角で目の前にいた妖精に驚き、声を出しそうになりながらも、順調に迷路を攻略していった。
迷路も中盤にさしかかった頃、巨大樹の根元に近い通路を通りかかった時――ザワザワと枝葉が鳴った。今までリルナたちが立てる物音だけの空間に、自然らしい音。
思わず立ち止まった一同は、天井近くを支配する巨大樹を見上げた。
「風が吹いてるね」
と、サクラの声がした。
「「え?」」
と、聞き返したのはリルナとメロディだった。あまりにも不自然なサクラの言葉と、言葉を発してはいけない空間においての声。
思わず聞き返してしまった二人の頭の上に、木桶が容赦なく落下した。ガツンと響き渡る音と共にケラケラと響き渡る笑い声。見れば、部屋中の妖精たちがリルナとメロディを見て、笑っていた。
まるで波のように響き渡る声は騒音となる。甲高い妖精の声は、そのまま脳内に響くかのように襲い掛かった。
「なになに、なんなの……ぐぇっ!?」
「落ち着くのじゃリルナ。あいたっ!? これは妖精の罠に違いない、あういっ!?」
混乱するリルナと、それをなだめるメロディに木桶が落下する。
どこが〝うるさいのが大嫌いな妖精〟だ! とリルナは胸中で叫びながら耳を塞ぐ。見上げればサクラがハンドサインで方向を示していた。
迷路の中を走り、出口へと急ぐ。もう足音も聞こえないくらいに笑い声が響き渡っていた。
「ま、待って待って!」
後ろから聞こえたメロディの声。リルナが振思わずふり返ると、そこには妖精があっかんべーをしていた。
「な、あっ……あぐっ!?」
どうやらここの妖精は声マネができるらしく、その後も何度かそれぞれの声が聞こえてきた。それでも死ぬようなダメージは受けることはない。
不快感とイライラを内包しながらも出口である鉄門へと辿り着く。
リルナの頭に落ちた木桶は全部で六個、メロディは八個。
サクラは見事、ゼロで『静かな迷宮』をクリアーしたのだった。




