戦後のアレコレ
フランスの敗北とドイツの勝利は瞬く間に全世界を駆け巡った。
勝敗は大方の予想通りであったが、各国は軍の戦略・戦術は勿論、戦争そのもの在り方について、考えを改める必要性があった。
国家の全てを動員した、総力戦。
戦場こそ、欧州に限定されていたが、次に勃発する戦争もそうだとは限らない。
また、ほとんど被害が出ていないドイツの同盟国はともかくとして、各国の注目はドイツの経済がどうなるか、というところにあった。
注ぎ込まれた資源、戦費は膨大だ。
軍需で経済は回らず、うまく対応しなければ戦勝国であるにも関わらず、酷い状態になるだろう。
そのような注目の中、9月15日にパリにて降伏文書調印式が執り行われ、正式にフランスはドイツに対して降伏する形となった。
この模様は全世界にラジオ中継され、また映像での記録も行われた。
「署名欄、間違わなくて良かった」
ドイツ側代表として署名を行ったヴェルナーはドイツへと戻る特別列車の中でヒトラーに零した。
「もし間違えていたら、伝説になったぞ。色々な意味でな」
「しっかり確認したのが功を奏した」
ヴェルナーの言葉にヒトラーは納得する。
降伏文書に署名する際、ヴェルナーが10秒程微動だにしなかったことはヒトラーは勿論、出席者全員に目撃されていた。
ヒトラーが告げる。
「これからが大変だぞ。やることはいっぱいだ」
「弾丸や砲弾、爆弾が飛んでこないなら安全だ」
「だが、終わりがないぞ。明確な敵がいないからな」
ヴェルナーはヒトラーの言葉に頷いてみせるが、すぐに渋い顔になった。
「大軍縮か、嫌なものだ」
「嫌だろうがやってもらう。無論、事前に提出されたリスト分の各軍の軍備については保障する」
「それ以上は?」
「無理だ」
「だろうな。だが、我々の装備の優位を保つ為にも、技術に関わる研究開発は予算をつけてもらうぞ」
「分かっているとも。定数を増やすことは認めないが、技術部分は別だ。そっちは最大限に協力する」
「それならいい。これでしばらく我々、軍人はお役御免だ。のんびりするさ」
「君はこの後、国防大臣だ。おめでとう」
ヴェルナーはあからさまに嫌な顔をする。
以前に出た話だが、覚えていたのかと。
「実質的な軍の最高権力者だぞ? 君が首を縦に振らなければ軍は動かないだろう」
「嘘つけ。実質的な三軍の調整役だろう。一番、面倒くさい仕事だ」
ただでさえ、戦後は予算の分捕り合い。
更に兵器の調達価格や維持費用も戦前より大きく上昇している。
たとえ技術に関わる分は別枠だとしても、おっさんと爺さんが予算を巡って争う未来しかない。
平和といえば平和な光景だが、当事者からすればたまったものではない。
「まあ、諦めろ。君が退役でもしない限りは国家に扱き使われる運命だ」
「よし、今すぐ退役する」
「皇帝陛下が首を縦に振るか、見ものだな」
ヒトラーはニヤニヤと笑う。
もしも万が一、ヴェルナーが退役するなんてなったら、法律的にそれを止める権限がないところから待ったが掛かる。
その最たるものがヴィルヘルム2世であるし、目の前にヒトラーや政府の面々だ。
軍内部における軍拡を望む意見や好戦的な意見を抑えるにはヴェルナーはちょうど良かった。
「とりあえず、戦争はもう嫌だぞ。二度とだ。全世界の国と同盟でも結んでしまえ」
「暴論が飛び出したが、実は考えがある」
「ほう?」
前のめりになるヴェルナーにヒトラーはほくそ笑む。
「世界中の国が参加する、国際的な機関を作ろうと思っている」
ヴェルナーはピンときた。
国際連盟か、国際連合か、どっちになるか分からないが、すぐに出てくる助言が一つあった。
「有名無実となっては、よろしくないぞ? ちゃんと実行力がある組織にしないといけない」
「分かっているとも。とはいえ、各国の利益が関わってくるから、色々と課題も多い。我が国もそうだが、他の列強も、利益が得られるなら戦うだろうからな」
「まあ、そうだろうな……」
「実質列強同士の利害調整の場となるだろうが、無いよりは良い。少しは戦争の抑止にもなるかもしれない」
「戦争関連は仕方がないにせよ、それ以外のことは実行力を持たせるようにな。国をまたいだ犯罪だとか難民の支援だとか」
ヴェルナーの言葉にヒトラーは大きく頷いた。
「そこらは反対できないだろう。もし反対するなら、犯罪を擁護したり、難民を使ってよろしくないことをしているのか、と問い詰めてやるさ」
ヒトラーならやりかねない、とヴェルナーは確信しつつ、問いかける。
「名前はどうする? 地球連合とでも名付けるか?」
「飛躍しすぎだろう。国際連合あたりにしようと思う」
やっぱりそうきたか、と思いつつ、ヴェルナーは核心に触れる。
「それで、どうしてこの話をしたんだ?」
「そりゃ君に動いて欲しいからだ」
「報酬を寄越せ」
「降伏文書調印式での君の姿を私が描いてやろう。ちゃんと私のサイン入りで」
「そうか、それは有り難いな。精々、頑張るとしよう」
ヒトラーは拍子抜けする。
もうちょっとゴネると予想していた為に。
「随分と簡単に引き受けたな。もっと文句を言うものだと思った。仕事が増えるんだぞ?」
「簡単な話だ。私の仕事は増えるが、君の仕事はもっと増える。思う存分、働くと良い。君もまた国家に扱き使われる運命だからな」
そう言って笑うヴェルナーにヒトラーは一本取られた、と肩を竦めるしかなかった。
ドイツ軍のフランス領内からの撤退は降伏文書調印式の翌日から早速始まった。
治安維持として、そのままフランス領内に残ることになった不幸な部隊も幾つかあったが、そのような部隊であっても、フランス側の治安維持体制が回復するまでの短期間であり、どんなに遅くても3ヶ月以内にはドイツへ帰還することが確定していた。
講和条約の締結もドイツ政府としてはなるべく早い時期――できれば年内に終えてしまいたいという意向であり、フランス政府もそれを了承した。
元々講和の条件に関してはフランス政府は勿論、主要な国々とは話がついている為、大きな障害はない。
日本やイタリアに関してはフランス政府が別途交渉する形となるが、法外な要求はするな、とドイツ政府が事前に釘を刺していた。
とはいえ、日本にしろ、イタリアにしろ、ドイツが控えめな条件で手を打つ為にそれを超えた要求をすればドイツの機嫌を損ねる可能性があった為、最初からそんな気は全く無かった。
無事に11月11日、ヴェルサイユ宮殿にて講和条約が結ばれ、フランスとドイツ及びその同盟国との間で戦争状態が終結した。
国際的には平穏無事に落ち着いたが、一方で経済――特にドイツは政治家達が戦争中よりも神経をとがらせていた。
ドイツはフランスを叩き潰す為に膨大な戦費と資源を費やし、生産力を強化し、それらの多くを軍需へと振り向けた。
結果として、それにより勝利できた。
ドイツ産業界は軍の要求に見事に応え、さらにはその状態であっても民需品の生産を絶やすことはなかった。
だが、過剰な生産力は戦争終了により捌け口を失い、業績悪化、それに伴う人員整理、溢れかえる失業者、それらが合わさることで不況を招く。
好景気とまではいかないまでも、不況にはしないという断固とした決意でもってドイツ政府は対応に追われた。
もっとも、経済的にプラスの要因は幾つかあった。
例えばドイツの勝利による戦争の終結を見越して、皇帝攻勢に伴う物資集積が完了したあたりから、大企業を中心とし、生産ラインの廃止や転換が段階的に行われていた。
フランスは当時の時点で素人目に見ても、勝利の可能性が低い状況であり、これ以上の設備投資は赤字になるという経営判断からだ。
しかし、もっとも大きいプラスの影響があるものは戦争による技術の飛躍的な発展だ。
それらを利用もしくは応用した家電をはじめとした様々な製品を送り出せるのは世界でドイツしかいない。
張り合っていたフランスはその領域にまで達していなかった。
もしも、達していた場合、戦争はまだ続いていただろう。
政府や経営者達の心配をよそに、経済は多少の減速はあったものの、幸いにもプラス要因のおかげで大きなブレーキが掛かることはなかった。
復員に伴い、労働力人口が急激に増加したが、彼らの働き口が不足することはなかった。
一方のフランスは政治的にも経済的にも危機に直面した。
経済的な危機は終戦直後から、政治的な危機は数ヶ月遅れでやってきた。
もっとも、フランス政府にとってはそれらは全て予期できたものだ。
経済的にはどうにもならず、失業者が溢れかえり、それによって現体制への不満が国民の間に広まった。
これらを受け、ドイツが裏から介入・支援し、オルレアン派が政治の実権を握り、フランスにおける正統政府となった。
ボナパルト派や王党派から不満が出たものの、難局を乗り切る手立てはなかった。
約束通りにドイツはオルレアン派がフランスにおける正統政府となったことで、同盟締結を前提として、様々な支援の手を差し伸べたことで、ようやくフランスは一息つくことができたのだった。
戦後の数年間は各国とも、戦争の後始末に奔走したが、喉元過ぎれば何とやら。
頻繁という程ではないが、それなりの頻度で利害の対立による国家同士の小競り合いが起き始めた。
そこへ満を持して、ヒトラーが国際連合構想を発表した。
そのときの彼は単なる一政治家ではなく、ドイツ帝国の首相としての発表だった。
「ヒトラーめ、精力的に動き回っているな」
戦後、すぐに国防大臣に就任させられたヴェルナーは仕事の傍ら、新聞を読んでいた。
ヒトラーが国際連合構想を実現させる為、各国を飛び回っているとの記事が一面で載っていた。
彼は終戦からしばらくは国内の様々な問題や課題に対応していたが、すぐに国際連合の実現に向けて動き出した。
どうやら国内の根回しは済んでいたらしかった。
でなければあんなにスムーズにはできない。
ヒトラーの行動力には今でも驚くばかりのヴェルナーだ。
新聞から目を離し、何気なく壁に掛かった最新の世界地図へと視線を向ける。
「世界も中々、愉快なことになったものだ」
オルレアン朝フランスってなんだ、時代を間違えているぞ、ドナウ連邦って、よく今日まで瓦解せずに残っているな、と彼は思う。
とはいえ、そのオルレアン朝フランスも当時のものとは全く違うし、ドナウ連邦という社会実験の産物みたいなものも普通選挙がちゃんと保障されており、君主は君臨しているだけなので、どちらかというと細部は異なるものの、大枠としてはイギリス型立憲君主制国家だ。
やはりイギリスは偉大だ、とヴェルナーは感心してしまう。
そしてドイツもまたイギリス型立憲君主制国家へと移行している。
ヴィルヘルム2世は自身の最後の仕事と定め、それを成し遂げたのだ。
あのときは戦後初めて厳戒態勢が敷かれたので、ヴェルナーの記憶にもよく残っている。
ベルリンは無論、ドイツ全土で警察や軍が出動したが、特に何事もなく終わった。
これによって役職の名称が変わったものがあり、その最たるものが宰相から首相への変更だ。
「本当に世界は変わったものだ」
決意したあの日は16歳だったが、今ではもう60歳近い。
長かったような、短かったような、不思議な感覚だ。
「行動によって未来は変わる。当たり前の話だ」
そう呟いてヴェルナーは再度、仕事へと戻った。