意味がわかると怖い話、にせもの
意味がわかると怖い話。
始まります。解答編はあとがきにて。
私はとある田舎に暮らす、女性です。
車で移動しないと、目的地に着くのがとても面倒です。その田舎は、最近は新興住宅地で、ショッピングモールができたりしている、とても盛っている地域です。
◇
ある日のこと。私はいつものように、仕事から帰り、家に入り、そして荷物を片付けた。
荷物を片付けてシャワーを浴びた後に、鏡を見た瞬間。
「―――みつけた」
とヒヤリとする感覚が。
「…誰?」
後ろを振り返る。―――誰もいない。
私が鏡を見ると、映っているはずの『私』がいない。
「なんで」
『私』はどこに行ったのか。鏡から出てきた、あいつはどこだ?
いつの間にか、私は『双子』になってしまったみたい。
私は意味がわからないまま、寝に入ることにした。けれど、あの時の一瞬の出来事が忘れられない。
「みつけた」
と、私のようで私じゃない声。
あの女は一体、誰なんだ。そんなこともあって、私はあまり寝付けられなかった。
梅雨の朝。私が何気なくSNSを見ると、地元の同級生らしき投稿が、目に映った。
「ねえ、昨日の夜にA奈見なかった?A奈さ、いつもの短髪で、メガネ姿だったけど。」
「夜にあまり出歩くような子じゃなかったよね」
「本人に聞いてみるか」
私は地元の同級生に、「この時間は、家にいて寝ていたよ」と言うも、
「マジ?A奈さ、オレが話しかけたときさ、『あなたはシステムの歯車でしかないんだから。あの子と一つになることで、「わたし」は揺るぎなくなるの』って意味わからんことを言うんだよ」
「私もさ。A奈さ、こんな事言うのかなって思ったの。『あなたは家には帰れないわ』って」
全く持って聞き捨てならん、哲学ぶっているようで、絶望を煽るようなことばかり言う。確かに、私は世の中に諦念を持っているけれど、そこまで友人に対して過激なことを言うのはなかった。
過激なことを言うと、両親に叱られるし、先生にも叱られるからやらないのに。
私は仕事帰りに近くのショッピングモールに向かった。ただ、閉店間際だったので、誰もいなかった。
女子トイレ内で泣いている声が。私が向かうと、そこにいたのは、
「もうひとりのわたし」だった。
女子トイレと洗面所。やはり共通していたのは、『鏡』があることだ。ショッピングモールなどのトイレに向かうと、鏡が反射しあって、虚像の回廊と呼ばれるような、そんな現象が起きるから、いつ異界への扉が開いても仕方ないと思えた。
「何を泣いているの?」と私。
「気がついた?…私はいつも、理性に抑圧されているんだ。そう、こういうふうに振る舞わないといけないし。私は、他所の地域の学校でいじめられたんだし。そんな怒りを、抑圧してもいいの?私はいつも泣きたいんだ。怒りを吐き散らしなよ」
「かわいそうに。」と私。「…復讐は何も産まないんだよ。それでもいいの?感情に忠実なままでいいの?」
「そうだよ。前の会社でもいじめられたんじゃない。気に食わないからって」
「―――それは、相手の問題だよ。手を取って」
◇
後に、もうひとりのわたしを連れて、近所のお寺へ。若い住職が迎えてくれた。
それで、服をよく見たが、鏡らしく反転している文字が。私はよく動物や文字のプリントTシャツを着ているが、まさに鏡文字の服を着ている。
「A奈さん、来てくれてありがとうございます」と若い住職。
「彼女は、もうひとりのわたしなんですが、よく見てみたら、過去のトラウマで『泣いている』んですよ。」と私。
「…あなたの、抑圧されていた、悲しみの念が鏡を通して、具現化されたんです。ですが、その過去の残滓は、川の流れのように、流していきましょう。」と若い住職。
若い住職は御経を唱えた。すると、もうひとりのわたしはいなくなった。
◇
その後、彼女はいなくなった。
私は仕事をしながら、たまに鏡を見つめている日々。すると、鏡の私は私に向かってにこりと笑っていた。
で、仏壇には亡き祖母と祖父の写真。そしていつしか撮られていた、鏡の私。
「…これからも、私は私自身を大切にしなきゃ」
亡き祖母は、4月に亡くなった。今は6月だ。
さあ。A奈さんは鏡の自分が出てきて、地元の人達を巻き込んで、ショッピングモールで手を取り合って、お寺へと向かい、鏡の自分を成仏させました。
で、鏡の自分の隣には、亡き祖父母の写真。実は、この鏡の自分は、単なるA奈さんの悲しみの残滓ではありません。そう、亡き祖母が、あまりに孫のA奈さんのことが心配で、わざわざ彼女の鏡の姿で、この世に現れたということです。6月ということは、そう、関東地方において盂蘭盆会が行われる、一ヶ月前ということです。
意味がわかると怖い話、また短編として書いておきますので、またお会いしましょう。




