プロローグ
冷たい風が首筋を削る。
真夜中の、しんと澄んだ空気の中、一本の桜がみごろを終えて踊り狂うように激しく花を散らす。その、春の冷たい吹雪にさらされる二人の骨鬼。
一人は眼前の桜の木よりはるかに生きたとしかさで、桜の木の下の幼い骨鬼を迎えに来ていた。
「よりによって、桜の下にお生まれかい」
骨鬼は揶揄するような声をかける。木の下の赤ん坊が大きな目を見開いて笑うような声を上げた。
「いい子だね。私はミツキだよ。大きくなったら一緒に酒を呑もうな」
そろそろと手を伸ばし、赤ん坊に触れた。
「アチッ」
ミツキがそっと手を見る。小さな赤いただれが無数にできている。赤ん坊の皮膚にはりついていた桜に触れてしまったらしい。まともに触れてしまったから、しばらくはうずくだろうか。
もう一度、手を伸ばす。今度は手に、薄い布を巻いている。そうしてようやく、赤ん坊は抱かれた。
赤ん坊を抱いて、ミツキは桜吹雪の外へ出る。赤ん坊の頬の桜を布越しにつまむ。
「…?」
赤ん坊はまったく[桜やけ]していない。
ミツキは自分の手を見た。赤い斑点がある。先ほど、赤ん坊についていた花があたった部分だ。では、確かにあれは桜だ。…どうして、この赤ん坊は無傷なのだろう。
骨鬼ではないのか?
赤ん坊の口に指を差し入れ、歯を確認した。はえそろった歯は、人間の子のものではない。
この子は何なのだろう。なんだか、恐ろしいものを拾ってしまったのだろうか。
「ミツキ」
骨鬼がもう一人、現れた。おしゃれな青い外套を着ている。
「フキ?この子は――――」
「一日に生まれた骨鬼はどこか狂っているらしい。でも、確かに骨鬼だよ」
ミツキはフキに赤ん坊を押し付けた。
「嘘だ。桜が平気な骨鬼なんて」
「桜が?」
フキは興味をそそられたようで、赤ん坊の頬にふしくれだった指をおいた。かすかに震えている芋の根のような指が一通り赤ん坊の顔をなで終わる。
「さあ、フキ。名前を」
「キ、はいらないかね。このこには。サクラなんていいかもしれないね」
「冗談じゃない!」
ミツキが怒鳴った瞬間、赤ん坊の頬に赤みが差した。命名の儀が今ので終わってしまったらしい。
「この子はサクラだ!同胞に抱かれぬサクラだ!」
ミツキは赤ん坊の哀れな未来を思い、憤る。
「桜と名のつくものにはわれらは触れられぬ!この子は同胞の皮膚を焼くだろう!」
フキがサクラから手を離した。[桜やけ]していた。
サクラは布に巻かれ、生まれの場所から引き離された。多くの同胞が待つ場所へ、フキとミツキが運んでゆく。
桜吹雪は舞を終えた。