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予想された頑強なる抵抗

お待たせしました(ヽ´ω`)



「大食い過ぎるぞ、こいつは」


 補給部隊の軍曹はそう言いながら、五号戦車の側面を軽く叩いた。

 彼の言葉は今回の作戦に参加している全ての将兵が感じていたことだ。



 火力も防御も速度も文句なし、生存性も抜群と戦闘部隊における評価はこれ以上ないくらいに高い。

 だが、補給部隊にとっては最悪の敵だ。


 燃費は四号戦車とは比べ物にならない程に悪化し、また50トンに迫る重量は橋梁や道路に著しい負担を加え、その劣化を早める。

 燃費が悪いなら、燃料を多く搭載すれば良い、というのを実行した五号戦車であったが、その分、アレコレ手間も増える。


「整備の連中も、ボヤいていたな……」


 いくらエンジン丸ごと交換しろ、という通達が出されていても、整備の手間はこれまでよりも多くかかる。

 そのことについて、整備部隊にいる友人がアレコレと愚痴を言っていた。


 順次、五号戦車を装備する部隊の数は増えていることが更に補給部隊の頭を痛める結果となる。


 五号戦車が数十両も通った後の道路はとてもではないが、車両が通行できるようなものではなく、道路の修繕から開始しなければならなかった。

 勿論、道路の修繕に駆り出されるのは工兵部隊であり、こちらからも評判は良くない。



 我々は道路工事をしつつ、ガソリンスタンドを作りながら、進軍している――


 そんな冗談のような話が事実として報告書に書かれる程度には五号戦車というシロモノは各種支援部隊からの評判は悪かった。

 

「空軍が空にいるから良いものの、これでもし敵が襲ってきたら、目も当てられない」


 ガソリンスタンドを作るというのは大袈裟だが、大食らいの五号戦車の為に部隊所属の大型のタンクローリーが車列を作ってひっきりなしに、前線と後方を行き来している。

 そうしないと、五号戦車装備部隊の燃料補給が追いつかない為に。


 そこに爆弾どころか銃弾の一発でも撃ち込まれれば、どういう惨状になるかは誰だって予想がつく。

 護衛も随伴しているとはいえ、攻撃を思いとどまらせる程の数ではない。

 


「難しいことはお偉方が考えることだ」


 自分のような立場で分かることが、上の連中が分からない筈がないと。

 そのように軍曹は考えた。




 









「どうにもならんな」


 その一言に集約されていた。

 西方装甲軍集団兵站軍司令官という仰々しい肩書を持つパウルス中将の言葉は実質的な対策は不可能というものだった。


 今日もまた西方装甲軍集団所属の、幾つかの部隊に随伴していた補給部隊が襲われた。

 それは組織的な攻撃などではない。

 

 フランス軍の残存兵――小隊規模にも満たない極少数――による襲撃だ。

 銃と手榴弾と機関銃くらいしか持っていない彼らはドイツ軍のタンクローリーやトラックの車列に銃弾を撃ち込んで、手榴弾を投げつけた。

 護衛部隊が即応して反撃し、撃退したが、それでも少なくない数の車両がやられた。

 


 とはいえ、それは許容の範囲内の損失だ。


 全ての占領地域で残存する敵兵を探し出す、というのは非効率極まりない。

 護衛をつけるにしても限界があり、残存している敵兵が極少数であること、また、個人が携帯できる弾薬の量などたかが知れている。


 そういったものを考慮した結果、時間と共に敵の残存兵の脅威は加速度的に減少していくと考えられていた。


 事実、その考えは正しく、占領地域内でドイツ軍に投降する敵兵の数は着実に増えている。

 本国に侵攻されているのだから、最後までできることをやってから投降するというのは当初から考えられたことだった。

 もしドイツがフランスと同じ立場になれば、きっとそうするだろうという予想によるものだ。


 そんな予想もあり、皇帝攻勢開始にあたって各部隊に対して、いかなる場合でも、捕虜は丁重に扱うよう、総司令官であるルントシュテット元帥から厳命が下されていた。


「しかし、アイツも、寝ているときに勝手に入って、勝手に置いていくとはな……」


 パウルスは棚に置いてあるスコッチを横目で見て、溜息を吐く。

 その土産を置いていった輩は現在、ノルマンディーの海岸か、あるいは内陸部に向けて進撃を開始した頃だ。


「パリ一番乗りを果たしたら、何をくれてやるかな……」

 

 そう呟くパウルスの顔は激務の合間にも関わらず、穏やかなものだった。

 

 











「事前に聞かされていたとはいえ、これは酷い」


 ロンメルはフランス軍を心の底から気の毒に思った。


 ノルマンディーに上陸を果たした彼はその配下の師団に対して先に上陸を果たしていたグロス・ドイッチュランド師団に負けないよう、大急ぎで内陸部への侵攻を開始していたのだが、すぐにフランス軍の複数の頑強な陣地に遭遇することになった。

 これはグロス・ドイッチュランド師団やロンメルの部隊だけではなく、他の海岸から上陸した全ての部隊がそうなっていた。


 予想よりも遥かに短い時間で、フランス軍の抵抗が下火になり、上陸できたのは罠であったのではないかとドイツ軍将兵に思わせるくらいに、内陸部への進撃は極めて困難だった。


 重点的な偵察の結果、想定よりも多数の敵軍が集結していることが分かり――ノルマンディーにおける敵の準備の良さからある程度の予想はついていたものの――安易に攻勢を仕掛ければ被害が甚大になると判断された。


 またこの地域一帯における特徴的なボカージュ――生垣と土手は防衛側にとって、理想的な環境を提供した。

 地形を利用し、入念に構築された陣地と、そこに篭もる練度も士気も高いと思われる敵軍。


 そんな難題に対して、ではどうするか、というのが目の前にあるドイツ空軍の解答だ。


 ロンメルは双眼鏡を覗き込む。

 遠くで着弾を示す爆発が巻き起こり、土煙が天高く濛々と立ち込めているのがよく見えた。


 その上空にはドイツ空軍機。

 四基のエンジンを備えたそれは見慣れたB44爆撃機であったが、数が尋常ではない。



 文字通りの空を埋め尽くす大編隊であり、それらは低高度を飛行し、防御陣地があると思われるところに爆弾の雨を降らせていく。

 一応の狙いは定めているようだが、傍目から見れば、それは無差別に、まるで床に絨毯を敷くかのような爆撃であった。


「1000機爆撃は爽快だな」


 そう言って、ロンメルは投入される爆撃機の数は1000機ではきかないことに肩をすくめる。

 

「空軍は頭がおかしい、明らかに」


 確かに、解決してくれとはバルバロッサの総司令官であるマンシュタインから空軍に作戦前に要請がいっただろう。


 だが、ここまでしてくれとは言わなかった筈だ。


 ドイツ空軍は要請に応じ、予定通りに部隊を派遣してきた。

 邪魔なボカージュ地帯を根こそぎ更地に変えるというシンプルな解答を携えて。

 

 投入されるのはB44を主力とした四発爆撃機の部隊であり、本来ならこういった任務には投入されない機種だ。

 

 陣地や車両を一つずつ潰していくというのはA5をはじめとした、地上攻撃機の専門。

 

 しかし、地形そのものが目標となるならば話は変わってくる。

 

 あの爆弾の下にいるフランス軍は可哀想だ、とロンメルは思いつつも、時計を見る。

 時刻は12時過ぎ。 


 今日1日、ほとんど隙間なく爆撃機やら攻撃機やらが飛んでくる。

 明日になってもフランス軍が頑張っているようなら、明日も爆撃に費やし、明後日から進撃開始となる。


「この地域を突破すれば、あとは一直線にいける筈だ」


 ロンメルは確信していた。











 報告書を読み、海兵隊の司令官であるクリーガー少将は溜息を吐いた。


 海兵隊は全ての海岸で敵陣を突破した。

 その戦果は大きいが、代償もまた大きかった。


 上陸第一陣となった海兵隊の部隊は全ての海岸において4割近い死傷者を出しており、全滅という判定になった。

 今回の上陸作戦にあたり、海兵隊は以前のローレライ作戦時よりも戦力を拡充していたのだが、そうしただけの成果はあったとクリーガーは思いたい。


 もっとも、戦車などは人員と比べて第二陣以降の上陸であった為に無事であったのは幸いだった。

 橋頭堡を確保した後は負傷者を後送しつつ、人員を補充し無事であった装甲部隊を組み込み、強襲偵察部隊を編成、投入している。


 歩兵が少なく、装甲部隊が多めという歪な編成になってしまったが、致し方ないだろう。

 

 年内にも、戦争は終わる。

 ならばこそ、最後となるこの一連の戦いで、十分過ぎる程の戦果を上げることは戦後の発言権にも繋がる。



「空軍のルントシュテット元帥の後押しもありがたい。期待に答えねばなるまい」


 日陰者扱いであった海兵隊がここまで大きくなったのはヴェルナーの後押しによるもの。

 陸軍にも顔がきく彼のおかげで、海兵隊の装備は飛躍的に充実した。


 その分、彼が要求するハードルも過酷であり、高いものであったが、その程度は当然であった。











「やっぱりイギリス人はアテにならないな」


 海兵隊のベスター少尉の言葉に、バッツは同意と頷いた。


「上陸のときも、こうしてくれれば……」


 続けて出たベスターの言葉に、再度バッツは頷いた。

 

 つい2時間前まではB44、今はA5をはじめとした地上攻撃機が飛び回り、陣地と思われるところを叩いている。

 B44の爆撃が終わり、敵の気が緩んで出てきたところで、精密な攻撃ができる地上攻撃機を投入し、少しでも敵部隊に対して直接的な被害を与えるのが狙いだ。


 バッツは周囲を軽く見回す。


 気心の知れた部下の数は少ない。

 先の上陸戦では半数以上の部下が死傷した為だ。


 本来なら橋頭堡の守備という任務を名目上、与えられて後備部隊からの補充と再編成、また休養をする必要があった。


 だが、実際のところは生き残った海兵達は僅かな休息の後に陸軍の先導役として、装甲部隊を組み込まれた上で、海兵強襲偵察部隊とかいう仰々しい名前を与えられた後に進撃することになった。


「お偉方の争いに巻き込まないでほしいもんだ」


 バッツの言葉に、今度はベスターが同意とばかりに頷いた。


 今回の戦争は海兵隊を拡充するチャンスであり、激戦が予想されるところに陸軍部隊と真っ先に殴り込むことでそれは達成できると海兵隊の上層部は考えていた。

 戦果を上げるのがもっとも手っ取り早い。


 しかし、現場からすれば堪ったものではない。


「まあ、これが実質的な休暇と言えなくもない」


 遠くから響く爆音や航空機のエンジン音は騒音ではあったが、我慢できない程ではない。


 攻撃開始の命が下されるまではバッツもベスターも部下達に休息を命じており、それは彼らの上官であるボーデヴィッヒ大尉も了承している。


 今日一日は確実に休めるので、バッツもベスターも気楽なものだった。








 最初で最後の戦いだ――


 それはフランス海軍の本国艦隊に属する者ならば、誰であれ感じることであった。


 本国艦隊は戦艦8隻を中心とした輪形陣を組み、24ノットという速さを保ちつつ、時折、敵の索敵網に掛からないよう、気休め程度に変針しつつも、ほぼ真っ直ぐに北上していた。


 フランスとダカールの間はおおよそ2250海里という距離がある。

 24ノットで走り続けたとしても4日は掛かる。


 幸いにも戦闘行動が可能な燃料さえ残っていればよく、損傷して敵が見逃してくれるならばフランスの港に逃げ込めば良い。


 彼らの目標は唯一つ。

 現在、ノルマンディーに集結したドイツ軍の輸送船団。

 

 情報によれば、数時間で避難できるような数ではないとのこと。

 ノルマンディーに駆逐艦の1隻でも突入できれば、大混乱に陥らせることができる。


 無論、超えなければならない壁は高い。

 ドイツ海軍の主力が輸送船団の近辺に陣取っていることと日本海軍の艦隊がビスケー湾付近に陣取っている。

 おまけに空には忌々しいドイツ空軍の哨戒機がハエのように飛び回っており、見つかったならば、即座にドイツ空軍機が飛んでくることは間違いない。

 幸いにも、フランス本国にいる敵機は陣地攻撃を主としており、対艦攻撃用の装備を持っていないこと、ドイツ空軍の基地から距離があることから、戦闘行動に不安がある可能性があることくらいだ。

 無論、これらはイギリス空軍に当てはまるかどうかは怪しいところだ。

 


 故に、フランス海軍本国艦隊に課せられた任務はドイツ・イギリス空軍の空襲を掻い潜り、日本海軍とドイツ海軍の主力艦隊を突破し、ノルマンディーに突入するという困難極まりないものだった。

 無論、イギリス海軍やロシア海軍が出てくる可能性もあり、勝利する見込みは薄い。


 だが、それでも何もしないという選択肢はない。



 幸いにも、本国艦隊は孤立無援という状況ではない。

 支援として残存している潜水艦部隊や沿岸部に配備された魚雷艇などの快速部隊は全て本国艦隊の到着に合わせて投入される予定であり、フランス空軍もまた投入できる航空機を全て投入することを確約している。


 フランス空軍に関してはドイツ陸軍への攻撃に稼働する航空機の大半――それこそ練習機に爆弾ラックを取り付けて即席の軽爆撃機とするくらいには――を費やしている為に、怪しいものだが、それでも戦闘機の10機や20機くらいは出してくれるのではないか、と本国艦隊の司令部は予想していた。


 いかにドイツといえど、同時かつ多発的な飽和攻撃には対応できない。

 それは先のシェルブール沖の海戦にて判明している。


 ドイツの防空網を突破し、その艦隊に大打撃を与える術は確かにある。

 無論、目標は敵艦隊ではない。

 故に、作戦としては戦艦群が敵の戦艦群と殴り合っている隙に、最低限の護衛を残して、巡洋艦と駆逐艦の快速艦艇でノルマンディー突入を図るというものだった。

 














「フランスでの戦いはクライマックスを迎えているが、ここにきてドイツはまた秘密兵器か」


 チャーチルは持っていた葉巻を灰皿に押し付けた。

 事の発端は1週間程前、情報機関より齎された幾つかの写真と分厚い資料の束だ。

 それはドイツ空軍が秘密裏に開発しているとされる航空機のものだった。


 当初、その情報を聞いたときは海軍大臣である自分は門外漢であり、何故自分のところに回ってきたのか、と不思議がったものだが、詳細を知るにつれ、国家安全保障における重大な危機と認識した。


 今ではイギリスの首脳陣や軍上層部は全員が知っている。

 

「ヴェルナーめ、ペーネミュンデは囮で、本命はホイネブルクとはな」

 

 ハウニヴー計画とされているそれは円盤型をしており、見た目も性能も何もかもが、これまでの航空機の概念を覆すものであり、ドイツ空軍が開発しているという背景がなければ、SF作家が作った架空の機体と一笑に付されるものだ。

 

 チャーチルの手元にある資料ではハウニヴー1とされた機体は時速4800kmを達成し、ハウニヴー2では時速6000km、ハウニヴー3では時速7000km、ハウニヴー4では時速17000kmとかいう、桁を間違えているのではないか、という数値が資料には書かれている。


 大きさや航続距離も桁がおかしく、ハウニヴー4に至っては直径120mにも達し、乗員を30名近く載せた上で数週間の飛行が可能という。

 武装もおかしく、もっとも武装が少ないハウニヴー1ですら戦車砲が載っていたり、ハウニヴー4に至っては武装がレールガンやレーザー光線だったりする。

 これらの発展型とされているヴリルオーディンとかいうものもあるらしいが、こちらは名称くらいであり、詳細については判明していない。

 ただ資料によると、ハウニヴー4を超えると書かれており、想像のつかないものであることは確かだ。


 単なるフェイクではないか、と初めて資料を読んだ者の誰もが思うが、実際にホイネブルクにある空軍の試験センターは極めて警戒が厳重であり、試験センター周辺には陸軍部隊が展開し、戦車まで配備されている。

 また昼夜問わず大量のトラックが出入りして、資材が搬入されていたり、滑走路の一角では実物大のモックアップの組み立てが行われていたり、宰相や各軍の将官、有力政治家が現地視察に訪れているという事実が諜報員達により確認されていることから、どうにもフェイクには思えない。


 念の為にトラックを追跡したとしても、ドイツ空軍の補給拠点から出発したものであり、トラックの車体の沈み具合から空荷というようなこともなさそうだった。

 さすがにどのメーカーがハウニヴーの部品等を納入しているのかまでは追跡できていない。

 既存の航空機ならどのような部品類かは想像がつくが、こんなSF小説に出てきそうな代物に使われている部品は想像もつかないというのが本当のところであり、現在、SF作家達を集めて調査チームを立ち上げるか、検討されている段階だ。


 これを機にドイツの脅威を煽って袋叩きにしようと政府が画策していることをチャーチルは知っていた。


 イギリス空軍の技術者達によると、本当に飛べるのかどうか怪しい代物だが、技術に関してはドイツは一歩どころか十歩くらいは他国の先を行く。


 それを加味すれば、おかしくもない。


「まったく、あの魔法使いは実は宇宙人だったんじゃないか……」


 ドイツ対全世界とかいう馬鹿げたことをやっても、軍事的にはドイツが勝ちそうでチャーチルとしては溜息しか出なかった。

 搦め手で何とかするしかない、というのは既に政府・軍内部での共通見解であるものの、大人しくドイツにこのまま味方していたほうが経済的にも軍事的にも良いのではないか、という意見は少なくない。


 ドイツが軍事力を使って脅してきたらどうするか、という問いに対してはそんなことは今でもできるだろう、という答えが親独派からは返ってきた。


 チャーチルとしても、軍人という立場から見れば脅威ではあるが、ドイツの同盟国である限りはそれは自国の安全保障に使える。


 その為、彼としては消極的には賛成といったところだ。


「……いっそのこと、奴に電話して直接聞いてやろうか?」


 いくらなんでも機密情報をペラペラ喋りはしないだろう、とチャーチルはすぐにその考えを打ち消した。











「お前は何を考えているんだ?」


 ヒトラーは真っ直ぐにヴェルナーを見据えていた。

 いつもの如く、空軍省の大臣室に押しかけてきたヒトラーは緑茶を一杯啜ったところで、そう切り出したのだ。


「縮小する予算の為に稼ごうと思って……ついでに秘密兵器を知りたがっている連中を驚かせてやろうと思ってな」

「やりたいことは理解できるが、実際にやるとは思わなかった」


 ヒトラーは溜息を吐く。


「情報省の連中は、うまく掴ませるのに苦労したらしいが、上々だ。連中は肝心なところが書かれた資料以外を掴んで、驚いていることだろう」


 その肝心なところの書かれた資料をヴェルナーは机の引き出しから手に取り、ヒトラーに渡す。

 その資料はヒトラーも既に目にしたものだ。



 ハウニヴー計画~魔法使いの考えた不思議な空飛ぶ円盤~

 

 そんな謳い文句が書かれていた。

 

 要するに、ハウニヴー計画とは子供向けの玩具であり、また大人向けのインテリア雑貨として、空飛ぶ円盤を商品化しようとそういう計画である。

 他国の諜報員達を引っ掛ける為、ヴェルナーが複数の関係機関を巻き込んだ結果、傍目からすると極秘兵器の開発であるかのような、大事になったというのが顛末だ。


 商品の詳細は、クリスマスの1週間前に全世界に向けてマスメディアの前で発表する予定で、ドイツ国内の各国諜報員達が掴んだ性能資料などは商品に付属するオマケ資料であり、別途販売するマニア向けの資料だ。


 勿論、単なる子供騙しには終わらない。

 それらの資料は最初から最後まで空軍内部で使われている書式に則って詳細に書かれている。

 

 だが、それだけだ。

 軍事機密情報の欠片もそこには記されておらず、記されているものは全てが架空となっている。



 そして、陸軍部隊が警戒にあたっているのは、単なる検問及び警備訓練の一貫だ。


 陸軍のゼークト元帥やシェーア元帥に陸海空軍で利益を分配しようと提案したら快諾してくれたという事情がある。


 そして、組み立てられている実物大のモックアップの内部は遊具などが置かれた子供の遊び場として活用できる仕組みとなっている。

 運び込まれている大量の資材は空軍試験センターで組み立てる為のものであり、また販売も同時に行われる。

 そして、年明けからは国内外に民間業者に委託しての発送も行うという随分と大胆な計画だ。

 組み立てや販売の人員は海軍からも手隙の者を出すということで話がついていた。


 

 

「まあ、さすがに途中で気づくだろう。というか、気づいてもらわないと、その、なんだ困る」

「分からんぞ。連中は過大評価し過ぎる可能性もある。それだけの実績が揃っているからな」

「そうか?」

「そうだとも。少なくとも、私ならそう判断するな」

「……あとでチャーチルあたりに電話をしとくよ」

「それと、発表を早めた方が良いだろう。君の友人が言うに言えず、苦しい立場に置かれるのは可哀想だ」


 チャーチルがそんなことで苦しがるタマか、とヴェルナーは思ったものの、ここはヒトラーの提案を受け入れておくことにした。


「というか、今更だが、前線は良いのか?」

「作戦が開始されたら、参謀本部はやることがないんだ。破局的な事態でも起こらない限り」

「お前の考える破局的な事態とは?」


 ヒトラーの問いにヴェルナーは肩を竦めてみせる。


「フランス空軍がこっちと同程度のジェット機を出してきたりとか、対空ミサイルを出してきたりとかそういう程度だ。新型のレシプロ機は出してきたようだが、もはや覆すことは不可能だ」


 ちらほらと前線から、そして情報省からダッソー社が新しく開発した戦闘機が実戦配備についたという報告書が上がってきている。

 何の皮肉か、その新しい戦闘機の愛称はラファールだという。

 報告書を読む限りではこちらのTa152と同程度の性能であり、それなりに手強い相手らしいとヴェルナーは認識していた。


 だが、数的優位は覆しようがない。


「要するに、お前は暇なんだな?」

「特別な仕事というのは今のところないからな。アーネンエルベも順調、作戦も順調、心配はハウニヴーの売上くらいだ……ああ、そうだ、今度は各軍が民間受けする公式歌でも作ろうと思うんだが、どうかな? 闘争心を掻き立てられるようなものを作ろうと思うんだが」

「好きにやれ。ただし、今度は普通にやれよ?」

「分かってるさ。変なようにはしないとも」


 ヒトラーは再度、溜息を吐いたのだった。

 そんなヒトラーを見ながらも、ヴェルナーは着々と最後の舞台が整いつつあると確信していた。

 フランス海軍の動向は場所も時も違うが、史実におけるレイテ沖海戦の日本海軍だ。


 フランス海軍本国艦隊の役割は西村艦隊だ。

 レイテ湾突入を目指した西村艦隊は史実では全滅に等しいものだったが、こちらのフランス海軍は西村艦隊とは規模が違う。

 戦艦8隻に多数の護衛艦艇を引き連れている。


 日本海海戦以来の大海戦となるのは想像に難くない。


 ヴェルナーは空軍の総司令官として、たった一言の命令でこちらの艦隊に被害を出すことなく、終わらせることができる。

 

 敵艦隊を攻撃しろ、と命じるだけで良い。

 あとは空軍参謀本部が命令を具体化し、各航空艦隊司令官に通達してくれる。


 それは良い結果ではあるが、戦後戦略を鑑みると最良の結果ではない。

 航空機に戦艦が沈められてしまうと困るのだ。

 

 少なくとも、今回の戦争では。


 そして何よりもヴェルナーが思うことは、友人であるレーダー大将に華々しい戦果を上げて欲しいというものだった。



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