葉が枯れて
骨鬼の天敵だからだろうか。
桜の気配はよく見える。探そうと思えば、暗闇の灯火のように浮かび上がってくる。
こうやって、胸のうちから見た桜はなんて神々しいのだろう。花の散るみせかけの儚さを捨てて、輝く命が美そのものになる。
サクラは冬桜の幹にしがみついた。厚みがあって温い。舞う花びらはサクラを焼いたりしない。サクラも、この木を傷つけることはない。
サクラはこの木の骨になりたいと思った。他の骨鬼たちがけっして口にいれることができない桜の骨になりたい。
かすかに鼻歌が聞こえた。サクラは幹に力をこめて、ぐっと木々の狭間をにらむ。
「ナクナク壷が啼く 水を返せと壷が啼く 返せはしない 日暮れよ月よ」
妙に印象に残る、なく鳥の歌だ。ただし、サクラが知らない歌詞だった。三番までは歌えるけれど、四番や五番もあったのだろうか。
「タラキ………?」
墨色に沈んだ木の裏から、今朝出会った骨鬼が現れた。口元に悪い笑みを浮かべている。
「みーつけた」
サクラは木から見下ろして冷笑した。
「桜には近づけないくせに」
タラキはぽかんと口を開けた。
「朝と様子がちがってねえか?」
「うるさい!帰れ!」
枝をゆさゆさ揺すって花弁を散らす。タラキが慌ててそれをよける。
「私とこの冬桜に、あなたは近づけませんよね」
タラキは頭をかいた。何か考え込んでいる。口元がしまりなく広がる。
「まちがい」
タラキの言葉にサクラは動きを止めた。
「これは冬桜じゃねえ。ただの狂い咲きだ」
タラキの目が狐のようにうす青く光っている。
「葉が花を制し、木は均衡を保つ。葉が全滅すれば、花が狂奔する。それが狂い咲きだ。冬桜とは違う。勢いにのまれたら、養分にされるぞ」
サクラは、花をむしりとってタラキに投げた。
「いてえ」
「この桜は私のことを愛している!だから、食われたりしない!」
自分以外の骨鬼が桜について知った風な口を利くなんて許されないはずだ。タラキは死ぬべきだ。
「お前、もうのまれちまったのか?」
タラキの声に寂しさが混じりその姿が遠のいていく。安堵して、幹に頬をすりつけた。桜の木が、一体になろうと誘ってくる。穏やかな気分で目を閉じた。
腹部に激痛を感じて目を開ける。タラキが幹を殴りつけていた。
「痛い!」
サクラが叫ぶ。
「痛いのはおまえじゃねえだろうが!」
幹が傾いだ。花が散る。
「やめてよう!」
桜の老木は倒れた。幹の裂け目が生々しく光っている。
タラキはサクラの腕をつかんだ。
「アチッ」
一瞬離し、またつかむと桜の木から引っ剥がした。サクラの腹からどろりと赤い血が垂れた。