7.【業務】はほどほどに小休止
神崎の毎日はとても規則正しい、模範的な日本人の生活だ。
まずは朝7時ごろに起きる。
2人暮らしの母親と話しながら身支度...ただ、家の中は接続が悪いのか母親と神崎の会話をほとんど理解できない。なので、その間はずっと「ザー、ザー」っていう音やカクカクしている画面を見ていることしかできない。
8時過ぎには家を出る。家を出ると若干画面と音声は回復。電車に乗って30分くらいでオフィスに到着。
オフィスはそこそこデカい、都会的なビルの4階にある。
『おはようございます!』
神崎は少し声が低く、でも明るさのある声で挨拶をしながらオフィスに入り、自分の席に着く。
机にバッグを置き、一息をついた神崎にー。
『神崎さん、今いいかしら、昨日のことなんだけど。』
「出たな、お局おばば。」
俺は、ブツブツ独り言を言いながら【第三者視点】に切り替えた。
ノイズとともに第三者の視点に、黄色い花柄のワンピース(だと思う。画質が悪いせいで本当にそうなのかは分からない)を着た女が立っていた。
これは、いつも嫌味を言ってくるババアだ。お局が喋っている時に、ズズズっ、ズズズッとノイズが入った。
『…分かりました!教えてくださり、ありがとうございます!』
満面の笑みを崩さず、神崎はそう言った…が、お局はまた何かをぶつぶつ言っている。
俺は小言を聞こうと、ヘッドセットをグッと耳に押し当てる、が「おじさんたちはあなたに鼻の下伸ばし」まで聞こえたのでろくなことではないのは確かだ。
集中していると、誰かが人差し指でトントン、と俺の机をたたいた。
ヘッドセットを外して顔を上げるとジェーンだ。何か資料を片手に抱えている。
「いつも18時30分ごろ、対象者は何してる?」
「…会社から帰宅途中?」
もう何度も神崎のルーティンは見てる。暇だから。
ジェーンは、そうだ、と頷く。
「そこで、彼女が海外に興味を持つきっかけを作る。対象者が帰宅途中、上座部仏教の僧侶集団とすれ違う。」
「すいません、辛うじて日本語なのは分かったんですけど後半理解できません。」
オフィスの誰かが、小さく「ふふふ」と笑った。優しい笑い声…多分キーさんだ。
ジェーンは何事もなかったかのように話を続ける。
「上座部仏教は、東南アジアの一部で浸透している仏教だ。僧侶は日ごろからオレンジ色のローブを身にまとっている。」
「ん~~~~、なるほど?」
「対象者に『海外』という選択肢を、刷り込ませることが目的だ。」
「その人たちと関わることで、海外に好印象持たせる的な?」
「いや、今回はそこまではしない。ただすれ違うだけだ。」
「それって、神崎忘れないすか?もっと、なんか、大きい経験の方がいいかなって思ったんですけど。」
やべっ、思わず聞いちゃった。
またあの、「マニュアル読め」系の鬼こわエピソードトークが始まったら…。
恐る恐るジェーンの顔を見た...が、意外にもジェーンは怒っていなかった。むしろ、少し感心したように、そうだな、とつぶやく。
「1回ならそうだ…だが複数回、人、物、経験で海外に触れる。そうすると対象者の思考の中に「海外」という言葉が刷り込まれ、時期が来たら「海外に行く」という選択肢ができるんだ。」
「分かるような分からないような…。」
「まずは今日、対象者が僧侶たちとすれ違うように手配しろ。やり方はマニュアルに。」
ジェーンはそう言った後、隣の香水おじさんにも様子を聞きに行っていた。
…香水おじさんは、「なぜ対象者が息子に対して攻撃的か考えたか?」を激詰めされていてオロオロしていた。
俺は鈍器になりそうな分厚さの「守護業務遂行ガイドライン」をペラペラとめくる。
いやー、このマニュアルマジで分かりづれえんだよな。漢字多いし、仏教用語も多いし。
仏教の用語1つ1つ調べるにもめっちゃ時間かかって…。
「ババアを神崎の人生から追い払う方法があればなあ。もーちょい、神崎の人生良くなる気が…。」
「それを私的な理由で、非公式にすれば、徳ポイントは即座にマイナス査定となり、閻魔大王の管轄になる。」
独り言が香水おじさんと話すジェーンに届いていたらしい。俺がゆっくり顔を横に向けると険しい顔をしたジェーンと目が合った。
「え、できるんすか?」
「…」
「冗談っす、ハイ、すいません…」
ジェーンはフン、と鼻を鳴らし、香水おじさんにも一旦睨みを利かせるとオフィスの奥へと入って行った。
「よし、行ったな。」
「はいはーい、不愉快な気持ちを吹き飛ばす美味しいお菓子ターイム!本日はキーさんのおはぎよお~!」
オオタさんの言葉を合図に、ミキさんが大げさに煙を追い払うような仕草をしながら、オフィスを回った。香水おじさんはヘナヘナと背もたれに全体重をかけながら、ミキさんからおはぎを受け取った。
「今日は一段と酷かったわねえレンさん。」
「はあ、息子との関係を僕に修復させるのは随分無理があるよ。僕だって好きで守護霊をやっているわけじゃないのに。」
ジェーンがいる時は黙々と仕事をする、いない時は休憩タイム。
誰もヘッドセットもつけず、自分のモニターに見向きもしない。
最初ジェーンに「モニターから目を離すな」と言われたが、誰もそんなこと従ってないらしい。
俺が最初に、このお菓子タイムを遠慮してたら「ずっとそんなことしてたら、疲れるだろう。休みも必要だ。」とオオタさんに至極真っ当なことを言われた。
仮に何かを見逃したとしても、それで地獄行きになることはないそうだ。
俺はもぐもぐとおはぎを頬張る…つぶあんが食べ応えあってうまいが、小さい。
物足りない…これも煩悩?
おはぎが残っていないかウロウロしている俺に、そっとキーさんがおはぎを渡してきた。
いつも通り、キーさんはニコニコ。
「え、これキーさんのじゃないすか?」
「僕は味見する時に食べたからいいんだよ。食べな。」
「あざす。」
「それより、トモくん。気を付けるんだよ。」
「んえ?なにがっすか?」
「この世界と、現世は時間の流れが違うからね。多分、君が管轄する日本はそろそろ夕方だよ。」
「ん?」
ピッピッピッピッ。
聞いたことのない機械音がオフィスに響いた。悪口で盛り上がっていた3人も静かになる。
オオタさんが呟いた。
「おっと、これは良くないな。誰のパソコンだ。」
「トモくんじゃないか?」
香水おじさんが心配そうだ。
「なんの音っすかこれ。」
俺がパソコンに向き直ると…。神崎は、駅の切符売り場にいた。
「え、さっき朝だったじゃんか!」
そしてー。
神崎は、オレンジ色の布を身体に巻いた男の集団に囲まれていた。
その男性たちは全員、怒りに顔を歪ませて神崎に怒鳴り散らしていたのだった。




