幕間劇 ~イフリートキッスの料理人~
朝日が窓から差し込む頃、リルナは眠りから覚醒する。布団をのけつつ、ぼんやりとする頭で周囲を確認。
狭い部屋に小さな机と、小さな収納箱のみ。そんな小さな部屋だった。
「……あぁ~、そうだ。冒険者の店だ」
リルナにあてがわれたのは、レベル1らしい小さな部屋。装飾品など無く屋根裏部屋とも言える様な部屋だった。
布団を退けると、下着姿だった。
「え~っと昨日は……」
といった途端にズキンと頭が痛む。
「そうだ……歓迎会だったんだ……これが二日酔いってやつ?」
十二歳の体にエールは少しばかり厳しかった様だ。
フラフラとする体とズキズキする頭に辛抱してもらいながら、リルナは服をはおり、スカートを履いた。そのままガチャリと扉を開けて、廊下を確認する。
その狭い廊下には6つの扉がある。現在はイフリータキッスの3階で、ここの住民はリルナだけだった。他に所属している冒険者は二階に住んでいるらしく、パーティで共通した部屋になっているらしい。
昨日、宴会途中で帰ってきた冒険者のお姉さんに聞いた話だ。
「うぅ……それが夢だったのか、現実だったのか、曖昧だ~」
どこからどこまでの記憶が正しいのか、いまいち判別できない。とりあえず、リルナは1階へ降りる事にした。なにより水が飲みたかったのだ。ウンディーネの力を借りてもいいが、今のコンディションで召喚術を使えるとも思えない。
木製の階段をギシギシ言わせながら1階へと降りると、店はガランとしていた。当たり前の話だが、日の出と共に飲みだす猛者はいない様だ。
「キッチンはこっち?」
カウンターの中へと入り、更に奥を目指す。食器棚と酒樽の間にある扉を開けると、なにやら良い匂いがしてきた。
「いい匂い。パンだ」
思わず呟いてしまったリルナに、返事があった。
「あ、おはようございますリルナさん」
「ふぇ?」
そんなマヌケな挨拶をしてしまったのは、二日酔いのせいではないだろう。
キッチンで美味しそうなパンを焼いていたのは、モンスターだったのだ!
「ふえええええええ!? あいたたたたた……」
「あぁ、初対面の人は大抵そんなリアクションですよね……えぇ、慣れっこですよぅ」
そんな感じでちょっぴりイジけたのはコボルトだった。いってしまえば、犬人間、だろうか。ゴブリンと同じく体は子供くらいの大きさで、顔が犬だった。そんな犬の頭には立派なコックさんの帽子。ばっちりと真っ白なエプロンに身を包んだ姿は、熟練の料理人の雰囲気を充分に醸し出していた。
「コボルトだ……本物? 魔女の呪いでそんな姿になったとか?」
「いえいえ、ボクは立派なコボルトですよ。名前はハーベルク・フォン・リキッドリア13世と申します」
「立派な名前だ!? あいたたたた……」
「あぁ~、二日酔いですね。どうぞ水を」
コボルトはコップに水を汲むと、リルナに手渡した。
「ありがとう・え~っと、ハー君? でいい?」
「……まぁ良いでしょう」
よろしくハー君、と挨拶をしてから、リルナは一気に水を飲み干した。心なしか頭痛が治まった気がする。やはり水とは素晴らしい飲み物だ、とリルナは再確認し、エールを敵認定とする事にした。
「朝食は食べますか?」
「あ、うん。お腹空いてる気がする……ハー君ってば、やっぱり料理人なの?」
「はい、そうですよ。コボルトは蛮族の中でも起用な方ですからね。ボクの様に料理人として人間と生活している者は多いです。ボクは一族での13代目ですから、少なくとも13人以上はいるはずです」
「そうなんだ~。初めて見たから驚いちゃった。ところで、朝食のメニューって何?」
「パンに目玉焼きとウインナーです。今から焼きあげるので、どうぞテーブルでお待ちください」
「は~い」
リルナは水をもう一杯おかわりしてから、テーブルについた。
しばらくしてから運ばれてきた朝食は大変に美味しく、これから先の生活を充分に潤してくれるんじゃないかな、と思うリルナだった。




