水まき
太陽が東から静かに現れた。
泥と柳の葉をかぶって眠っていたサクラは、眠たそうに目をこすり、あくびをした。
寒い。もう少し眠っていたい。でも、フキに命じられている仕事をさぼるわけにはいかない。起き上がって、のろのろと池へ向かった。足元の悪いぬかるみに丸太が一本捨てられたように落ちている。サクラはその上に腰掛け、池の水で顔を洗う。
水の冷たさで完全に目が覚めた。
服のすそをめくって、顔をふき、ほかの骨鬼たちを起こさないようにサクラの仕事場に向かった。
組んだ木の下に、壷が五つ並んでいる。青い壷のふたをはずし、石で作られた冷たい柄杓で中の水をすくう。
特に異常はない。
形式上、一応は確認したが、どうせ見た目で何がわかるとも思えない。
「よしっ」
柄杓を壷に投げ込み、壷を抱えた。結構、重量がある。
サクラの朝一番の仕事は、この水を山にまくことだ。フキの調合したこのアリガタイ水をまけば、山に桜が咲かないらしい。確かに、この山で桜の花を見たことはない。でも、桜の木自体ないのだからなくて当たり前だと、サクラは思う。
歩きながら水をバシャっとそこらじゅうへまく。
前に一度、おざなりにしているところをフキに見られ、薪で頬を殴られたことがある。痛くて、悲しくて、泣いた。私のことをほかの骨鬼は触れられない。だから、ぶたれるときは、たいがい薪だ。
手で殴られたことはないけれど、きっと薪よりは柔らかでましだ。いつか、手で、ぶたれてみたい。
水をまき終えて、壷と柄杓を元の場所に戻した。
若い骨鬼には、必ず一人は師がつく。師ができた若い骨鬼は、この辛気臭い山から出て、師と供に世界をめぐるらしい。
でもサクラには、まだ師がいない。それはほかの骨鬼からみれば異常なことだった。
どこかで生まれ、この山に連れて来られたと同時に誰かがその骨鬼の師になる。そして、すぐに山を出るものだ。だから、山には師としての任を終え、次の幼い骨鬼を待つ者しかいない。
サクラが来た時も、そうだった。サクラも当然、師を見つけすぐに旅立つはずだった。
しかし、山にいた骨鬼全員がサクラの師になることを、拒んだらしい。
骨鬼は、偽善に身をおとすことを潔く思わないそうだ。だから、触れれば火傷(正確には桜やけというらしいけど)を負わせる子をあえて育てようとはしない。
サクラは、経験豊富な偉い骨鬼の中で孤独をかみしめながら、働かされる。
何年たっても、誰も師になろうとしてくれない。
いつか師の任を終えた新しい骨鬼が山に来て、サクラを弟子にしてくれるのだろうか。
「考えてもしょうがない!」
サクラは不安をふりはらい、次の仕事にとりかかった。