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第6話:物流の喉越し、商業ギルドの陥落

 王都の経済を牛耳る「商業ギルド」の本部。そこには、王太子エリックと男爵令嬢リリアの姿があった。

「ギルド長。わが国の飲料市場を、すべてリリアの『ハニー・ハピネス・エール』で独占せよ。あんな下町の汚い麦酒、流通の段階で根こそぎ干し上げてやるのだ」

エリックは顔色の悪いまま、ギルド長バルトロに命じた。

彼の喉は依然としてあの「苦味」を求めていたが、それゆえに彼は狂っていた。自分が手に入れられないものを、世界から消し去ろうとする破壊衝動。

「エリック様ぁ、素敵ですわ! 私の甘いエールが国中に広がれば、みんな幸せになれますもの。苦いお酒なんて、流通させるだけ無駄ですわよねぇ?」

リリアが、エリックの腕に甘える。

ギルド長バルトロは、狡猾な笑みを浮かべて頷いた。

「御意に、殿下。……現在、下町のあの店に向かうモルトとホップの馬車は、すべて私兵が差し押さえております。あと数日もすれば、あの店からは一滴の麦酒も出せなくなるでしょうな」



一方。下町「黄金の泡亭」。

「……。ホップの納品が、三時間遅れていますわね」

カウンターで懐中時計を眺め、レオノーラは冷徹に呟いた。

隣では、騎士団長カイルが空のジョッキを無念そうに見つめ、新入りの聖女クラリスが「これは神による試練……いいえ、悪魔の妨害ですわ!」と祈りを捧げている。

「レオノーラ。王太子の命令で、商業ギルドが動いた。王都に入る全ての醸造用資材が、リリアの工場へ強制接収されているらしい」

カイルが低い声で告げた。

だが、レオノーラは慌てない。それどころか、扇子で口元を隠し、クスクスと笑い声を上げた。

「おーほっほっほ! 殿下もようやく、まともな戦いを挑んでこられましたわね。……ですが、甘いですわ。砂糖を入れすぎたリリア様の酒と同じくらい、戦略が甘すぎますことよ」

レオノーラは、カウンターの下から一通の書状を取り出した。

それは、王都の裏流通を支配する「運び屋ギルド」と、地方の零細農家たちからの直訴状だった。

「ギルド長バルトロ。彼は大きな間違いを犯しましたわ。……物流とは、血液。そして、血液の流れを止めるということは、全身の『不満』という毒を溜め込むことと同じですの」

レオノーラは、立ち上がった。

その背後には、キラキラとした「麦の精霊」と、異様なまでの威圧感が渦巻いている。

「カイル様、クラリス様。……準備はよろしくて? これより、商業ギルドの『詰まり』を、わたくしたちの喉越しでぶち抜いて差し上げますわ!」

商業ギルド本部の地下倉庫。

そこには、強制接収された最高級のホップと麦が、山のように積み上げられていた。

「……ふん。これだけあれば、あの女も干からびるだろう」

見回りに来たエリックとリリア、そしてバルトロ。

だがその時、本部の重厚な扉が、凄まじい衝撃と共に吹き飛んだ。

「ごめんあそばせ! 鮮度の落ちる場所に資材を置くのは、麦に対する冒涜ぼうとくですわよ!」

埃の中から現れたのは、真っ白なドレスを翻すレオノーラ。

そして左右を固めるのは、王国最強の剣と、光り輝く聖女。

「レオノーラ!? 貴様、衛兵を蹴散らしてここまで……!」

「衛兵? ああ、あの方たちなら、わたくしの『ノンアルコール・ラガー』の試供品を飲んで、感動のあまり道を開けてくださいましたわ」

「なっ……! ギルド長、何をしている! 捕らえろ!」

エリックが叫ぶが、バルトロは動けない。

なぜなら、レオノーラの背後から、王都中の「運び屋」や「商人」たちが、怒り狂った表情でなだれ込んできたからだ。

「バルトロ! あんた、殿下の顔を立てるために、俺たちの契約を一方的に破棄したそうだな!」

「リリア様の甘ったるい酒なんて売れるか! 客が求めてるのは、姐さんの『苦味』なんだよ!」

商売人たちの怒号。

レオノーラは、バルトロの目の前まで歩み寄り、一樽の麦酒をドスンと置いた。

「ギルド長様。貴方は『利潤』を追うあまり、最も大切な『満足』という名の対価を忘れてしまったようね」

レオノーラは、その場で樽の栓を抜いた。

今回彼女が持参したのは、接収される直前のホップを極限まで使い、濃厚なコクと香りを凝縮させた新メニュー——『インペリアル・スタウト(黒ビールの王)』。

真っ黒な、重厚な液体がジョッキに満たされる。

その香りは、コーヒーやカカオを思わせ、芳醇にして峻烈。

「さあ、お飲みなさい。貴方のその詰まりきった頭に、本物の『物流の重み』を叩き込んで差し上げますわ」

バルトロは、レオノーラの眼圧に押され、震える手でその黒い液体を口にした。

「……っ……!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」

衝撃。

濃厚な麦芽の甘み。直後に襲いかかる、暴力的なまでのロースト感と、深い深いホップの苦味。

それは、バルトロが何十年もかけて築き上げてきた「損得勘定」という壁を、一瞬で粉砕する破壊力を持っていた。

「……う、うおおおぉぉ……っ!!」

バルトロは、その場に崩れ落ち、涙を流した。

「重い……。なんて、重厚で、誠実な味だ……。殿下……私は、私は間違っておりました! こんな素晴らしいものを止めるなど、商人として万死に値する!!」

「ギルド長!? 貴様まで……!」

エリックが悲鳴を上げる。

リリアは「ひっ、汚い色のお酒!」と叫んで後ずさりした。

「エリック殿下。リリア様。……残念ですが、これが民意ですわ。甘い言葉で民を縛る時代は終わりました。これからは……『苦味を分かち合う』時代ですの」

レオノーラは、勝利の女神のように微笑んだ。

「これより、商業ギルドの物流網は、わたくし……いえ、『黄金の泡亭』が管理運営を代行いたしますわ。もちろん、リリア様の甘いお酒も、一部の『お子様用』として流通させてあげてもよろしくてよ?」

「き、貴様ぁぁぁ!!」

エリックの叫びは、運び屋たちの「姐さん最高ー!!」という乾杯の声にかき消された。

王都の経済。

その太いパイプを、レオノーラは「完璧な洗浄」と「完璧な喉越し」で完全に掌握した。

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