会長の宿題
帰りのホームルームも終わり、クラスメイトと喋っているとメールが入った。仕方なく、話を切り上げて生徒会室へ向かった。
靴を履き替え外に出て、中で活動しているバスケ部を脇に見ながら体育館をぐるりと半周したところにあるプレハブ小屋の階段を上って、生徒会室に辿り着く。一息で説明ができないほどに離れている。
もはや『離れている』というよりも『隔離されている』と言ったほうがしっくりきてしまう。
ドアを開けると、椅子に座って本を読んでいる会長がいた。
「おー、来たかー」
会長は間延びした声で言った。
この学校で初の女子生徒会長というのに、この人はどこか抜けている。
「仕事って何ですか?」
「…あー、そこにあるよ」
本から目を離さずに目の前の机の上を指さす。
会長でも本は読むのか、と少し感心した。
指さした先にあったのは、分厚い本と大学ノートだった。本を手にとって見ると『数学Ⅱ+B』とあった。
「もしかして、メールにあった『急な仕事』って、会長の宿題のお世話ですかね?」
「二一四ページ第三問から二二〇ページ第四問までね」
「話を聞いてください…」
「私は今すごく忙しいのよ。もうちょっとで、空島編が終わるの」
やけに真剣に読んでいるなと思ったら、
「マンガかよ。俺が感心した時間を返してください」
「知らないよ。あんたが勝手に勘違いしたんでしょ」
そんなやりとりをしている間に、問題集とノートを広げている自分がいる。よくあることだったから慣れていた。それに、会長には頭が上がらないのだ。
問題を見たところで気が付いた。
「ここ、まだ習ってないんですけど」
「前ページに例題あるから、それ見ればできるでしょ」
「簡単に言ってくれますね…」
予想通りの答えが返ってきたところで、作業にとりかかる。
会長が宿題を押し付けるのはいつものことだ。学年が一つ上だというのに、俺が授業で習っていなかったとしても押し付ける。
「そのおかげで数学が得意教科になってるんでしょ?文系で数学が使えるなんて便利でいいじゃない」
あながち間違いじゃないところが釈然としない。
しかし、どうしてか他の教科を任されたことがない。
以前、不思議に思い聞いたことがあった。
「どうして、いつも数学だけなんですか」
「嫌いだからよ」
その日の会長は、パソコンでネットの海を満喫していた。この人はいつだって自由なのだ。度が過ぎるほどに。
「数学嫌いな人って多いですよね」
「数学は好きよ。嫌いなのは教師よ」
会長いわく、学年始めの小テストで誰にも解けなかった問題に正解してしまったらしい。それ以来、数学教師にしつこく纏わりつかれるようになったそうだ。
生徒会長という役職柄、強く突っぱねるわけにもいかない。
「そこで、ちょっとしたいたずらを思いついたのよ」
一つ下の俺が宿題をやれば間違いが出る。それも超基本的なミスが自然に。
そうすることで、宿題は全くできないのにテストでは普通に点を取る。
「そして、あの教師は困惑する。いい気味よ」
「なんというか、小さいですね」
「いいのよ。自分が満足できれば」
「会長の正解しちゃった問題。どうして、できたんですか? 会長の成績って平均並みでしたよね?」
「並とは失礼ね。私の頭脳はせいぜい三〇〇円程度だって言いたいの?」
そこまでは言っていない。
そして、会長はマンガを机に仕舞いながら、さらりと言った。
「穴埋めだったから、自分の誕生日を入れといたのよ」
唖然とした。
「とんでもない強運ですね」
「私にとっては、とんでもない不運だったけどね。
さて、そろそろ終わった?」
会長がノートを覗き込んでくる。
「これが最後の問題です。けど、ややこしくてまだかかりそうですね」
会長が時計を見て言った。
「もう時間もないし、あんたの誕生日でも書いておけばいいんじゃない?」
後で聞いた話。あの宿題の最後の一問。正解者は会長だけだったとか。