幕間劇 ~A little famous girl~
サー・サヤマ城下街。
冒険者たちが大勢住む街には、いつも活気で溢れていた。危険と常に隣り合わせの彼らは、お金の使い方が派手になりがちであり、ともなれば儲かるのは商人たちだ。
冒険者が多い、ということは、商売人が多い、とも言えた。酒屋やアイテムショップはもちろん、娼館から冒険者の宿まで。
もちろんそれは、武器屋や防具屋まで波及する。特別頑強なマジックアイテムを手に入れない限り、武器や防具は消耗品だ。それこそクリスタルゴーレムなんて規格外のモンスターと戦ったとなれば、刃は欠け、盾はひしゃげる。
現在、武器屋と防具屋はかつてない程の忙しさを体験しており、製作者と販売者は共に開いた口がしまらない程、営業スマイルを浮かべ続けていた。
そんな武器屋と防具屋が並ぶ一角。こじんまりとした小さなお店は、相変わらず閑古鳥が鳴き喚いていた。
武器・防具店『リトルヴレイブ』。
小さな勇気と名づけられた店には、他店と違って客が押し寄せている訳ではなかった。かすんで読めない看板のせいか、はたまた――
「いらっしゃーい! リっルナちゃ~ん♪」
店主であるマイン・リューシン(38歳)のせいか。
カランコロンとドアベルを鳴らして店内に入ってきたリルナに抱きついたのは、ドワーフの女性だ。種族柄、彼女たちの見た目は少女のまま。男性ドワーフならば立派な髭を生やして相応の年齢が分かるのだが、女性の見分けはかなり難しい。ニンゲンの少女か、ドワーフの女性か。判断できるのは、それこそドワーフの女性ぐらいだろう。
そんなドワーフたちは力も強く前衛職として冒険者になる者も多いが、手先の器用さを活かして生産者となる者も多い。特に武器や防具の作り手にはドワーフも多く、シューキュ島の物ともなると、それなりに値段も上がる出来栄えだった。
理由は単純。
マジックアイテムを作り出せるから。
ドワーフが継承する秘匿の技術であり、神代から続く伝統だ。もちろん値段は高く、ルーキーなんかは手が出せない。ベテランの冒険者であっても、簡単に買ってしまうには躊躇する物でもあった。
そんなマジックアイテムがゴロゴロと並んでいるのがリトルヴレイブであり、そう製作者でもあるマインがこの調子では、客足が向くとは思えなかった。商売人から見れば、彼女ほど商売に向いていないドワーフはいないだろう、とのこと。
「おっとっと、今は『龍喚士』殿、と呼んだほうがいいのかな? かな?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるマインに、リルナは嫌な表情を浮かべておいた。
「その名前は呼ばないでよぅ」
「大活躍だったみたいじゃない、リルナちゃん。いやぁ、アクセルの腕輪をオススメしておいて良かった良かった。防御アップの効果が無いと死んでたかもね」
「うぅ……」
どうやらマインのところまでリルナの無謀特攻が伝わっているらしく、同時に呼ばれるようになった龍喚士という名前まで知られていた。
あまりに仰々しい名前に、リルナは恐れ多く感じ困っていた。しかし、否定しても謙遜と取られ、どうしようもなくなってしまっており、赤面するだけになってしまった。
「リルナばかりズルいのぅ。妾も活躍したというのに」
「おっと、お姫様じゃないか。お城の財力で、何か買っていってよ」
「お主は少し空気を読む術を覚えたほうが良いのではないか?」
リルナが赤くなって座り込んでしまったので、一緒にきたメロディが応対する。尤も、リトルヴレイブを訪れた理由はメロディにあった。
「空気なんて読んだら、私は一言も喋らなくなっちゃうよ」
「妾はそう言っておる」
「つまり、黙れ小娘、と」
「うむ」
静寂……の後に、マインはメロディを抱きしめて綺麗な金髪をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「かわいいな! なんだこのお姫様! 超かわいいな!」
「やめろ! や、やめ! やめて~!」
しばらくドタバタと撫で回され続けたメロディ。ようやく開放された時には、肩で息をするぐらいに消耗していた。もちろん、マインも。
「ぜぇぜぇ……それで今日は、なんの用?」
「はぁはぁ……わ、妾の武器を新しくしたいと思って……はぁはぁ」
マインはメロディの装備しているロングソードを見た。小さなお姫様が使用しているだけに、ただのロングソードでも巨大に見える。
メロディの身長に合わせるのならば、もっと小さな武器が良いだろう。
そう思ったのだが――
「もっと大きな剣が良いのじゃ」
メロディがそれを先制して思考を防いだ。
「大きいのがいいの?」
「うむ」
「太くてでっかくて、硬いの?」
「え?」
「え?」
どうやら下ネタが通じなかったらしく、マインはひとつ咳払い。
「大きな武器ね……う~ん?」
そのままマインは武器の陳列棚へと移動する。そこには多種多様な武器が置かれており、主の存在をひたすらに待っていた。
「ウチで一番大きな武器はこれだけど……論外ね」
マインは棚においてあるのではなく、壁に立てかけられていた一本を指差す。それは一本の細い剣ではあるが、長さがとんでもなく長く、成人男性の身長をも超えていた。
「論外じゃな……そもそも誰がこんなものを使うんじゃ?」
「想定は対騎馬戦。槍ではなく剣で対抗するならば、と考えて作った一品。銘を『斬馬剣』。お値段たったの1万ギル」
「お主、馬鹿じゃろ」
「よく言われる」
マインはケラケラと笑うと、棚から一振りの剣を取り出した。
「お姫様に扱える大きな剣。それもロングソードよりも大きい剣といえば、これね」
マインが取り出したのは、普通の剣だった。得に豪奢な装飾が施されている訳でもなく、魔法が込められたマジックアイテムでもない。
刀身は少し幅広く、ロングソードよりも長い。だが、その先端は鋭利に尖っており、槍をも思い出させるほどだ。鍔の形は横に突き出ただけの無骨なもの。柄は滑り止めの布が巻かれており、その先端には申し訳程度の飾り彫りが施されていた。
「これは?」
「バスタードソード、って呼ばれる剣よ」
「ほう、強そうな名前じゃな」
そんなお姫様の言葉に、マインは苦笑する。
「ん~、実はあまり良い名前じゃないのよね。わざわざ片手半剣って呼んでいる人もいるくらいよ」
「ん? どういうことじゃ?」
「両手でも片手でも使えるから、片手半剣。更に斬ってもいいし突いてもいい。そんな風に多種多様な使い方ができるから『雑種』って呼ばれた剣よ」
「なるほどのぅ。破壊者(Busterd)ではなく雑種(Bastard)か」
メロディの言葉にマインは頷いた。
「どうする? あまり縁起の良い名前じゃないけど」
「いやいや気に入ったぞ。得に名前が良いな。確かバスタードには『私生児』という意味もあったじゃろ。これこそ、妾の為に創られたような剣ではないか」
卑下にもとれるその言葉に、マインは何も言えなかった。かわりに、ようやく復活したリルナがお姫様に言った。
「そんなこと言ってると、サヤマ女王が泣いちゃうよ?」
「うむ。母上を困らせはせんよ。だが、妾はどこかの誰とも分からぬ人間なのじゃ。たまたま母上に拾われて、メイド長に育てられた結果が妾なのじゃ。血統もなく、ちゃんとした娘でもない。そんな妾には雑種や私生児と罵られても不思議ではない」
もちろん、そんな言葉を口にする者は国の内外でも一人もいなかった。
「戒めじゃよ。姫と奢るなかれ。妾の決意を、この剣に込めるぞ」
そこまで言われては、とリルナとマインは目を合わせる。仕方がない、と二人は肩をすくめた。
「そのロングソードを買い取りで、そうね21ギルでいいわ」
「うむ」
メロディはロングソードと共にギル硬貨をマインへと手渡した。そして、少しだけ大きくなった武器を背中側の腰へと装備する。
「お買い上げ、ありがとう。もっと稼いできてね。今度はマジックアイテム化したバスタードソードを用意しておくから」
「それは楽しみじゃ」
「リルナちゃんは、何かいらない?」
「わたしはまだいいや~」
そっか~、とマインは残念そうに笑った。
ともかくとして、新しい武器を手に入れたリルナとメロディは早速とばかりにメイド長に演習してもらうことにした。もちろん、お姫様の母が嬉々として乱入したことは言うまでもない事実であり、語るまでもない。
後日。
『お姫様が使用した中古ロングソード・1000ギル』と、売り出されていた武器防具店リトルヴレイブにリルナとメロディが乗り込んで抗議したのはちょっとした騒ぎになったそうだ。




