第三話
「たっだいまー!」
いつものように、部屋に帰って挨拶をする。
するとローゼが不思議そうな顔で、部屋の中を覗いた。でも誰もいない。
挨拶したから、部屋に誰かいるのかと勘違いしたのだろう。
首をかしげながらも、何も言ってこなかった。
「ここがフィーリアさんのお家ですか」
「狭いけどね」
迷宮を出て、ハムチーを二人分買って帰宅。鉱石はまた明日にでも換金しよう。
そしてローゼちゃんを家に誘って、愚痴の二次会だ。
「失礼します……あら、お風呂の釜?」
おっと、風呂釜に目を付けたか。
まあこんな狭い部屋に、風呂釜なんて邪魔だもんね。でかいし、目立ってしまう。
それでも、これは必需品だ。例えここを引っ越しをしようが、この風呂釜は持っていく。
それくらい、あたしとブランにとっては、無くてはならない一品だ。
「狭いけどそこに座って」
「はい、ありがとうございます」
日本にあるような、靴を脱いで部屋に入る、という習慣はない。
手洗いうがいをして、あたしも席に着いた。テーブルにはハムチーが二つ、鎮座している。
「いただきます」
あたしが手を合わせて、食事前の定番のセリフを言うと、またまたローゼが首をかしげる。
でも場の雰囲気を読んだのか、何も言ってこない。
この世界では、食事前のお祈りや言葉は無いからね。
いいね、雰囲気を読む子は好きだよ。
ハムチーを食べていると、やけにローゼちゃんの食べ方が綺麗なことに気が付く。
少しずつ齧って、口に入れ完全に飲み込んでから、次をまた齧りつく。
何となく動作が美しい。どこかで習っているよね。
今は犯罪組織に属していると思われるけど、たぶんどこかいいところのお嬢さんだったんだろうな。
ハンバーガー屋で食べてる探索者たちにも、見習わせたい。
あの人たち、豪快なんだよね。一気に口へ詰め込んで、五分もしないうちに食べ終わる。
まあ、お店としては回転率がいいので、そっちのほうがありがたいんだけどさ。
「ローゼちゃん十三歳なんだよね。それでそんなに仕事押し付けられているんだ」
「そうなんです! 私みたいな子どもが、そんなことをしてもいいのか、常々疑問に思ってるんですよ」
「うーん。文字の読み書きができて、算術にも詳しく、資料の要点をまとめられる人って、そんなにいないからね」
文字の読み書きどころか、要点をまとめるって結構難しい。
それができるのなら、それは重宝されるはずだ。
「みなさん、勉強すればいいだけですのに」
その勉強できる環境ってのが難しいんだよね。
あたしは前世の知識があったから何とかなってるけど、学校へ通うってこと自体が難しい。
日本だって、昔は学校いくより畑仕事手伝え、って風習だったらしいし。
そして、学校は高い。めちゃくちゃ高い。
少なくとも、第八級のあたしでは、どう頑張っても出せないレベルの金額だった。
あんなの、貴族やら大商人とかお金を持ってる人しか、通えないよ。
「そうなんだよねー。でもさ、あたしもそうだけど、お金がないから勉強できないんだよね」
「そうなのですか」
「たぶんローゼちゃん、いいところの出なんでしょ? そうじゃない人は、勉強なんてできる環境にいないからね」
「そう……ですね」
何やら納得するローゼちゃん。
食べ終わると、即座に風呂釜を指さした。
「それよりフィーリアさん! それって、お風呂ですよね?」
やけに食いつくね。お風呂がそんなに珍しいのだろうか。
確かに風呂釜を置いている一般家庭は少ないと聞いたし、ましてや安アパートでは皆無だろう。
「うん、入ってみる?」
「ぜひ! 入らせてください! お金は払いますし、水汲みもお手伝いします!」
「いやいや、お金はいいよ」
ローゼちゃんから、色々情報はいただいたからね。
これくらいサービスしても良いと思う。
そして、風呂釜へ水を入れていく。
残念ながらブランの力は見せられないので、今回は水だけだ。
「フィーリアさんは、水属性なんですね」
「うん、そうだよ」
「これだけの水を作るの、大変じゃないですか?」
「迷宮では滅多に魔法を使わないからね」
むしろお風呂のために、節約している。だって、そうしないとブランが怒るんだもん。
前に使いすぎたとき、ブランが勝手にあたしの身体を乗っ取って、敵をなます切りにしたんだよ。
それ以上魔力を使うと、風呂の分が足りなくなるではないか。
なんて、怒られた。まったく、風呂好き魔剣め。
「これで身体をこすりながら、汗を流してね」
「はい! ありがとうございます!」
ローゼちゃんにボディタオルを渡して、あたしはテーブルの掃除をする。
ちゃんとごみはまとめておかないと、すぐ貯まるからね。
そして、ローゼちゃんがお風呂を出たあと、一緒に寝た。
こうして誰かと一緒に寝るなんて、久しぶりかも。
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「おはようございます! 一晩ありがとうございました! では失礼します!」
明け方、ローゼちゃんが飛び起きて挨拶もそこそこにして、慌てて家を出ていった。
どうしたんだろうか?
(ああ、呪いが発動しそうだったのだろう。一定時間を過ぎると、発動するようだからな)
おおっと、時限式か。二十四時間ってところかな。
毎日、ちゃんと帰らないと石になる。きびしいなぁ。
「よし、じゃあ後を付いて行こうか」
ローゼちゃんが出て行って三十秒後くらいに、あたしも家を出る。
おー、結構速い。
すでに建物の階段を降り切って、外に出ていた。あたしは屋根をジャンプしながら、後をついていく。
そしてしばらく追跡していると、やがてスラム街へと走っていき、さらにそこから外縁付近の建物に入っていった。
ふーん、あそこが拠点ね。
(ふむ、魔族の気配がするな)
「強そう?」
(……まあお前よりは強いな――遥かに)
遥かにって、それって到底太刀打ちできないレベルってことか。
でも、あたしには魔剣ブランがついている。
「じゃあ、ブランなら?」
(楽勝だ)
「じゃあ、行きましょう」
ブランにお任せすれば勝てる。あたしの力じゃないのは、ちょっと悔しいけどね。
遠慮なく侵入させて貰おうか。
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(どうやら、向こうの魔族は探知能力には長けてないようだ)
それは助かる。
ブラン並みに高ければ、とっくに見つかっていただろう。
あたしだけなら、他の人間の気配にまぎれるかもしれないけど、ブランは元魔族だからね。
この建物は、天井が低いので、天井裏にもぐりこんだ。
スラム街の建物らしく、ところどころ崩壊していて、割ともぐりこみやすかった。
その半面、壁をぶち壊して、隣の建物と繋げていたので、移動がものすごく大変だった。
天井裏は、隣の建物と繋がってないからね。どうしても一旦姿を見せる必要があったからだ。
さらに、人の数が尋常じゃないくらい多い。
昨日ローゼちゃんが、急激に人数が増えたことを愚痴ってたけど、まさかこれほど多いとは思わなかったよ。
見つからないよう気配を隠しながら、それでいてブランレーダーで相手の魔族がいるエリアにはいかないようにする。
これは、面倒くさい。
でもたくさん人がいるおかげで、あちこち愚痴大会が広げられてたから、情報を得るのは容易かった。
そうしてまとめたところ、ボスの名はナサリオという男。
こいつが、魔族を操るアーティファクトを持っていること。
石像魔族と呼ばれるものが、異様に強いこと。
この三点だった。
魔族を操るアーティファクトって聞いた瞬間、すぐさま盗み出そうかと思ったくらいだ。
そんなものがあるなら、お父さまだってやばいかもしれない。
(ふん、そのようなアーティファクトなど、聞いたことがないな)
ブランは否定したものの、万が一事実だった場合、非常にまずい。
これは早急に盗み出す必要がある。
ただ、今は何も準備していないし、このまま盗むには行き当たりばったりすぎる。
一旦帰ってから、どう盗むのが良いか、作戦会議だ。




