弐
「村に帰れとは……つまりそれは、お暇を頂く、ということでしょうか」
「そう取ってしまったとしても否定はできない」
店の主人に呼び出され、華世と別れて部屋へと向かった矢先のことだった。
出された茶も受け取らず、祐市は主人を凝視する。皺の刻まれたその顔は、苦虫を噛んだかのような渋いものだった。
「……僕は何かしてしまったでしょうか」
ただ頭に浮かんでいたのは許嫁の顔だった。婿入りを前提として働きに来ている自分が暇を出されるということは、つまり自分に彼女は相応しくないということなのだろうか。
「いや、君はよくやっている。華世も君を気に入っているし、そちらに関しては何も言うことはないんだ」
「なら……」
「店が危ういんだ。ここ二、三年で、うちもとてもじゃないが裕福とは言えなくなった」
主人は苦い表情のまま祐市を見ていった。
「華世のこともある、なんとか頑張ってみてはいたが、経営は悪くなるばかりでね。少しずつ、他の者にも暇を出している。君も一度、里帰りと思って帰るといい。何、許嫁を破棄しようというわけじゃない。落ち着いたら便りを送るから、そうしたらまたここで働いてくれ」
「しかし、だからこそ何かお役に立てることは……」
「いくら心根が良くてもそれだけじゃやってはいけない。君はまだ素人だ。いても出来ることはない」
「勉学は重ねてきました。経験こそありませんが、何かできる――」
「分からないかな。邪魔だと言っているんだ」
主人の顔は渋いままだった。しかしその眼には、否定を許さない厳しい光が宿っている。
「無理を言っているのはわかっている。どうか、聞き入れてくれないかい」
祐市は俯いた。ずっと働いていながらも、自分は店が苦しいことなど全く気付いてはいなかった。隠されていたとはいえ、見ようともしていなかったのだ。そんな自分がここに残ったとしても、一体なにができるのだろうか。
「……わかり、ました」
膝の上に置いた手をきつく握りしめて、祐市は絞り出すような声で言った。
祐市が店から暇を出され、実家へと帰ってから程なくして、華世の家は店を畳んだ。長年積み重なった借金が増えに増え、どうにもならなくなってしまったらしい。
噂を知った小間使いが駆け込んだのは、両親に援助の話を持ちかけていた、丁度最中の時だった。すべてが、今さらであり、遅すぎたのだ。
思い返せば、おそらく主人はこの未来を予想していたのだろう。だからこそ、巻き込まないように祐市を半場無理矢理追い出したのだ。まだ何も知らない、祐市を。




