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最後の作戦

めちゃくちゃお待たせしました。




「揚陸の遅れは気になるが、そこまで悪くはない展開だ」


 バルバロッサ作戦の総司令官であるマンシュタイン元帥は現時点における状況を確認し、そう評価した。


 迅速な侵攻が望めないのは上陸前から予想できていた。

 甚大な被害ながらも、短時間で上陸、橋頭堡確保までできたときは拍子抜けしたが、それはフランス軍の罠であるという可能性が高かった。


 ボカージュ地帯を巧みに利用した堅固な陣地にぶつかったからだ。

 

 無論、マンシュタインとてそれは予想できたこと。

 故に、事前の協議の通りにドイツ空軍は「鷲の日」と称する作戦を実行。

 1000機の四発爆撃機による絨毯爆撃から始まり、ドイツ空軍の爆撃機・攻撃機の博覧会の如く、多種多様な機体――それこそ、ちょうど良い機会とばかりにドイツ空軍はレヒリンから実験機や試作機まで持ってきて投入し、ボカージュ地帯を完全に粉砕するべく、繰り返し爆撃した。


 結局1日だけでは効果が薄いと判断された為、2日目である今日も実施された。

 本日の夕方までに、ドイツ空軍は途切れることなく部隊を派遣し、陸軍及び海兵隊の進撃路上に存在する邪魔なボカージュを吹き飛ばすことに成功したと偵察の結果、マンシュタインは判断し、上陸3日目である明日の早朝に攻撃を開始するよう、命令を下している。


「気がかりはフランス海軍だが、そちらは海軍に任せるしかない。日本海軍が張り切っていると聞く」

「日本海海戦以来の激戦となりそうですので、東郷の弟子達も張り切るでしょう」


 参謀長の言葉に同意とばかりにマンシュタインは頷く。

 海岸には物資が山積みで、輸送艦や輸送船にはまだまだ大量に残されており、夜を徹して揚陸作業が行われている段階だ。


 陸軍部隊の揚陸も、予定よりもやや遅れが生じており、そちらの遅れが物資の揚陸作業にまで波及している。


 史上最大規模の上陸作戦なので、仕方がないとマンシュタインは割り切っていた。













「嬉しい事態といえるかもしれないな」


 日本海軍遣欧艦隊の司令官である角田覚治は会議の席上、そう切り出した。


 敵の主力艦隊と殴り合える機会というのは、軍人としては冥利に尽きるものだ。

 砲術畑の出身であるならば尚更だ。


「とはいえ、立体的な展開になる可能性が高いです。航空機もそうですが、おそらくは潜水艦も。下手を打てばフランス沿岸部から魚雷艇などの攻撃を受ける可能性も」

「先のシェルブール沖のドイツ艦隊というわけか」


 参謀長である志摩の言葉に角田はそう述べる。

 

「だが、我々も彼らと同等とはいえないが、それに準じる装備はある」


 角田の言葉は事実だった。

 比較的早い段階から、ドイツ海軍から日本海軍に対し、レーダーをはじめとした各種装備の無償供与が提案されており、提供について日本海軍側は承諾していた。


 ひとえに、先行で派遣されていた航空部隊や陸軍部隊からの報告、そして実際にドイツに到着し、ドイツ海軍との交流により、自分達とのドイツ軍との差が余りにも大きすぎることを痛感した為だ。


 それにより、各種レーダーや射撃管制装置、対空砲に至るまでドイツ海軍からの援助をありがたく受けていた。


「当初は武人の蛮用に耐えられない云々といった声もあったが、1週間程で消えたな」


 導入当初こそ、ドイツ軍の装備は性能は良いが、精密で、壊れやすいのではないか、という声が将兵からチラホラ上がっていた。

 日本の工業基準でいえば、それは真っ当な常識であったが、あいにくと相手が悪い。


 日本のものよりもドイツ製は頑丈で壊れにくく、壊れたとしても簡単な部品交換であっという間に修理できたのだ。

 ついでに、マニュアルもイラストが多く使われ、非常にわかりやすいものだった。


 そのことが判明するなり、あっという間に武人の蛮用に耐えられない、という声は立ち消えていた。


「フランス艦隊はどうだ?」

「ドイツ空軍からの情報によりますと、ほぼまっすぐに北上しております」


 フランス艦隊は今朝の時点で再度捕捉されていた。


 だが、発見当初、ドイツからは無論、イギリスからも距離が遠すぎて空襲を実施できず、またフランス本土攻撃に手一杯という理由によりどちらの空軍も午後になっても動けなかった。


 角田は海図を睨む。


 海図上にはフランス艦隊とされた赤い駒が置かれており、遣欧艦隊とはあと3時間足らずで接敵する位置にある。

 ドイツ空軍の哨戒機は数機がフランス艦隊にぴったりと張り付いており、常に位置を報告してくれている。


 接敵は時刻にして20時過ぎと予想されていた。


 幸いにも満月であり、天候も良い。

 視界不良に泣く、ということはない。


 イギリス・ドイツ、それぞれの空軍は夜間における敵艦隊攻撃のリスクを考えて、見送る構えであり、イギリス海軍及びドイツ海軍他同盟国海軍の主力は位置的に間に合わない。


 無論、他の海軍も艦隊決戦を望んでいるが為に、今頃大急ぎでこちらへ向かい始めていることは間違いないが、遣欧艦隊も距離を詰めるべく、既に南下を開始している。



 一番槍は日本海軍であることは間違いない。

 もっとも、さすがに戦艦8隻を真正面から相手取るのは荷が重い。


 だが、フランス艦隊には時間がない。

 ドイツ軍が揚陸を終えるまでが勝負であり、遣欧艦隊に割ける時間は少ないのだ。

 遣欧艦隊を超えたところで、その次にはドイツ海軍、イギリス海軍が待ち構えている。

 

 極論すれば遣欧艦隊が突破されても、欧州の海軍勢が抑えてくれる。


 無論、通しても良いという緩い気持ちなどではないが、この心理的な要素は優位に立てると角田は考え、敵の焦りを利用すれば半分は食えると確信している。


 だが、角田はそれでは不足と考える。

 欧州列強に日本の力を示す、その為にやることは一つしかない。

 その為に出撃前の作戦会議で、あえて南雲少将に対して作戦目標をあのように指示したのだ。


「この時の為、鍛えに鍛えた夜戦の腕前、存分に披露しよう。諸君、ここで全て食うぞ」


 角田はその名前に似合わず、丸田丸治という渾名が密かにつけられる程に丸顔で小太りであったが、今や闘将としての本性を現し、獰猛な笑みを浮かべた。


 

 










「突撃ぃ!」


 夕闇が迫る中、各所で、その怒鳴り声とともに、吹き鳴らされた突撃ラッパが響き渡る。

 そのラッパの音とともに戦車が前進を開始し、その後を歩兵達が駆け足でついていく。


 敵の攻撃は散発的だ。

 当初の勢いはまったくない。


 辻政信は、前線にてその一部始終を見ていた。

 本来なら司令部にいる彼がここにいるのは、ひとえに熱心に志願した為だ。

 そこまで熱心ならば、と前線視察という名目で辻はここにやってきていた。


 日本陸軍が攻略を担当するのは道路沿いにある丘陵地帯。

 ここにフランス軍は頑強な陣地を構築しており、通行の妨げとなっていた為、攻略の必要性が出てきていた。


 ドイツ軍でもロシア軍でも良かったのだが、日本軍が頼み込んだ為に、日本軍の担当となった。


「かつての皇軍にはできなかった、やり方だ」


 辻はそう言って溜息を吐きたくなった。


 今回の丘陵地帯攻撃に当たって、ドイツ空軍と日本軍の航空隊が協同でまず空襲を数回に渡って実施、その後に数時間程の砲撃、突撃間近にロケット弾の発射と贅沢な程に砲弾やら爆弾やらを使用している。


 そして、極めつけが戦車を先頭に立てての攻撃だ。

 それもドイツ軍から供与された四号戦車ときている。


 日本から持ってきた装備を探すのが難しい程にドイツ陸軍から供与されたものは多い。


 良いことであるが、やりきれん、というのは辻だけに限らず、全ての日本陸軍将兵の思いだった。


「だが、これも一時のこと。いずれは必ず」


 同盟国におんぶに抱っこでは情けない。

 確固たる信念を抱き、辻は厳しい視線を戦場に送り、今後について思案を巡らすのだった。

 

 

 








「憎たらしい程に巧いやり方だ」


 フランス陸軍の総司令官であるウェイガン大将は端的に状況をそのように評価した。


 ノルマンディー地方は敵の猛爆撃により、ボカージュの多くを吹き飛ばされて、当初予定されていた遅滞戦闘はとてもではないが実施できる状況にはない。


 とはいえ、朗報は幾つかある。

 海軍が近日中にも敵の輸送艦隊に対して攻撃を仕掛けるということだ。

 空軍は艦隊到着に合わせて、主に南部方面から引き抜けるだけの部隊を引き抜いて支援及び敵上陸部隊に対して攻撃を仕掛ける予定であり、そちらの準備も比較的順調に進んでいる。


 予定されていた幾つかの部隊がドイツ空軍の戦闘機に襲われて半壊したりもしたが、それでも300機程度の航空機は投入できるという。

 300機というのは常識的に考えれば大きな数字であるのだが、いかんせん比較する相手がドイツである。

 ドイツ相手にはその2倍、最低でも3倍程度は用意してぶつけないと、勝利できないのではないか、という、よろしくない感情に囚われそうになる。


 無論、フランス陸軍としてもノルマンディーに展開していた機甲師団4個を全て投入し、また敗走してきた部隊の将兵を大急ぎで再編成して、海軍の攻撃開始に合わせて敵の上陸部隊に対して一大攻勢を仕掛ける予定だ。

 それに念のために、と用意してある前線から少し離れた場所に展開している機甲師団4個も必要に応じてノルマンディーに投入する。


「物流はどうか?」


 ウェイガンの問いに参謀長が即座に告げる。


「最悪です。敵の戦闘機や爆撃機に良いようにやられており、前線までの輸送手段の確保は困難を極めています」

「どうにかならないか?」

「最寄りの工場に部隊が直接立ち寄って、受領するのが一番早いかと」

「そうか……」


 ドイツ空軍による空襲が激化した時から、これは予想されていた事態だ。

 だからこそ、各地に簡易的な備蓄基地もあらかじめ構築していたのだが、それらも既に枯渇するか、破壊されるか、あるいは部隊が辿り着くには道路や鉄道の破壊により、多大な時間を要する状況になりつつある。


 急速に補給事情は悪化している。

 だが、純粋な生産力の観点から見ればそこまで劇的に落ち込んではいないのが悔しいところだ。

 工場は空襲を受けたとしても、比較的短期間で復旧できるのがその要因だ。

 無論、ドイツ軍による本国侵攻前と比較すればその生産力は着実に落ちつつあるのは言うまでもない。



「おそらく、最後の作戦だろう」


 ウェイガンには――否、全てのフランス軍人にとって、それは共通する思いだった。






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